第四天『天狗』
泣き疲れて眠る双子の兄弟の頬を、暁明は優しく撫でる。
憎しみに心を押し潰されそうになりながらも、懸命に耐える小さな子供達。
それでもその強い憎しみは彼等をヒト成らざるモノへと変えてしまっていた。
「…まさか、こんなに小さな『天狗』が川を流れてくるなんてぇ…」
痛々しいまでに疲弊した彼等の心を思い、暁明は苦しげに眉を寄せた。
意識を暗闇へと落としながらも尚涙を流す2人がこれ以上傷つかないように。
「どうか、憎しみに呑まれないでぇ…君達が『堕星』にならないように、私がぁ…」
どうか、憎しみのまま道を外さないよう。
「私が、守ってあげますからねぇ…」
その日から、俺たちは純恋さんの拾われ子になった。
疲弊しきった心と体を回復させるためと純恋さんに散々連れ回され、振り回され、少しずつ活力を取り戻していった。
3年も経てば、俺たちは心の整理をつけ立ち直ることができた。
「純恋さん、そろそろ冬になります。冬支度をしなくちゃいけませんよ」
「あらぁ、それでは熊でも狩にいきましょうかぁ?」
「…じゃあ今日は熊鍋だな」
「うふふ、黒天のご飯は美味しいですから楽しみですねぇ」
「残念、今日は兄上が飯当番だ」
「私よりも黒天のほうが料理は上手なんですけどね」
「あらあらぁ、白天のご飯も美味しいですよぉ?」
「ふふ、頑張りますね」
「熊を捌くぐらいなら手伝うぞ、兄上」
「ありがとう黒天」
「中良きことは美しきかな、ですねぇ」
俺たちの会話を純恋さんは優しく笑いながら聞いていた。
嬉しそうに目を細め、大分冷たくなった風が純恋さんの綺麗な藍色の髪を靡かせる。
「…そろそろ、話さなければいけませんよねぇ…」
ポツリと呟いたその言葉は、風にさらわれて俺たちの耳へは届かなかった。
「貴方達は『天狗』を知っていますかぁ?」
その夜告げられた言葉に、俺たちは揃って首を傾げる。
「…天狗?なんですか、それは?」
「聞いたことはない…と思う」
首尾よく冬眠前で動きが鈍い熊を仕留め、美味しい熊鍋へと生まれ変わった鍋の中をつつきながら、純恋さんはゆっくりと話しだす。
家の中にパチパチと火の弾ける音が響いて、その音がはっきり聞こえるくらいには小さな声だった。
「『天狗』とはぁ、『ヒトであったもの』そして、何よりも強い憎しみにより『ヒト成らざるモノ』へと変化した者のことを指しますぅ」
小さな声はどこまでも耳奥へと響く。
「ヒト成らざる、モノ…ですか?」
「それは妖と言うことか?」
俺の問いかけに純恋さんは静かに首を横に振り、真っ直ぐに俺たちを見つめた。
「黒天の問いはぁ、正解であり不正解ですぅ。
『天狗』は善悪によってぇ、その存在を変化させますぅ。
心が善に傾けば『守神』になりぃ、悪に傾けば『妖』になるぅ…私達は守神に至った者を『流星』と呼びぃ、妖へと堕ちた者を『堕星』と呼んでいますぅ。
天狗へと変化した者は人離れした力…『神通力』を手に入れますぅ。
元が強い憎しみから変化したものですからぁ…強い力を手に入れた者はぁ、悪へと堕ちやすくなりますぅ」
「堕ちた天狗はどうなるんですか?」
「ただ憎しみのままに…ヒトを殺すだけの存在となりますぅ」
「っ、」
「ヒトへの憎しみだけを原動力にぃ、殺戮を繰り返すぅ…そんな哀しい妖へと堕ちていくのですぅ」
「…救えないのか?」
憎しみに囚われ続けるなど哀しすぎる。
そんな思いが湧いて純恋さんを見ると、藍色の瞳が悲しみに濡れて、少しだけ眉を寄せながらそれでもハッキリと言った。
「救いは死あるのみ」
パチンと弾ける火の音が響く。
「堕星になった者に待ち受けるのはぁ、憎しみに身を焦がし続ける未来だけぇ…。
だからこそ私達流星はぁ、そんな哀しみを断ち切るために堕星を殺すのですぅ」
徐々に小さくなっていく火に薪をくべると、また小さくパチリと火が弾けた。
その音を聞きながらも純恋さんの言葉を頭で繰り返していると、1つの言葉に引っ掛かった。
それは白天も同じだったようで、俺よりも先に不可解そうに眉根を寄せて口を開いた。
「…私達?」