第一天『始』
思いついた設定が思いの外好みで書きたくなってしまいました。
シリアス風味の多いものになるかと思いますが、楽しんでいただけると幸いです。
春の山は暖かい。
降り注ぐ木漏れ日も、歌うように鳴く鳥の声も、伸び伸びと風に揺れる草花たちも、どこもかしこも暖かい。
なのに、なのにどうして。
陽の暖かさも、優しい声も、柔らかな風でさえ、腕の中の彼女の体温を引き留めてはくれない。
どうして、どうして、どうして、
「……な、ぜ」
どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてーーー…
零れ落ちる滴は止めどなく溢れ、震える脚は動いてはくれない。
目前に広がる血溜まりが大きくなっていくのを、何もできずに見つめるしかない。
「…何故だ、兄上」
人を憎み、殺し、嗤う男を、ただ見つめるしかできない。
「何故?何故と聞きましたか、弟よ?」
濁った瞳で嗤う男は、それでも自分の兄であった。優しく、聡く、慈愛に溢れた兄であったはずだった。
「…弱いから。弱いから、奪われる。生きる権利を、幸せを、愛する者を、私達の―――…全てを」
「だからと言って、堕星になるなど…っ!」
「だからと言って?いいえ、いいえ。だからこそです、弟よ。
何故奪われなければならないのです?何故殺されねばならないのです?一体、何故!!」
失われていく体温が、広がる血が、濁っていく瞳が、脳の奥に刻み込まれていく。
「全ては弱さのため!弱者である己が悪!!!!」
ガリ
「力無きものは搾取され!」
ガリ
「力あるものが全てを決める!」
ゴリ
「それが全て!この世の真理!!」
グチャ
「だからこそ私は!!全てを憎み、殺し、力を手にする!!」
ベチャッ
全ての怒りが込められたその叫びに合わせ、兄の手に握られたヒトであった者たちの血肉が、骨が、砕け飛び散る。
濃い血の匂いが広がり反射的に胃から込み上げるものを飲み込もうとするが、喉の奥ですら震えそれすらも容易に行えない。
「ッ堕星になればどうなるか、兄上も師匠に教わったはずだ!いずれ流星が派遣され、慈悲もなく殺される!だから…」
「それがどうしたというのです!!」
これ以上堕ちないよう必死に言葉を紡ぐが、どこまでも悲痛な兄の叫びによって遮られ、普段滅多に怒りもしなかった兄の叫びに、驚愕と共にグッと喉をつまらせた。
「生温い正義を振りかざすものたちからの慈悲などいらない!ヒトを守る者たちの言葉など!力など!この私に通用するなどと思うな!!
何も知らない者達に、私を殺す権利などない!!!」
「兄、上…」
「…もし、それでも私を止めたいと思うならば」
先ほどまでの叫びとは違い、どこか穏やかな声が森に響く。
その姿は先ほどまでの堕ちた姿とは違い、元の兄のようだった。
もしや、本当は堕ちてなどいないのではないだろうかなどど、淡い期待が胸にさす。
「お前が私を殺しにきなさい」
それがどんなに甘い夢なのか、すぐさま兄によって証明されることになったとしても。
「私は白峯。私を止めたいのならば、お前が私を殺しにきなさい。お前が…私の陵となれ」
耳に届いた最後の言葉と共に、俺の意識は暗闇へと溶け込んでいった。