第三天『宝物』
身体中の血が沸騰したように熱い。
ドロドロとした想いが心を支配して止まない。
父を、母を殺したこいつらが憎い。
殺してしまいたい。切り刻んで、ぐちゃぐちゃにして、それから…
「は…てん、こく、て…ん」
俺たちに覆いかぶさるように倒れた母が小さく呟いた言葉に、霞がかった意識がハッと引き戻された。
「だ、め…憎し、みに、心を…囚われては、だめ…」
「か、さま…母さまっ…!!」
「大好き…だいす、き、よ…わたし、たちの、宝物…」
「やだ、やだ!母様っ、置いていかないで…!」
白天と共に母にしがみ付くが、流れる温かい血とは反対に、どんどん母の体温が下がっていく。
「だいじょ、ぶ…よ、だから…いきてね…どう、か…いきのびて、ね…」
「「母様!!!」」
「愛してるわ…」
それは、小さな衝撃だった。
死にゆく母の弱々しいその手によって、俺たちは崖下へと落下した。
最後に届いた母の言葉は何度も何度も聞いた幸せの言葉だったはずなのに―――…
その言葉は何よりも、俺たちの胸を抉った。
ドボンッ!!!
「っ、ガッ!!!」
高所から川へと叩き付けられ、全身に激痛が走る。
水底へと沈んでゆく中、必死に白天へと手を伸ばすと、白天も俺に手を伸ばしていた。
その手を掴み、強く握り込んで安堵した瞬間、暴流の水と全身の痛みで俺たちは意識を飛ばした。
パチ…パチ…
どこかで火の弾ける音がする。
暖かい。暖かいのに、寒くて凍えてしまいそうで…無意識に握った手の存在を探して意識が浮上した。
「…はく、てん?」
「…こく、てん」
「あらあらぁ、起きましたぁ?」
「っ!?…だ、誰だ…!?」
隣にいる白天の存在に安堵していると、後ろから声をかけられた。
びくりと体が震えて咄嗟に身構えれば、白天も同じように硬い表情で身構えていた。
そんな俺たちを見て、声をかけてきた人物は優しく笑いながらゆっくりと俺の正面へと移動した。
「ごめんなさいぃ、驚かせてしまいましたねぇ。
私は暁明 純恋。川でお洗濯をしていたらぁ、貴方達がどんぶらこ〜って流れてきましたので川から引き上げたんですぅ」
「「どんぶらこ…」」
「とてもどんぶらこでしたよぉ」
目の前の女性は首を傾げながらふわりと微笑む。
優しげな雰囲気に、強張っていた全身から不思議と力が抜けていった。
そうすると、今度は涙腺まで力が抜けてしまったらしい。
俺たちの瞳から零れ落ちる滴が不規則に地面を濡らし、次第に量を増やしていく。
「あらぁ?あらあら、どうしたのぉ?体が痛むのぉ?」
「っち、が…ぐ、ぅぁ」
「…っ、ぁあ"あ"っ」
ボロボロと、ボロボロと…止まらない涙が頬を伝い、顎を伝う。
憎しみに支配されかけた心が、こんどは悲しいと喚きだす。
どうしようもなく苦しくて、思わず白天に抱きついて声を押し殺した。
俺の背中に回った手に力が入っている事に気付いて、俺の手にも力が入る。
「ふ、っぐ…ぅぁあ…」
「ど、ざま…がぁざまっ…!」
漏れでる嗚咽に乗せて想いが溢れていく。
どくどくと心音が耳元で鳴っている。
母様の最後の言葉が頭から離れない。
「ぁ、ぁあああっ…」
「うぁああ、ぁああ…!」
愛されて、幸せだった。幸せだったんだ、俺たちは。
それが続くと信じていた。これからも幸せだと信じていたのに。
ただ泣き続ける俺たちを、彼女はただ静かに見つめていた。