6.ヒーローは割と身近に潜んでいる。⑥
6.
外で待機してくれていたリョウに後処理を頼んでみると、ヤマさんと話せと言われたのでヤマさんに電話した。
「あの、お願いがあるんですけど」
『なんだ、片付いたのか?』
「そうですね・・・一応。後始末がありまして」
『おう、いいぞ』
「案外あっさり引き受けてくれるんですね」
『死体か?』
「いえ、一応は生きてます」
『なんだ、随分とお優しいヒーローだな』
「ヒーローは殺したりしないですよ・・・」
『ははっ、違ェねぇな。んじゃあとは任せろ』
「よろしくお願いします」
それだけ言うと、電話を切る。
ちなみに女の子は俺の背中で眠っている。
「にしても、本当に人助けとはな・・・」
「ちゃんと言っただろ・・・」
「ヤマさんは、なンだと?」
「片付けしてくれると」
「なンだ、めちゃめちゃ気に入られてンじゃねェか!」
「なにもしてないんだけどな・・・」
それだけ言うと女の子を後部座席に乗せ、俺も後ろに乗り込む。どうやら離れたくないらしくしがみついて来ている。膝枕をして、そのまま頭を撫でる。
「んじゃ、帰りもよろしく」
「あいよ」
そうして、月が沈み始めた頃1つの物語が幕を閉じた。
朝、ソレは軍人の声で即座に起きる。
そこから施設の外周を20周、そののちに射撃訓練、近接戦闘訓練、清掃、外周10周、模擬戦、餌、就寝。このサイクルでソレは2年もの間生活していた。ソレがこの世に産まれ落ちておそらく12年、それは起きた。
「(これから、最前線へと向かう。ここにいる兵の半数以上は帰ってこれないだろう。
今こそこの国へと恩返しをする時が来た!いいか、一人でも多く屠れ、一人でも多く道連れにしろ。無駄死には許されない。)」
左目に傷のある赤い長髪の女軍人が高らかに叫ぶ。この軍人が兵に対してどういった感情なのかはこの軍人自身にしか分かり得ない。
だが所詮は少年兵、大した感情を持たれる事はないであろう。
子どもらの顔を見る、怯えているモノは殆どいない。なにを考えているのかさっぱりわからない空虚な目で何処を見ているのかすらも一切不明。ソレも他の子どもら同様、自身の死にすら興味ないといった表情だろうか。
そうして、ソレは最初の戦場へと赴くのであった・・・
女の子の自宅前に着き、少し前に目を覚ましていた女の子と車を降りる。リョウが運転席の窓を開け、
「ンじゃあな」
「あぁ、助かった。」
「オウ」
それだけの会話を交わすと、リョウは車を走らせ去っていった。
そこで、ちょいちょいと服の裾を引っ張られた。振り返ると、女の子が俯きがちに言った。
「あの・・・、ありがと」
「いいよ」
「本当に来てくれたんだね」
「いや、助けるって言ったじゃん」
「それでも、ありがとう。ひぃろ」
(え?なんで俺の名前知ってるんだ?って同じクラスだから当たり前か。いやでも俺はこの子の名前知らないな。)
そこで俺は聞いてみることにした。
「なぁ今更だけど俺、君の名前知らないわ」
「・・・ぷっ、なにそれ。名前も知らない人を助けたってわけ?どんなお人好しよ」
女の子がころころと笑う。先程までの不安や恐怖といった感情を押さえ込んでいるのだろうか。あんな体験をしてしまってはいっときでも心に傷を負っているとは思うが女の子はそれを思わせないような雰囲気で笑う。
「ふふっ、んんんっ。えと、私は雪城 葵。アナタとは同じクラスメイトです。」
笑っていた女の子は咳払いをし、自己紹介をした。それにつられて俺も、
「えと、俺は皆野 緋色だ。」
「知ってるよ、ひぃろ」
「あんまり下の名前は好きじゃないから呼ばないで欲しいんだが」
「いいでしょ、私のヒーローさん?」
両手を後ろで組み右足を少し後ろに下げ、腰を少し曲げ首をコテンと傾げてからこちらをからかうような笑みで雪城はそう言ってくる。
「そんな大層なもんじゃあごさいやせん」
「ふふっ、なにその変な口調」
「別に。疲れたろ、今日はゆっくり休めよ」
そう言って、つい愛にやるように雪城の頭を撫でてしまった。雪城は嫌がる素振りも見せず、微笑みながら
「ん、わかった。それじゃあまた学園で、ね?」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「ありがとう、私のヒーローさん」
そういって家の中に入っていった。ドアが閉まるのを見届けた俺は最後に雪城が言った言葉に苦笑いしながら足を進めた。
とある旅亭のとある一室にて。
「じゃあこの件については内密に、決して外に漏らさないように頼むよ。」
「はい承知しております」
上座に座る体の肥えた髭面の男が、下座の眼鏡をかけた中年男に酒を注ぎながら言う。
とととっ、と言いながら眼鏡の中年男は杯に注がれた酒に口をつける。
「いや、しかしまぁ順調すぎるってのも怖いもんだね。あの会社には散々辛酸を舐めさせられたからね。ようやっと消えてくれるんだ、君には感謝しきれないよ」
「いえいえ、容易いもんですよ・・・」
「はっはっは、頼もしいね。今後ともよろしく頼むよ」
「仰せがままに」
2人なにやら企むように、笑いながら酒を呑む。すると、トントンと襖が叩かれる。
「おっ、追加の酒が来たかね。入れ」
その声を聞き、襖がスススーッと横にスライドし開かれた。そこにいたのは、
「いい年したおっさん2人でなにやら悪巧みをしているようだが、一応言っておこう。そこまでだ」
1人の青年が立っていた。
「な、なんだ貴様はッ!!」
肥えた髭面の男が青年に向かって叫ぶ。眼鏡の中年男もなにが起きているのかわからないといった表情をしている。
「お前に用はない。用があるのはそっちのやつだ。」
その青年は眼鏡の中年男を見ながらそう言った。
「わ、私に何か?」
「あぁ、お前が差し向けたあの小太りのゴミだが・・・始末した」
「・・・は?」
「ん、聞こえなかったか?お前が用意していた駒は無くなったぞと言ったんだ」
淡々と、冷淡に。
その青年は本当にちょっとそこでゴミを捨てた、みたいな感覚で言う。
「ななな・・・、」
「んで、オタクがやった事も既に知っている。なのでまぁ、オタクも処分しに来た。」
青年が言う。怒りなのか、それとも呆れなのか、青年の表情は読めない。
気が付けば、眼鏡の中年男のすぐ側まで青年は来ていた。
「わわわ、私になな何をするつもりだ!」
「ここでは店の迷惑になるから、場所を変えないか?」
「ふ、ふん。私が君についていく理由はない。」
今すぐにどうこうされないと分かった眼鏡の中年男は少しだけ強気に出る。そばにいた肥えた髭面も、
「き、君。なんのことか知らないが、とにかく出ていってくれないか?」
と、少し怯え気味に声を出す。
「いや、今はこいつに用があるからそれは無理な相談だな。ちなみに、アンタにも後から用事あるから」
それでも青年が引く気配はない。
眼鏡の中年男は、ここにいる限り何もされないと分かってか、こんなことを言い始める。
「けっ、警察に連絡してもいいのですよ?」
「警察呼んで困るのはオタクなんだがな」
「なっ!?」
「オタクの駒が全部吐いてくれたよ。証拠も揃ってるしな。さぁ、これを聞いた上で警察に連絡するか?
まぁどのみち警察には行くから今から呼ぶか」
驚愕顔の眼鏡の中年男をそっちのけで、携帯をポケットから取り出す青年。
すると、肥えた髭面が
「まっ、待て!いくらだ?いくら払えばいい?」
その言葉を聞いた青年は、電話に触れていた手を止め、肥えた髭面の顔を見た。今にもその肥えた髭面を殺さんばかりの目で。
「下衆が。」
「なっ!?」
「アンタは直接手を出していないが、アンタの会社の内部事情も全て把握しているし、アンタが今までにしてきたことも全て承知している」
そう言うと、青年は再度携帯に視線を移す。
肥えた髭面は放心顔、眼鏡の中年男が青年に言い放つ。
「であれば、あの少女にもさらに痛い目を見てもらいましょうか」
青年は手を止め、次の瞬間
眼鏡の中年男の眼鏡が部屋の隅まで吹っ飛んだ。ぐしゃぐしゃになって。
「・・・、ひっ!」
「大人しく警察に全部吐け。後1つ、もし今後あの少女に手を出すような真似をしたら、その時はお前とお前の周囲の人間全員消す。文字通り、消す。
それを承知の上でやるならもう止めんが」
「・・・」
沈黙を了承と捉え、青年は警察に電話をかけながら、旅亭を後にした。
これはとある少女の知らない一幕。
しかし、ヒーローは知らない。
この事件がこれから起きる大事件の序章ですらなかったということを・・・
4月某日 AM0:00
とある高層ビルの最上階、そこから見る景色は最上級だった。
朝は地平線から昇る太陽、日中は下を歩く人、人、人、夜になれば建物の光、ネオンが、夜の海に舞う海蛍のように輝いていた。
そんなビルの最上階の一室に住む1人の女性が赤ワインの入ったグラスを片手にソファに足を組んで腰掛けている。姿はバスローブ、妖艶といえる風貌で、濡れた銀色の髪が絹のようにしなやかにはだけた肌に張り付きより一層の妖艶さを演出していた。誰もが振り返るであろうその美女はどこか楽しげで、どこか寂しそうに窓の外を見つめている。
ふと、その美女に近寄る影があり
「(・・様、件のシバタですが、どうやら自供したようです)」
その影が発する声は中性的でもあり、どこか幼さの残る女の声だった。
その声に対し、美女が言う。
「(そう・・、どうでもいいわ)」
退屈そうに、組んでいた足を組み替えた。
「(後処理は、如何いたしましょう)」
「(全て任せるわ)」
「(はっ、かしこまりました)」
それだけ言うと、その影が離れていく。
その美女は再度足を組み替え、グラスのワインをくるくる回して未だ退屈そうに窓の外を見つめている。
「(なーんか楽しいこと、ないかしら)」
夜の静寂からは返事がない。
ただただ、時計の針が動いているだけ