6日目 屋久島①(鹿児島県)
日本一周に挑戦しました。
※行ってません
【概要】
いざ屋久島へ
【行った場所】
屋久島
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目を覚ました瞬間、恐れていたことが現実になったことを悟る。まったく動けない。全身筋肉痛である。寝返りを打つたび体のどこかがが軋む。
遠くから扉をノックする音が聞こえた。死んでいる身体を引きずりながらなんとか玄関の扉を開けると、そこには月見の姿があった。
「待ってても来なかったから迎えに来たんだけど、動ける?」
「...動けない」
「だよね」
昨日、夕方に鹿児島港に戻ってきた時にはもう屋久島に行くフェリーがなかったので、フェリーが出る港の近くでホテルをとり、今日の朝一番の船で屋久島へ向かう予定だった。がしかし、昨日の過度な運動の結果、今までに体験したことのないような身体中の痛みに襲われ、今は1ミリも動けそうになかった。
「湿布とか買ってくる。それまでに布団に戻っておいてね」
「すまない」
「そういうときはありがとうにして」
「...ありがとう」
「よし」
月見に部屋の鍵を渡し、再び地べたを這って布団に戻ってひと心地ついたところで月見が戻ってきた。そこから私に軽くマッサージを施してくれた後、要所要所に湿布を貼ってくれた。月見はいいお嫁さんになる。私が保証する。
二人で話し合って、今日の15時の船に乗ることにした。それまでに痛みは完全に引かなかったとしても、歩けるレベルには回復するだろうというのが、月見先生の見解だった。
「じゃあ昼過ぎにまた来るから。私の荷物よろしくね」
「どこにいくんだ?」
「まだ時間に余裕があるから、観光してくる」
本当にエネルギッシュだ。そう思いながら、私はフロントにチェックアウト延長の連絡を入れた。
月見が湿布とともに買ってきてくれたタンパク質多めの食事を済ませ、心置きなく爆睡したら、月見が帰ってくる頃にはすっかり回復していた。もちろん痛みが全てなくなったわけではないが、少なくとも地面を這って高速船乗り場へ向かう心配は無くなった。月見は月見で鹿児島観光を楽しんだらしく、仙巌園の景色と仙巌園にあるスタバの写真を見せてくれた。山の中にある小綺麗な洋館と言った雰囲気がなんとも魅力的だった。月見は店内に沢山ある、黒枠の窓がお気に入りらしかった。
高速船乗り場到着後、チケットを買おうと屋久島の文字を探していると、不意に種子島の文字が目に入った。種子島といえば、日本史において知らない人はいないほど有名人、イエズス会のフランシスコ・ザビエル氏が火縄銃を伝えたい場所として有名だ。彼の頭で落書きデビューをした子どもも少なくないはず。
「あれ、種子島って長崎じゃないのか?」
「鹿児島だよ」
これで私はまたひとつ賢くなった。
【博物館で火縄銃を触ったよ】
有名なハゲ...ポルトガルの伝道師から日本に伝えられた初期の火器、火縄銃。教科書は種子島で初の鉄砲伝来といわれていたが、最近は昔から倭寇などで日本に持ち込まれていた可能性が高いとのこと。
見た目がひょろりと細長く、とてもスマートなので軽そうに見えるが、持ってみるとけっこうずっしりと重量感がある。
使い方は簡単で、まず銃を立てて、発砲口から火薬を詰めたあと、玉を押し込む。二つの間に隙間ができないように木の棒(㮶杖:かるか)で押し込み、銃を撃つ時と同じように横にする。最初の火薬と繋がっている、火皿という所に火薬を注入。火皿は最初の火薬と繋がっているので、そこに点火すれば火薬に火がついて、その爆発の勢いで玉が遠くに飛ぶという仕組み。火皿を覆っている火ぶたを閉じて、突然の発砲を防止。これで銃の方は準備完了。
次に火がついた縄を用意。これを火ばさみにセット。引き金を引くと火ばさみが開いて、火縄が火皿に落ちることで点火できる仕組みだ。
火ぶたを開いて引き金を引けば、火縄銃の発砲完遂。
ここで、火ぶたという言葉に引っかかりを覚えた方はいないだろうか。そう「火ぶたを切る」という言葉の「火ぶた」はここから来ている。
火ぶたとは火皿を開閉することで発砲をコントロールできる重要な部分だ。火ぶたが開けば、戦争が始まると言っても過言ではない。当時、開くという言葉は「切る」という表現を使っていたので、当時の名残で、物事に着手することや行動を開始することを「火ぶたを切る」と表現するようになったそうだ。
(屋久島行きの火ぶたは切られた おしまい)
高速船とは言うもののフェリーと大差はないだろうと思っていたら、シートベルトを締めろという指示。しばらくすると、飛行機に乗っているのではないかと錯覚してしまうほどのスピード感で進んで行く。そんな中、月見は特に何を感じた風でもなく、平然と私が持っていた本を読んでいた。
陸に降りると、屋久島では雨が降っていた。
しとしとと降り続く雨の中、誰かが月見の名前を呼んでいる。その声で、白い軽トラのそばに立っている男性に気づいた。
「ヤスタケさん!」
「月見ちゃん、元気だったかい?」
「元気だよ」
ひと通りの世間話を終えた後、男性が私に目を向けた。
「月見ちゃん、その人は?」
「道で拾ったの。害はないから一緒でもいい?」
きっぱりそう言い切った月見を見て、男性は大口を開けて笑った。
「やっぱり月見ちゃんはおじいさんそっくりだ。もちろんかまわないよ。はじめまして、ヤスタケです。ゆっくりしていってね」
「よろしくお願いします」
一度ヤスタケさんの家に荷物を置いた後、レンタルショップへ向かいトレッキング(*1)のための道具を準備した。トレッキングシューズなるものを借りるにあたってようやく、屋久島の縄文杉は、山登りに関して無知で筋肉痛持ちの人間が気軽に向かっていいところではないということを知る。月見に私が行っても大丈夫だろうかと尋ねると「明日も筋肉痛だったら置いて行く」ときっぱり言われた。気合いで筋肉痛を治すと決める。大丈夫、私はまだ若いはずだ。家に帰ったら、ヤスタケさんがマッサージをしてくれる。これと若さで効果は二倍のはずだと言い聞かせつつ、再びトラックの中でぎゅうぎゅうになりながら、雨の屋久島を進んで行った。
(*1)トレッキング
山登り。山頂に着くことを目的とせず、山の中を歩き回ることが目的の山登りのこと。ハイキングならハイヒールを履いていくのは無謀だとしても、スニーカーを履くこと以外にそれほど装備を整える必要なく気軽に向かえる。しかしトレッキングの場合は本気の山登りなので、事前に装備を整える必要がある。「もののけ姫の聖地巡礼だ!」と、勢いだけで屋久島に行っても、見たい景色にたどり着くのは簡単ではないので要注意。
ヤスタケさんは屋久島のツアーガイドをしていて、屋久島生まれの奥さんと二人暮らしをしていた。今は鹿児島の大学に通っている息子さんが夏休みで帰省しているそうだ。ヤスタケさんは明日も仕事らしく、私たちの案内はその息子さんがしてくれることになった。ちなみに息子さんは今、漁師になった高校の友人と飲みに行っているらしい。
ヤスタケさんの奥さんは料理で私たちをもてなしてくれた。どれもとてもおいしかったが、一番印象的だったのはトビウオの唐揚げ。見た目のインパクトが強すぎて、具体的な味は思い出せないけれど。
【空をかける魚】
敵の魚が現れた時、水の中を泳いで逃げる、隠れる。それが魚界の常識だった。しかし、それ以外の第三の概念、水の中から脱出するという画期的な手法を用いた魚がトビウオだ。
トビウオは尾ビレ、胸ビレ、腹ビレの発達により、飛ぶことを可能にしている。
まず、二股に分かれている尾ビレだが、下の方が上の方より大きい。その尾ビレを使って大きく水をかくことで推進力をつける。そして飛ぶ時には水を激しく、素早くたたくことで水面から空中へ飛び出すのだ。
空中では、胸ビレと腹ビレという名の翼を大きく開き、風をつかむことで空をかける。
空を飛ぶことで魚群探知機にも映らないため、トビウオ漁においては、漁師の人の勘が最も頼りになるものらしい。
ちなみに飛ぶ理由としては、敵の魚から逃れるために加えて、船の音にびっくりしたとか、寄生虫でかゆいからなど、いろいろな要因があるとか。
(魚×翼=最強 おしまい)
ヤスタケさんは月見のおじいさんの知り合いのようで、貧乏旅行中に空腹でくたばっていた見ず知らずのヤスタケさんを拾い、飯を食わせ、しばらく自分の船で働かせてくれたのが月見のおじいさんらしかった。
「ダイゴさんは、怖いけど優しい人だった」
「...そうだね」
月見のおじいさんは半年前に病気で亡くなったらしい。おじいさんの昔話を、ヤスタケさんと月見は懐かしみながらも笑って話していた。そこから月見のおじいさんの人柄というのが見えたような気がした。
2人でつもる話もあるだろうと思い、早めに部屋に戻って眠っていると、しばらくしてから月見も部屋に戻ってきた。襖を閉める音がやけに大きく響く。私の隣に敷かれていた布団を少しだけずらすあたりに多少の悪意を感じずにはいられないが、反応するのも面倒だったので、寝返りを打つだけにとどめた。すると、私が起きているのに気づいたのか、月見が声をかけてきた。
「起きてるの?」
少し酔いが回っているのか、すこし甘ったるい言葉遣いになっていた。
「起きていなくてもいいや」
返事をしていいものか悩んでいると、月見が布団に寝転び、ひとりで勝手に話し始めた。
「おじいちゃんが死んだのを聞いた時ね、涙は出なかったんだ。あんなに大好きだったのに。でもおじいちゃんの亡骸を見た日から、心にぽっかり空いてしまった穴が、どうしてもふさがらない」
沈んだ月見の声が、暗闇の中に溶けていく。その言葉がぽっかり浮かんでしまわないようにという思いからか、いつの間にか口が勝手に動いていた。
「かならずふさぐ必要は無いと思うぞ」
「え?」
「ふさがらないなら、新しいのを入れてもいい。それも嫌なら、時間が経つのを待ってもいい。そのうち何かが生えてくるかもしれない」
襖の隙間から微かに漏れる人工的な光と、雨が屋根を打つ音だけが世界を支配している。雨音がうるさいはずなのにどこか静かで、不思議な感覚だった。
「屋久杉の子どもの木の話を知ってるか?」
月見は首を横に振った。
「屋久杉は基本、数千年生きているわけだが、生まれて数百年のものや生まれたばかりの木は小杉と呼ばれるらしい。そしてその小杉は、朽ち果てて倒れた老木の上に生えてくるんだ」
月見はすこしだけ驚いた表情をみせた。
「屋久杉は光を好む。だから老木が倒れて明るくなった場所に、新しい屋久杉が生えてくるんだ」
「...おじいちゃんの上に、私が生えてくるの?」
「そうはいってないけど。でも、それはそれで面白いかもな」
私は無意識のうちに、月見の頭に手を乗せていた。
「焦る必要は無いよ。そう教えてくれたのは月見だ」
月見は大きく目を見開いたが、そのまま何も言わないで、布団の中に潜り込んでしまった。布団の中からくぐもった声が聞こえる。
「明日、行けなかったら殺すから」
あと、ちょっかいかけてきても殺す。
外の雨の音が強くなった気がする。明日の天気が心配だったが、なんとなく、雨は上がるような気がした。
7日目に続く
#日本一周 #行ってない