4.ヒーローは割と身近に潜んでいる。④
4.
学食のような広さの場所で身なりが同じの子どもたちが、長机に配膳された餌を前にきっちりと並んで座っている。
その中にソレも交じっていた。
「(お前らが口にするものは、我が国の民が汗水流して準備している。それを口にするということは、この国の民達に恩返しをしなければならない。お前たちに出来る恩返しといえばその糞のような命を使って、敵を1人でも多く殺すことだ。その事を肝に銘じたモノだけ目の前の餌を食え。)」
左目に傷のある、赤髪の長髪女軍人がソレらを前になにやら叫ぶ。ソレには理解出来ない言葉であるが、これを食うからには覚悟しろ。と言われているのではないかと感じた。
目の前にある、握り拳ぐらいのパンと、銀の食器の底がくっきりと見える水のようなスープ、それだけだ。これだけでどうやって今後体を動かせというのだ、と普通なら思う。
しかし、ソレらには反抗する意思すらも感じられない。
女軍人がまた何かを叫ぶ、と同時ソレらは握り拳ぐらいのパンを一口で頬張り、水のようなスープで流し込む、それで食事は終わる。
食事後、ソレらはまた別の場所に移される。
5畳くらいの何もない部屋に3人1組、窓もなく換気もされていないので、風呂などという贅沢もなく体を拭く事すらもないソレらの臭いという臭いが充満していた。
そこに詰め込まれたソレを含む3人はすぐに横になると仮眠をとる。ほんの数時間もすればまた訓練が始まるからだ。ソレらに会話という会話は無い。ただ体を休めるだけ・・・
「ねぇ、ちょっと。」
夢を見ていた、どんな夢かは思い出せない。愛とジュリアとの幸せな時間を過ごしていた夢だっただろうか、はたまた昔の戦争をしていた頃の夢だっただろうか。俺は思い出せない。
「ねぇ、君。無視しないでくれる?」
今日の天気は晴れ、今夜は月と星たちがハッキリ見えるだろう。それを楽しみに今はこの学園という監獄の時間をただ無意味にだらだらと過ごしてやろう。
「ねぇ、ってば!皆野くん!」
「んあ、え?僕ですか?」
自席の机に右手で頬付き、窓の外を眺めながら今夜の星々に想いを馳せていたら1人の女の子が俺に話しかけていたみたいだ。全く気が付きませんでした。
「さっきから呼んでるんですけど?」
「すみません、ぼーっとしてました。それで、用事はなんでしょうか」
非常に不味い、よく見たら例の黒色の長髪の女の子だった。まさか声をかけられるとは思っていなかった・・・どうする、逃げるか?
「こないだの夜、覚えてる?」
「なんのことでしょうか?」
「皆野くんだよね、アレ」
「いえ、違います。アレってなんのこと?」
危ない、今のは誘導尋問。アレに対して否定してしまえば、アレと明確に指していない事柄を俺が知っている事になってしまう。なのでここはすっとぼけることにした。
じとーっと効果音のつきそうな目で此方を見つめてくる女の子。この間はいろいろあってよく顔を見ていなかったが、普通に可愛い子だった。まぁ、愛とジュリアには遠く及ばないが。
「ふーん、とぼけるんだ?まぁ、いいけど。一応ありがとうって言っとく。それだけ」
何を納得したのかはわからないが女の子はそれだけ言うと自席へと戻っていった。
流石に向こうは此方の顔を覚えていたみたいだな・・・まぁ今後は関わらないだろうしいいか。
そう、思っていた時期が俺にもありました。
「んで、なんでまたこんな時間に制服でうろついてんの?」
「やっぱり、皆野くんじゃん」
ついこの間を再現するかの如く、その女の子は制服で深夜の街にいた。前回とは違うが今回は太ったおっさん相手に嫌悪を振りまいていた。俺自身は関わり合いになりたくは無かったが愛との誓いの為、俺は仕方なく女の子を助けた。今回ばかりは相手が相手なので、
「俺の彼女に何か用ですか?」
というと、おっさんも面倒にはしたくないのかヘコヘコとしながらそそくさとその場を去っていった。
「んで、なんでこんな時間にこんなとこいるんですかね?君みたいな子がこんな時間にしかも制服でうろついていたらそりゃ声も掛けられるでしょうよ」
「別にいいでしょ、私がどこで何してようと」
ふいっ、とそっぽを向きながら拗ねたように言う女の子。別に俺が直接的に害を被るわけではないので構わないのだが、誰の目から見ても困っていると見えれば俺は手を出すしかなくなる。
「それに皆野くんもこんな時間にこんな所で何してるの?この間もこのくらいの時間だったよね?人のこと言えないじゃん」
「俺は良いんだよ、やる事があってここにいるんだから」
「やる事って?」
「それは・・・」
言い渋る、流石に同じ年齢の女の子に夜の街で人助けしてます、なんて言ったら笑われるだろうか。しかし、大した用事もなくうろついているのは確かなので俺は正直に言う。
「まぁ困ってる人いないかなぁーとか思いながらただ徘徊してるだけ」
「・・・えっ?なにそれ、人助けしてるって事?」
「わかりやすく言えば。」
沈黙のち、その女の子はお腹を抱えて笑い始めた。失礼な、なんもおかしな事はしていないはずだが・・・
「面白いね、皆野くんって・・・ふふっ、くっ。お腹痛いよぉ・・・」
「いや。そんな笑わなくても」
「だって・・・ぷっ・・、あーもー。こんなに笑ったの久しぶり。あ、そうだある意味人助けだね」
目元に涙を溜め笑い続けている。
んー、まぁ普通の人からしたらおかしいのかね、よくわからん。
「なにがだよ・・・」
「私を笑わせてくれたってこと。おめでと、今日の人助け1個目だね」
人助けにおめでとうもなにもあったものでは無いと思うのだが。
しかし不思議なものだ。
愛とジュリア以外で笑っている姿を見て、なんとなく嬉しくなったのは。目の前の女の子はそういったなにかを持っているのかもしれないな。とか思っていると、
「んーっ!なーんか悩んでた私が馬鹿みたいに思えてきた。」
「なにか悩み事?」
どうしたんだろうか今日の俺は。
自ら面倒ごとに首を突っ込んでいったぞ今。
言ったあとにしまった、とは思ったが女の子は、
「んーん、大したことじゃないよ」
とだけ言った。
「ねぇ、ちょっとだけ付き合ってよ」
話を変えるようにそう言うと、その子は俺の手を取り歩き始める。柔らかなその手が、少し寒い街の空気に冷えた手を温めてくれているかのようだ。
「わ。皆野くん、手冷たいんだね」
「あぁ、なんか悪い」
「んーん、大丈夫」
それだけ言うと、あとはずっと無言で街中を2人で歩くだけ。時折空を見上げてその子は何かを考えているようだったが、俺には介入する余地が無い様に思えた。先程もやんわりと流されたしな。
月と星に見守られ、会話のない中夜の街の景色に溶け込み流れるように夜の街をぶらぶらと歩く。
唐突にその子は手を離し、一歩進んでこちらにくるりと振り返る。
こちらを見るその表情はどこか寂しげで、そして憂いていて、何かを諦めたような表情だった。
しかし俺には読み取れない、その表情にどんな感情が込められているのかを。
そして、女の子が呟く。
「もし、私が今助けてって言ったら皆野くんはなにも聞かずに助けてくれる?」
「いいよ」
「即答なんだ?」
「まぁ、うん。」
愛みたいな口調になってしまった。
その子は表情を崩し、にへらと笑む。
そっか、と呟くと
「じゃあ、助けてよ」
「いいよ」
俺は先程と同じトーン、同じ口調で返事をする。すると、にへらと笑っていた目から涙が溢れ始める。ぽろぽろと、次第にはツツツーと途切れない涙が女の子の頬を伝う。
俺はゆっくりと近づき、胸に女の子を抱きしめ頭を撫でる。柔らかな黒髪に反してその子の体は強張っていた。ただジッと待つ。
5分くらいたっただろうか、すんすんと鼻をすすり話せるくらいにまでは落ち着いただろうか。俺は女の子が口を開くまで、ただ頭を撫で続け、待った。
「・・・ありがとう。」
「まだ、何もしていないぞ」
「うん、それでもありがと」
目元は赤くなり、流れ終えた涙はその子の頬を濡らしていた。俺は着ていた服の袖を使って涙を拭く。んんっ、と目を閉じて拭かれている。なんか鋭いトゲのある子って印象だったが、こうしてみると庇護欲を掻き立てられるなぁとか変な事を考えてしまった。
「それで?」
「・・・本当に助けてくれるの?」
「いいよって言っただろ」
「そっか」
泣き疲れたのか、覇気はない。
それでも無理して苦笑いのような笑みを浮かべるその子は事情を話し始めた。
内容はこうだ。
両親共働きで立ち上げた会社で不祥事があり、会社が立ち行かなくなったとのこと。
両親は女の子に気にするな、と言い続けていたが状況はさらに悪化する一途。
その不祥事を起こした社員は高飛びしたらしく、実は前々から計画されていたような動きで対応しても対応しても、尽く潰されたらしい。まぁ確かに全て潰されたのなら明らかに用意されていたかのように思える。
そしてここからが本題。
なんとその高飛びしたはず社員が女の子に接触してきたとの事。そして、会社を本気で潰されたくないなら手元に来いと。来なければ潰すと。
誰かに話しても潰すと。
「なんだそれ。そいつは明らかに君のことを狙っているじゃないか。そいつと面識はあるのか?」
「うーん、どうだろ。両親の挨拶回りとかには付いて行ったことあるからその時に会ってたりするのかも」
少しは落ち着いたのか、俺の問いに対してしっかりと答えてくれる。しかしアレだな。会社が気に食わないとか、この子の両親が気に食わないとかじゃなく明確に女の子を狙った上での犯行か。単独での行動なのか?それにしては1つの会社をそこまで追い込めるのか?疑問はいくつか残るが・・・
「それで、俺はどうしたらいい?」
「うーん、私を守って?」
「いいよ」
「まーた2つ返事。ちゃんと考えてくれてる?私を狙って会社を潰そうとするやつだよ?何してくるか分かんないよ?」
「まぁ、なんとかするよ。んで、そいつどこにいるんだ?」
「んー、向こうからまた連絡来ると思う。」
「わかった、その時は俺にすぐ連絡しろ」
「ん、わかった。」
連絡先も知っているとかいよいよ狂気じみてるな・・・
再起不能になるまでお話し合いをしないといけないみたいだなこれは。
俺の連絡先を教え、万が一に備えお互いの住所も教えあった。案外近くに住んでるんだなとか考えながらその日は女の子を送って別れた。
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