第五天『ヒト成らざるモノ』
「…貴方達2人を川で拾ってからぁ、もう3年も経ってしまいましたぁ」
「純恋さん…?」
「憎しみに心をとらわれず、今日まで生きてくれた貴方達にぃ…話さなければいけないことがありますぅ」
真剣な眼差しを真っ直ぐこちらに向ける純恋さんはゆっくりと息を吐くと、俺と白天の手を握った。
繋がれた手から伝わる体温に安心しながらも、どこか不安が心を渦巻いて止まない。
「白天」
「はい」
「黒天」
「ああ」
「貴方達は…あの日。両親を目の前で殺され、崖から落ちたあの日―――…」
「『天狗』に、なりました」
火の弾ける音が止まない。
耳鳴りが、心音が、ぐるぐると巡って…スッと落ち着いた。
「…知っていました。いえ、『天狗』というモノになったというのは判りませんでしたけど…自分が、黒天が変わってしまったことは、あの日から薄々…」
「俺もだ。まさか人ですら無くなっていたとは思わなかったが」
そう、気付いてはいたんだ。
崖から落ちたあの瞬間から。
そもそも、今俺たちが生きていることがおかしいのだ。
例え川に落ちたとしても、あの高さから落ちれば助からない。助からなかったはずだった。
それでも生きている。大した怪我もなく、ただ全身の痛みだけを残して…俺たちは生きてしまった。
崖から落ちて生き延びるなどヒトであったら不可能なはずのその奇跡を俺たちは起こしてしまった。
自分を…自分たちの体を造り替えることによって。
「…そうですかぁ、気付いていましたかぁ」
俺たちの言葉を聞いても純恋さんは驚かなかった。多分純恋さんも俺たちが気付いていることを感じ取っていたんだろう。
少し目を伏せた純恋さんの頬に火に照らされて影が落ちた。
「あの日、貴方達の心は憎しみに押しつぶされそうでぇ…それを小さな体で懸命に守っていましたぁ。
あと少しの絶望で『堕星』になってしまいそうなほどギリギリのところにいたんですよぉ。
両親を思い涙を流す貴方達を見てぇ…私は決めたんですぅ。
貴方達が憎しみで心を壊さないよう…『堕星』になってしまわないよう、私が守るとぉ…。
そして、貴方達が立ち直った暁にはぁ、『流星』になれるよう後押しするとぉ。」
「…純恋さんは、天狗なんですか?」
日の落ちた山は暗い。
灯りとなる火が隙間風に吹かれてゆらりと揺れて俺たちの顔を柔らかく照らした。
その灯りを瞳に映し、純恋さんは1つ瞬きをする。
その表情はいつもの優しげな雰囲気を破り、どこか神々しかった。
「改めて自己紹介をしましょうぅ…。
私は暁明 純恋。
憎しみから天狗と相成り、愛を知って守神へと至った…『流星』。」
静かに告げる純恋さんの声に連動するように、山の木々が風にさらわれ騒めく。
「星名を―――…『木ノ恵』」