7日目 屋久島②(鹿児島県)
日本一周に挑戦しました。
※行ってません
7日目
【概要】
縄文杉を見に行こう!
【行った場所】
三代杉
翁杉
ウィルソン株
縄文杉
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早朝4時、障子を開けて外の景色を眺めると、まだ日は昇っていなかったが、雨は止んでいた。筋肉痛もないし、絶好のトレッキング日和だろう。知らないが。
部屋の奥ではヤスタケさんの息子、ヤスタケくんが「俺が案内するなんて聞いてない」と大声で駄々をこねていた。結局、月見の一声で諦めたヤスタケくんだったが、まだ酒が抜けきれていないらしく、顔が死んでいた。それでも山に登れるというのだから、自然相手に生きている人々の体力は本当に恐ろしい。
入り口までのバスに乗って、登山を始めたのが6時過ぎのことだった。あたりは真っ暗で、これから約10時間にわたる登山が始まる。
平日のあまり人がいない橋を渡って森の中に入っていく。早朝のさらに雨上がりの山はとにかく寒くて、その寒ささえも不気味な雰囲気を演出していた。もののけ姫の世界に迷い込んだようでとにかく興奮していたら、月見から本当に冷めた目で見られた。その視線も演出に違いない。
人の手で削られた雰囲気満載の洞窟を通過したあと、とにかくトロッコ道をひたすらに歩いていく。途中、手すりのない足を滑らせたら人生が終わってしまうような道もあった。あともう少しで渡りきるというところで強い風が吹いた時は、流石にご先祖様が見えたような気がしないでもないが、それはこだまが見せた幻覚に違いないと自分に言い聞かせた。
【トロッコ道はどんな道?】
トロッコ道とはもちろん、鉄道が走るための線路の道である。屋久島のトロッコ道は、現在も森林で稼働している唯一の鉄道らしい。昔は伐採した屋久杉を運び出すために使われていたが、今は整備に必要な道具を運搬したり、いざという時に登山者を救出するために使われているようだ。ゴール地点は綺麗なトイレ。オチまでつけられる屋久島のトロッコ道に拍手喝采である。
(線路の上を歩くのはドキドキ おしまい)
日が昇ってきて線路が見えるようになってくると、周りを見る余裕が出てきた。最近スタンドバイミーを見たばかりで、彼らと同じように線路の上を歩ける喜びに浸る。前方から汽車がやってこないかとワクワクしていたら、その視線に気づいたヤスタケくんが口を開いた。
「喉が渇きました?」
「いや、大丈夫です」
「そこらへんに流れてる水は飲めるから、ペットボトルに注いで飲んでも大丈夫っすよ」
そうなのかと感心していると、ヤスタケくんがさらに続ける。
「ちなみに、都会育ちの友達がその水を飲んだら腹壊しましたけどね」
それは暗に私に腹を壊せと言っているのか青年よ。
「君はもやしっ子だからダメだね」
月見が追い打ちをかけてきた。
2人にいじられながら歩いていると、最初の観光スポットとも言える、三代杉の木に到着した。三代杉は、古い杉の上に新しい杉の木が生えてくるのというのを2回繰り返して出来たものだ。
「おじいちゃんと、父さんと、私」
それは流石にシュールだからやめてほしい。どうやら月見の家族の顔を知っているらしいヤスタケくんは、リアルにその姿を想像してしまったらしく、しばらく笑いが収まらなかった。
ヤスタケくんの笑いが収まった頃、トロッコ道が終わりを告げた。これから本格的な山登りが始まる。たくさんの生い茂る杉で全体が薄暗い中、歩きにくい坂道をゆっくりゆっくり登っていく。全体的におどろおどろしい自然の恐怖が広がる中に、歩ける程度にしか整備されていない道がひとつだけ。その道だけがこの場所では異常で、だけど我々はこの道を辿って歩いていくしかない。木々の隙間から差し込んでくる太陽の光が小さな希望のようで、その光を浴びると心が安らいでいくような気がした。
【スギとブナのお話】
島全体を考えて「スギが主人公だ!」と言い切ることはできないが、屋久島における樹木界の主人公はスギで間違い無いと思う。
しかし、もしブナが屋久島まで南下してきていたら、その主人公の座はブナに奪われていたかもしれないのだ。
ブナは光が届かない場所でもよく育つ。だから、屋久島の森でも、光が大好きなスギはブナには勝てなかったのではないか、という話である。
もちろん、ブナが嫌いとかそういうわけではないのだが、この場所においては、光を好むスギが主役な森でだからこそ、この寂しくもどこかあたたかい幻想的な世界が広がっているのではないかと考えると嬉しくなってしまうのは私だけではないはずだ。
(スギもブナも素敵だよ おしまい)
息が切れて辛くなってきた頃、根っこだけになってしまった屋久杉の前についた。幹は人が通らない方向に倒れている。その幹の大きさが、かつてこの場所にどれだけ大きな屋久杉が立っていたかを物語っていた。
「このスギは死んだんだ」
ヤスタケくんの温度のない言葉が森に響く。
昔はここに翁杉という屋久杉があったそうだが、強風でもない静かな日、誰もいない夜中のうちにひっそりと倒れたのだという。
「寿命だったんだ」
翁杉は着生する樹が多く、湿度が高いので全体が苔でおおわれていて、それはそれはとても風情のある巨木だったそうだ。その片鱗は倒れた根の部分からも、十分に感じ取れた。
「でもまたすぐに新しい命が芽生えるさ」
ヤスタケくんは、淡々と事実を述べた。
私は道々に存在していた新しい命の息吹を思い出した。きっと月見も同じことを思い浮かべていたのだろう。月見は笑っていた。
「ヤスタケくんはきっといいガイドになれるね」
「ならねえよ!だって朝は早いし、儲からねえし」
俺はビッグな男になるんだ!と叫ぶ彼の言葉は軽かったけれど、どこか心の底ではそれを理解しているのだろう。それ以上反論することはなかった。
翁杉を通り過ぎてしばらく歩くと、今度は有名インスタ映えスポットであるウィルソン株に到着した。ウィルソンさんが紹介した屋久杉の中から空を見上げると、ハート形に見えるポイントがあるというアレである。もちろんノリノリで入っていった月見だったが、私にはその屋久杉が、地に根をはる妖怪に見え、観光客は喜んで食べられていく餌のように見えた。ハートにつられて食べられてしまう人間。食虫植物と一緒ではないか。そう考え出したら面白くて、しばらくその姿を眺めていた。ウィルソン株の中に入ってみると、中は思ったより広かった。ヤスタケくんをぎゅうぎゅうに敷き詰めたら、5人くらいは寝られるんじゃないだろうか。一箇所にだけやたらと人が集まっていて、おそらくそこがハートに映る場所なのだろう。その写真はあとで月見に送ってもらうことにして、撮影者の邪魔にならぬよう、早々に怪物の胃の中を後にした。
大王杉、夫婦杉を通り過ぎ、最後にやたらと整備された階段を上ると、ついに縄文杉に到着した。正直いうとデッキから少し遠い。けれどそれを差し引いてもあまりある迫力で、この森の主といった風格があった。
【やっと縄文杉の話ができる】
スギはまっすぐで軽く加工しやすい木材なので縄文時代から広く利用されてきた。すなわち伐採されてきたということだ。それでもこの縄文杉は約2000年から7000年は生きていると言われている。どうしてこの屋久杉たけが、ここまで長く生き残ってきたのか。それはこの屋久杉が真っ直ぐに成長せず、木材としては不向きな、いわば劣等種だったからなのだ。
現在長生きしている屋久杉のほとんどが「加工に不向き」という理由で伐採されなかったものばかりだ。しかし、そんな彼らが多くの人を呼び込む。異形の巨木と小杉の大群。そんな森の主が、縄文杉なのだ。
(5時間歩いて出会った君 おしまい)
思う存分縄文杉を眺めた後、最後に縄文杉に一礼して、私たちは下山した。帰りは行きほど辛くはなかったが、明日は間違いなく筋肉痛になるという確信を得るに至る程度には辛かった。ヤスタケくんに「体力はないけど持久力はありますね」と言われた。褒められたのかどうかよくわからなかったが、「もののけ姫の世界を見たかったから」という軽い理由でトレッキングに挑戦したことは、2人には黙っておこうと思う。
8日目に続く
#日本一周 #行ってない