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赤い秘密の白い病院

作者: 霧間潤市

母が入院するという事になった、女性特有の病気が見つかったというのだ

「卵巣のう胞と子宮筋腫ですね、こうやって御家族に集まって頂いたのは症状の説明と手術の流れを…」

頭が真っ白になった、受験も入学も終わって今まで家族に迷惑をかけて、これから自分が家族へと恩返ししなくちゃいけないというのに、一番恩返ししなくてはいけない母が入院だなんて受け入れたくもなかった。

「ごめんね、折角受験終わって落ち着いてきてこれからっていうのにおかあさんこんなになっちゃって…ごめんね」

母のやさしい言葉が逆に心に突き刺さる、そんなこといいのに今はそんなこと考えなくて入院のことだけ考えればいいのに母の言葉は優しすぎる、進学なんてしなければよかったと思うぐらいの優しい言葉だ

入院手続きの為に家族と診察室を後にする、入院手続きを済ませ母は病室へ、家族は着替えや荷物の準備と家に向かった。

「これから暑くなるからタオルとか肌着は大目に用意しておかないとダメだよね、でも病院は空調効いてるから心配ないかなぁ、おかあさん汗っかきだからタオルは買い足さないと…」

帰りの車中であれこれ独り言のような相手に聞こえる会話のような口調で喋っていると、父がおかしなことを言いだした

「おばあちゃんもあそこに入院してたんだよな」

父は車のハンドルを軽く捌きながら言った、なんだか微笑んでいるようにも見えた

「おばあちゃんって静岡のおばあちゃん?」

「そうだよ、静岡のおばあちゃんだよ」

祖母は先月米寿を迎えたばかりで一人で畑を切り盛りし、軽トラックで行商しているとても元気な人である

「知らなかった、何でこっちの病院なの?何の病気だったの?」

「こっちに住んでた事あったんだよ、あと病気はおかあさんとまるっきり一緒だよ、あ、歳は違うけどね」

父は軽い返事をかえすようにおどける感じで答えた

「おばあちゃんは良くなったけど、だからっておかあさんはどうなるか…」

一瞬言ってはいけないと思い口ごもったが父は被せるように言葉を放った

「大丈夫、あそこは普通の病院じゃないから、違うんだよ、あそこは」

父が何を言ってるのかさっぱり分からなかったが、これから起こる奇妙と恐怖と歓喜が入り混じる出来事は想像さえもつかなかった。


入院二日目、着替えやタオル、歯ブラシにドライヤー、生活一式持ってきたような感じだ、ちょっとした母の部屋みたいになっている、六人部屋だが三人しか入っていないようでなんだかがらんとした感じだ

「静かで落ち着けるところでよかったね」

「逆に静か過ぎてドキドキしてるわよ」

「体に悪いね、」

「そうね、病院なのにね、」

二人で笑いを堪えながら会話を楽しんだ、母は元気そうだ、話をしているからだろうか、少しでも今の不安を拭い去ることができればそれでいいのだ、母が元気になるように。


入院五日目、病理検査の結果で出てまた家族が呼び出された

「ステージは低いんですが、卵巣から腸への癒着が見られる様な感じなんですよね、手術してみないと分からないといったところが我々の見方なんですが、MRI技師が言うには癒着してないって言うんですよ」

医師が説明してるところに父が割って入った

「どっちみち手術するんですよね、先生宜しくお願いします」

急かすような言い方と早く終わってくれといわんばかりの言い方をしたので少し腹が立った

「今説明してくれてるんだから何言ってんのやめてよ、先生本当にすみません」

すると医師は穏やかな顔で

「いえいえ、いいんですよ私も言いたい事は全部言ったつもりでいましたから、ここで感情的になってしまう御家族もいらっしゃるんで納得してくれてありがたいんです」

いくつもの家族を相手にしている医師にとっては日常なのかもしれないがこちらとしては瞬間瞬間が初めてなのでせめて身内ぐらいは体裁よくしてもらいたいものだ、明日が手術の日なのにもうちょっと父には大人としての対応をして欲しかった。


入院六日目、手術は終わり疑いのあった癒着はなく、3時間程で終わった、麻酔がまだ効いているのか口には酸素マスクが付けられていて、家族が病室に入れるのは暫く待ってくれと言われた、別室で医師から取り出した臓器を見せられ説明を受け、何も頭に入ってこなかったがコレが母を苦しめた原因かと思うと正義の味方の如く勝ったような気分でステンレスのバットに入ったモノを見る事ができた。

「まだ病室に入れないのかなぁ…」

「あれだろ?点滴とか酸素とかセッティングしてるんだろ?そろそろ呼びにくるんじゃないか?」

そんな話をしながら窓の外を眺め、今日はあんまり雲がなくて暑かったけど夕日はきれいに見えるな、病室からもみえるかな…手術も終わり今までの不安がなくなったのか、ちょっと余裕がでてきていた

「おまたせしました、お母様はまだ麻酔が切れてないみたいなんで、お話はできないと思いますが頃合をみてお帰りになられて結構ですよ」

看護師に会釈し病室へ向かった、カーテンを開け、母の顔を見ようとしたそのときおかしな光景が見えた、外側からは一切なにも変化はなにもないのにカーテンの内側に返り血のような血しぶきが至るところに見える、ベッドの布団は一切汚れていないのにカーテンだけが血だらけになっている

「なに…なにこれ、お、おとうさん…これ…」

父の腕を掴み恐怖で倒れないようにしていると

「ん?何って、おかあさんじゃないか、寝てるけど」

「そうじゃない!血!血がすごいじゃん!何この血!」

「血?…あぁー、お前見えるんだ!さすが血筋、で、どうやって見えてる?」

父が恐ろしく思えた、今日の暑さの汗と目の前の出来事に対する冷や汗でおかしくなりそうなのにこの状況をなんでそんな落ち着いて聞いてくるのかわからなかった

「よく聞けよ?この血見えてるのお前だけなんだよ、これがこの病院の秘密なんだよ、おばあちゃんのときも俺には見えてたからな、で、どうやって見えてる?」

思い出した、父が言っていた「違うんだよ、あそこは」の意味がなんとなくわかった、でも何で血が見えるのか訳がわからない

「カーテンが…すごく、血で…ビャッってなってて…」

こんなの言いたくないし表現とか思いつかないしなにしろ心が落ち着かない

「そうか、カーテンか…」

暫く考えてた父はカーテンを見つめたあと「帰るか」その一言を言い病院を後にした


その後お見舞いに毎日行くが、数日に一度の割合で血を見ることになる

夏休み前のテストが終わりその足で病院に向かい、「慣れないなぁ…」ブツブツと母が好きなテレビ用のカードを買い、部屋に行ってみると母のベッドの下だけが血だらけになっていた、まさか本当の血だったらどうしようと急いでカーテンを開けるとイヤホンでドラマを見ている母がびっくりした表情で

「そんなにいきなりカーテン開けたらびっくりするでしょう!そうっと開けなさいそうっと!」

イヤホンを外し小声で怒った、しかし床は血だらけである、頭は混乱するしかなかった、椅子に座りそっと足の裏を見てみる、血はついていない、普通に会話を楽しんでいる自分が他人のように感じた、この事を母に話して良いものだろうか、経験者の父に相談したほうがいいのだろうか、母と話をしていても気がそぞろだ、そして帰るまで床は血の海だった


「そろそろ夏休みだろ、病院もいいけど宿題とか大丈夫か?」

「それは大丈夫、宿題もお見舞いもちゃんとできるから…」

やはり聞こう、自分だけ抱えるのは荷が重過ぎる

「あのさ、病室の血の話っておかあさんに言ったほうがいいのかな?」

「ダメダメ、おかあさんも俺にもあんまり話しちゃダメだからね?おかあさん帰ってこれなくなるぞ」

ズルイ、なにそれズルイ、なんとなく分かってはいたけどせめて父ぐらいには話して少しでも気分を軽くしたかったのに、こんな立場に立たされるのは辛い、母が退院するまでの辛抱だと思うけどそれさえも相談できないなんて…でも、入院してる人が一番大変なんだもんな、まぁいいか…いいか?いいのか?

「わかった…」

せめて母の前では笑顔でいよう、母から血が出てるわけじゃないんだから、自分が見えるだけなんだから笑顔をもって着替えもタオルも持って行こう


「おかあさん、来たよ起きてる?」

カーテンを開けると母は寝ていた、カーテンも床もきれいで血はついていない、しかし安心した気持ちはもろくも崩れた、窓、テレビに塗ったようにべったりと血がついていたのだ、試しにティッシュで拭ってみる、取れる訳無かった、でもなにか変な納得はあった何かこの血には意味があるんじゃないかと思うようになっている、自分にしか見えないところや血がついている場所が変わっているなど何か伝えようとしているのではないか、「なんでだろう…」ちょっとした変化を受け入れようとしている自分がいた

「変な謎解き、解きたくないけど…意味はあるんだろうな…」

そんなことを考えてタオルや着替えを棚にしまっていると

「こんにちは~、歩行練習の時間ですよ~」

看護師が歩行器を持ってきていた、歩行練習なんてやっていたなんて知らなかった

「あぁ~すみません、寝ちゃった寝ちゃった、あら来てたの?起こしてよ~」

「着替え持ってきただけだから起こしちゃ悪いと思ってさ」

「時間あるんでしょ?歩行練習終わるまで待っててよね」

ずっと寝たきりだと筋肉や関節、循環機能にも問題が出てくるので歩行練習があるらしい、ここでちょっと気がついた、床が血だらけになっていたのは歩行練習が始まった時かもしれない、今日テレビが血だらけだったのはテレビを見終わって寝てる時だったからかもしれない、初日のカーテンだって理由になる、母の行動によって血の位置や表現が変わってくるはずだ、今日母が何をしていたのかが血で分かるのかもしれない

「血でおかあさんを感じる…ねぇ…」

呆けた顔で血塗られた窓をぼんやりと眺めていると母が戻ってきた

「どうしたの疲れた顔して、あたしより疲れないでよ若いんだから」

明るい顔を見るとほっとする、一緒に付いてきた看護師とも色々な話をした、学校や家の事自分が小さかった頃の話や、母の病状がとても回復が早い事、あっという間に時間が過ぎていった


「ただいま、病院で話し込んでたら遅くなっちゃった、ごめんね」

帰っているであろう父に話しかけたつもりが何も返答がない、おかしいないつもなら帰ってるはずなのにどこかに寄っているのかな、連絡も入ってないしどうしたんだろう、すると玄関から父の声がした

「いやー、俺も病院寄ったんだよ、そしたらもう帰ったって言われて、タイミングよかったらメシでも行こうと思ってたのにさ」

「それならそうと連絡してよ、おとうさんそういうところおかあさんにいっつも怒られてるじゃん」

「ははは、遅くなったからさ、たこ焼きと焼き鳥買ってきた」

「なんだかお祭りのおみやげみたい」

「こんな晩メシもたまにはいいだろ、俺も飲みたいからさ」

「おかあさんここの焼き鳥すきだもんね、退院したらお祝いしなくちゃね」

たこ焼きと焼き鳥を二人でつつきながらテレビのクイズ番組に興じていた

「そうそう、今日病院でね、」と話そうとした瞬間

「ん!?」父は怪訝そうな顔つきになった

「違う違う、あのね、」

看護師との会話の内容を話した、歩行練習や回復が早い事、自分の幼い日の話で盛り上がったということを父に話した

「楽しかったか?」

一言だけ聞いてきた、もっとあれこれ反応するかと思っていたがそうでもなかった

「うん、退院が早まるかもしれないから家の掃除とかきちんとしておいてっておかあさん言ってた」

「ありがとな」

「いいよー、おかあさん第一だし早くみんなで生活したいからできる事はがんばってするよー」

「お前が頑張ってくれてるおかげでおかあさんも頑張っているんじゃないかな」

「そういう事ならもっと頑張っちゃう!おかあさんの為にもね!」

こんな会話の中にも血の影響は隠されている、病気は一人で治すものじゃない、隣にいる誰かが相手を支え、手を差し伸べていることがどれだけ病気と闘う手助けになっていることか、あの病院が普通の病院じゃない理由がそこにあった。


そして入院してから一ヵ月程で退院の運びとなった

今まで色んな血を見てきた、椅子だけの日もあればタオルが全部だったり壁一面だったり、母はどんな心境で血を誘導してたんだろうと聞きたくても聞けない日々が続いた、しかし今日は退院の日だ、周りを見回しても血という血は見当たらない、あぁ、これが退院という脱出だったのかと悦に浸っていたとき、目の前を何かがスッと落ちてきたのが見えた、落ちた場所には何も無い、しかし何かが落ちてきた


そう、血である


天井の一部だけに現れていた、それも母の頭上だけに、滴り落ちる血はベッドの上に落ちるが何も残らない、これにも理由があるのか模索さえしたくない、折角の退院だっていうのにまだ何かあるのかと荷物の整理をしながらモヤモヤしていた、すると母が口を開いた

「今日まで色々大変だったでしょう?夏休み台無しにしちゃったんじゃないかっておかあさん申し訳なくって…」

「なに言ってるのおかあさん、そんなこと思わなくていいから、あたしは楽しかったよ、あぁ、病気はちゃんと心配してたけどこんな経験は滅多にできないし、なんか、病院のルールみたいなのも知れたし、そ、そう!自由研究だよ!勉強できたんだよ、絶対に台無しなんかじゃないよ、大丈夫だよ!!」

「うん、ありがとね…あんたとおとうさんが来るまで横になってずっと天井見てたらさ、入院から今までのこと思い出してきちゃってね…ありがとうね…」

涙をタオルで押さえながら声を詰まらせて感謝の言葉を言い続けている、母の涙声でこちらも涙が出そうになる、母を笑顔にさせなくてはいけないと思い涙を堪えるのに顔を上にあげる

「あっ」

つい声が出てしまう、血がなくなっている、さっきまで隙あらば落ちてきていた血が垂れることも無く染み出していたような跡もきれいに無かった、まさかまた違う所から出てくるのではないかとキョロキョロしてしまう、床も窓もテレビもカーテンも椅子も見渡せるところを全部見渡した

「どうしたの?何かあった?」

「いやっ、ちが…」

「?」もちろん母はなにも分からない、分からなくていい、伝える必要もない、父の顔がちらつく

「ち、ちがうちがう、今何か落としたかなって、あれ?あたしのボタン?Tシャツにボタンなんか無いよねぇ、あれー?」

なんとか誤魔化せたようだ、母は何も知らないのに何を誤魔化したのか自分でも理解に苦しんだ

そんな滑稽な私の立ち居振る舞いが母のツボにハマったようだ

「あはははは!なによ、なにしてんのアンタは!あ~、もうやめてよ縫い目が開いちゃうじゃない…」

二人して違う意味だが顔が真っ赤になっている、その顔を見つめ合ってまた吹き出しそうになる、そんなやりとりを何回か繰り返している、さっきの涙まじりの空気が嘘のように明るくなった、母も笑い顔が続いている、私も冗談を言いながら手を動かしているから片づけがなかなか終わらない、そして病室に血が見えることも無くなった


「おーい、終わったかー?」

父が駐車場に車を停め、病室に入ってきた

「あぁー、ごめん、終わる終わる、もうすぐ終わるから待ってて、それか手伝って」

「手伝うってほとんど終わってるじゃないか、おかあさん着替えてないじゃないかどうしたの」

母と私は顔を見合わせてまた吹き出しそうになる

「まったく二人して良く笑うな、嬉しいのはわかるけど退院手続きしないといけないんだから早く着替えて、そこで待ってるから」

廊下を指差し、タオルやコップや肌着などが入った大きなボストンバッグを担いで父は部屋を出た、母の着替えを手伝って残りの荷物を紙袋に入れカーテンを開けようとしたその時、

「きちんと挨拶してから帰ろう」

母は私の腕を掴みそう言った、二人で並んで「今日までありがとうございました」簡単な言葉ではあったけどベッドに向かい、思い出というか日々というか長いようでそうでもない日数が頭の中を巡らせながら、一礼した


全ての手続きを終え、母に寄り添いながら駐車場へと向かう

「おかあさん階段気をつけてね、そこの手すり使う?」

退院とはいえまだ切った腹部は完璧ではない、転んだりしたら一大事だ、散々笑わせた私が言う事ではないが家に帰っても油断はできない、洗濯物は二階のベランダより一階の和室でいいんじゃないか、などしなくていい心配をあれやこれや考え、母を後部座席に乗せドアを閉めたそのとき

「それでいいんだよ、やっぱりお前は優しいな」

突然父が言った、何がそれでいいのか、後部座席に母を座らせるのがそれでいいのか、当たり前の事の行動をそれでいいとか言われても何言ってんだ?と、父を軽蔑するような人間性を疑う様な目つきで見ることしかできなかった、父はふふっと軽く私をあしらってアゴで「早く乗れ」みたいな仕草をする、せっかく退院の日なのに変な気分にさせるなんてどういう神経をしてるんだおかあさんはなんでこの人と結婚したんだろう、モヤモヤしているとあの言葉が頭をよぎる「大丈夫、あそこは普通の病院じゃないから、違うんだよあそこは」突然思い出し体がビクっとなる、父もちらっとこちらを見たが運転に集中した、母は親戚に退院のメールや電話で忙しそうだった

家に着くまでまだ距離があるところで母が

「そういえばちゃんとご飯食べてた?おとうさんのおつまみみたいなので済ましてたりしてなかった?」

「毎日じゃないけどちゃんと食べてたよ、でもたまーにたこ焼きと焼き鳥はあったけどね~」

意地悪っぽく父を横目で見ながら後部座席の母に目を合わす、父は手慣れた様な反応しかしない

「そうだおかあさん、焼き鳥買って行こうよ焼き鳥!」

「だめよ、来月の検診まで塩分控えなきゃいけないのよ、食べたいけど来月までガマンなのよー」

少しがっかりしたが、来月なら予定が立て易い、ケーキは何がいいとか自分が料理するとか車内で盛り上がっていると家に到着した

「あぁ~やっぱり家が一番落ち着くわ~~」

「おかあさんそれ旅行に行ったときに言う言葉だよ~」

「んー、旅行っていうより旅かな、ちょっと命がけの旅って感じで、帰ってこれた喜びって感じなのよね」

「おかえり、おかあさんっ!、へへっ」

目頭が熱くなったが泣いてる場合じゃない、これから楽しい生活が待っているんだ、これからなんだ


安心してるのはみんな一緒だ、母も父も私も、喜びも悲しみも持ち寄り分け合い、共に生きていくのが家族だと思っている、永遠ではない事などわかってる、今が続いてくれれば、ただそれだけでいい。


日々の生活が戻ったような、入院などしてなかったみたいに母は元気に動いている、無論家の中だけではあるが、掃除も洗濯も家事はほいほいとこなしているのである、「重いの運ぶよ?何でも手伝うから言ってよね」こんな言葉さえも振り切ってリハビリと称し家の中をくまなく動いている

「おかあさん日曜だっていうのに少しは休んだらいいのにずっと動きっぱなしだよ…」

「んー?本人がやるって言ってるんだからいいんじゃないか?検診は明後日だろ?この元気なら検診だってクリアするだろ」

父のこの超絶楽観精神は本当に人として疑う、もし何かあったらどんな台詞を吐くのか想像するだけで身震いする

「検診は早いけど診察まで時間がかかるから帰ってこれるの夕方近くになるんだからそれまでに注文した料理とかちゃんと取りにいってよね、おとうさん聞いてる!?」

「聞いてるよ、でも店の場所とか知らないからおかあさん病院に届けたらお前がナビするんだぞ?」

「えええ!?お店の場所なら教えるからおとうさん行ってよ!あたしおかあさんの付き添いするんだから」

「何言ってんだ店も道も知ってるのお前だろ俺だけだったら迷って変に時間かかっちゃうだろ~」

こんな二人の言い争いに母が口を挟んだ

「はいはい、二人とももうおしまい!心配しないで二人でいってらっしゃい!おとうさんだけじゃ心配なんだからお店も道も知ってる人は一緒に行く!わかった!?」

鶴の一声とはまさにこれだ、母のことは心配だったがせっかくのお祝いが遅くなってしまうのも心配だ、渋々了承するしかなかった


「それじゃあおかあさん、行ってくるね、検診実況よろしくね!」

「検診実況?あぁ、何かあったら逐一報告するわね、気をつけていってらっしゃい、おとうさんとケンカしちゃダメよ、すぐにヘソ曲げるんだから」

「わかってる、そんなに変な道じゃないからあたしのナビでもケンカにならないよ」

母に手を振り父の車に向かった

「順番は大丈夫だろうな、ケーキを先に取りに行くとかやめろよ?」

「あたしだってそこまで抜けてないわよ、任せてよねー」

シートベルトをして携帯で地図を開き準備万端だ、あとは設定した通りに行くだけ、余裕な顔つきで鎮座していると

「あれから見たか?」

唐突だった

「あれからって何、見るって何を…」

思い出した、思い出したくなかった、でも何も解決してなかったあれだけ振り回された存在に

「見て…ない、今日の病院でも見てない…」

「そっか、じゃあ話してもいいな、」

「もういいの?大丈夫なの?」

「退院したからな」

まさか父はこの時がくるのを見越して私と二人で話せる時間を作ったというのだろうか、計り知れない父の策略のような行動に少し怯えた

「あの血に見えるのは人の想いや感情みたいなもんなんだよ、人っていうのは当事者以外の人も入ってるんだけどな」

「感情が血なの!?もっと他の方法とかでなんとかできなかったの?」

「できないんだよ、病院で亡くなった人の想いも入ってるから表現できる方法が血みたいなもんだったんだよ、おかあさんの周りでどのくらいの量あった?かなりあった?」

「結構すごい量のときもあったけど、だんだん少なくなってきてた…かな…」

「まぁ衝撃だよな、あんなの見せ付けられたら気分いいもんじゃないし、もしかしたら自分の記憶が全部消えるんじゃないかってぐらいショックな血の量だもんな、でもそれが人の想いっていう気持ちの重さで、どれだけ重大なのかって事だからな」

「重さっていうより量でしょ、それにしても想いの重さってどの目線のダジャレなのよ…」

変なツッコミも飽きれ声でしか出ない、かいつまんで理解するとなんともオカルトチックな話だった、おばあちゃんの時は医療も手探りな状態であり、技量不足も不治の病なんて言葉で済まされていた事が多かった、でもそれ以前から血のようなものは見えていて奇跡的に回復する人もいれば努力の甲斐も無く亡くなってしまう人もいたというのだ

「それじゃああの病院は、なんていうか…良い意味で呪われてるっていうか何かが宿ってるみたいな感じなの?アマテラスオオミカミとかイザナギとかイザナミとかの神々の由来があるとかそういう関係の病院なの?」

「呪われてはいないと思うけど、宿ってるっていうかそこまで崇高な神様とかじゃなくて、今まで病院にお世話になった人達の想いが積み重なって今に至ってる…って事なんだろうな」

「でもあの血は見える人にとって心臓に悪いんだよ…」

「ほら、それだよ」

「えっ?それ?何?」

自分の言うことに対し答えが導き出されていく、これも父の誘導なのかよく分からなくなっていた

「いいかい?人間の体で重要な働きをするものって血液だろ?怪我して血が出たらほとんどの人は大騒ぎするだろ、人間にとって血っていうのはとても重要だってことは、幼い頃から植えつけられてる感情であり記憶なんだよ、だから自分の存在を訴えるのに血の赤い視覚っていうのが有効的だったんだろうな、それだけ何かを伝えたいのか見守ってるのか取り憑いてるか何かだろうな」

「見守る、取り憑く…」

母はどんな風に見られていたんだろう、その想いっていう存在に、退院はしたけどもこれから何が待っているのか心配になる、急変なんかさせない、絶対に嫌だ


寿司やら中華料理やらケーキやらで後部座席が埋まった、急ブレーキなどもってのほかという釘を刺し家路へと向かった、血の話はもういいと断り、父が秘かにプレゼントを買っていたとか母が親戚を呼んでいるとか何も知らされてなかった私は困惑しきりだった

家に着き、皿や箸などを大雑把に揃え皆が集まったときに振り分ければいいようにした

「おとうさんビールどかさないとケーキとお寿司が入らないよ~」

「クーラーボックス出したからそっちに入れといて、氷も全部入れちゃって新しいお水入れといて」

自分はハンディーモップや粘着ローラーで部屋の掃除にいそしんでいる、こっちやってるからそっちはお願いと言わんばかりに鼻歌まじりで部屋をうろうろしている

「なぁ、そろそろおかあさんからメールくるんじゃないか?」

「あー、うん、検診終わったって着信あったから診察してると思う、もう行った方がいいよね」

「主人公を待たせちゃいけないもんな、そろそろ出るか」

指差し確認をヨシヨシしながら家を出る、昼を過ぎれば道路はすいててあっという間に病院へと着いた

「あら!グッドタイミング!今メールしようとしてたのよ、どっちの日頃の行いが良いのかしらね」

「おかあさんのテレパシーがあたしにビビビってきたのよっ、さすがでしょー!」

「お前はメール受け取ってるんだからそれなりに分かるだろ、流石も何もあるか、それと検診の結果は出てるのか?何か言われたか?」

「…そうね、今のところ数値に異常は見られないって、一応5年は経過通院して下さいって言われたから暫くはお付き合い下さいませ」

母は父と私にぺこりと頭を下げた、あれだけ血の話で薀蓄みたいなのを私に言っていた父が心配そうな表情で母を見つめている、「大丈夫だとか言っておいてなんだかんだ心配なんじゃない…」ちょっとムスっとしたけどそんな父の顔は普段の父の顔ではなくおとうさんの顔になってくれてるように見えた


次から次へと来る親戚の対応をしながら自分の食べ物は死守するという荒業をこなしながら母のお祝いを楽しんでいた、注文していた品数より多くなっていたのは父が後から追加注文していたらしい、どうりでこんなに多いはずだこの店の三人前はこんなに多いのかと考えたがそうじゃなかった、「ま、こんな騙され方でもいいか皆でお祝いできるんなら」寿司を頬張りながら皆がわいわいやってるのをながめていた、父も親戚と一緒にビールから焼酎へとお酒がすすんでいる、話し声も酔っ払いらしく大きくなっているのがわかる、親戚の中にも母と同じ様な病気にかかっていた人もいて自分のときは二ヶ月かかったとか病院の話とか医療の番組でやってたとか会話は様々だ、親戚も話が盛り上がって私を呼んだ

「本当にありがとうねぇ、あんたは小さい頃から優しかったもんねぇ、おかあさん元気になってよかったねぇ」

どんな会話なのか私が感謝されるような流れになっていた、すると顔を真っ赤にした父が大きな声で

「そう!!凄いんだよコイツは、コイツが神様を呼んできたんだよ!神様を引き寄せたんだよ!」

私の背中をバンバン叩いたり頭をぐしぐししてきたり酔っ払いの行動は力加減がわかっていない、しかし神様を引き寄せたってどういうことだ?あれは人々の想いなんじゃないのか?いったい母は何に守られていたんだ?父は本当のことを言ってはいないのか?血の話は終わったはずなのに疑問が沸き上がってくる、酔っ払ってる父はまだ私の背中をバシバシ叩いていた、その父の目からは涙が幾度と無く溢れていた、お酒をあおりながら笑いながら泣いていた、親戚もほとんど連られて泣いていた


父が寝てしまったのでタオルケットを掛けて親戚との話になった、女性陣は洗い物で台所に向かったが私だけ引き止められた

「神様引き寄せたってのはアレかい?見たのかい?」

「アレって…?」

「アレだ、血だよ」

正直ゾッとした、父以外の口からこの話が出てくるなんて思ってもみなかったからだ

「えっ?いや、あの、えっ?おとうさんが、あの」

父と台所と親戚をキョロキョロするしかなかった、何をどこまで知っているのか話していいのか分からなかった

「あれ?父ちゃんからなんも聞いてねぇのか?てっきり神様引き寄せたっていうから血見てて父ちゃんに話してると思ったんだがな」

「いえいえ聞いてます、あの病院にいる何か人の想いが血になって出てくるって、あの、見守ってるとか取り憑いてるとかそんな話を…」

「はっはっはっは!取り憑いてるって何だ、変な説明してんなぁ父ちゃんは、はっはっは」

「それじゃあアレってなんですか?血ですよ血!怖いじゃないですか」

「そうだな、血は怖いよな誰でもそうだ血は見ただけでも痛いって思うよな、だけどそれが一番大事な事なんだよ」

さっき父が言っていた事と一緒だ、親戚の中でもあの病院で血を見てるのは父を含めて数人しかいないという、全部男性、私は男扱いされてるということなのかとか少し血に対して腹が立った、しかし血というのは病院に残留思念のような存在らしい、人の想いというのは間違っていなかったようだ、でも神様扱いされるのはどういうことなのだろうか

「人はさ、亡くなると成仏するだろ?坊さんにお経唱えてもらって天に昇って仏さんになるのは知ってるよな?でもすぐに天に昇れる訳じゃあないんだよ、一年近くかけてようやく浮けるようになるんだよ、それが一周忌だったり十三回忌だったりの年忌なんだよな、その天に昇れる途中であの病院にちょっと宿ってるって事なんだよ、休憩地点みたいなもんだなあそこは」

「え?天に昇って仏様になるのは分かりますけどまだ途中だし神様って呼ぶのもおかしくないですか?」

「まぁそうだな、おかしいよな、でもさ途中で止まってるってことはあの人たちが天と地の仲介を、仏様でも神様でも相手にできるって考えもあるんだよな」

「仲介ってなんだかブローカーみたいですね…」

「ブローカーか!これはうまいこと言うな、でも強ちまちがってはいないんだよな、仲介料は命なんだけどな」

声が出なかった、天と地を繋ぐ料金は命だなんて恐ろしい、確かにそうなんだけどそんなのが病院に存在してると考えるだけでゾッとする、只の死神じゃないか、神様を引き寄せるってどういうことだったのか理解できなかった

「でもさ、ちゃあんと母ちゃんの命守ってきちんと引き寄せたんだからすごいよなぁ」

「え?それってあたしのことですか?」

「そうだよぉ、父ちゃんも言ってたろ引き寄せたって、他に誰がいんだぁよ、母ちゃんの傍にいて母ちゃんの元気を沢山付けてあげてたんだろ?母ちゃんの事をなによりも一番に考えてたんだろ?」

確かにほとんどといっていいほど毎日お見舞いに行っていた、母に元気になってもらいたくて、母の笑顔を絶やさないように、かわいいタオルを持っていったり話のネタを用意したり、眉の手入れもしたし食事に困らないように箸も何種類か用意してスプーンも持ちやすい物を買ったりした、挙げたら切りが無いほどだ、大好きな母にすることを考えたら限りなんてあるわけ無い

「元気になったから母ちゃんだって生きたいって思うようになったんだよ、人は病気すると自分が死んだら家族に迷惑が掛かるとか、なんで病気なんかになったんだって自分を責めるように考えちゃうんだよな、そうなっちゃうと血に引き込まれちゃうんだよ、そうなると気持ちも体も死んじゃうんだよな、だけど誰かが傍にいてあげて病気の人をたくさん元気付けてあげて、生きよう、生きて行きたいって思わせなきゃいけないんだよな、それを自然に出来たってことが神様を引き寄せたって事になるんだよ、凄い事なんだよ?わかる?」

涙が止まらなかった、よかった、本当によかった、自分がやってたことが普通に当たり前だと思っててよかった、母が血に引き込まれなくてよかった、ボロボロと泣いていると粗雑に取った数枚のティッシュが顔の横に差し出された

「それでいいんだよ、やっぱりお前は優しいな」

まだ真っ赤な顔をした父がティッシュを顔につける、そのまま受け取り涙を拭いて鼻をかんだ、でもまだ涙も鼻水もとまらない、退院の日車に乗り込むときに言われたこの言葉がようやく分かったような気がした、父はズルイ、きちんと説明してくれない父はやっぱりズルイ

目が覚めた父と親戚とで改めて話を進めた、血の存在は見張りのようなものだということ、人の想いは様々であり命を奪おうとするのもあれば手助けの切っ掛けを作ろうとするものもあるということ、病状によって反応はそれぞれあるが、それと同時に見舞いに来る人間も見ているということも話をしている中で分かってきた、血を見てきた親戚の経験談を擦り合せると段々と血の役割を理解する事ができた

諦めない気持ちを共有しないとバランスが悪くなり崩れてしまう、どちらかに偏ってしまうと血がまとわりつき始めるという

「おばあちゃんも同じ病気だっていってたよね、おとうさんは血はどういう風に見えてたの?」

「俺より先に兄貴が見えてたんだよ、な?そうだよな?」

「だぁな、血が見えたときにはビックリしたんだよ、さっきまで何もなかったのによぉ、便所から戻ってきたらベッドの足元にバケツひっくり返したみてぇにバシャーってよ、慌てたもんだから俺が精神科に入院させられそうになってなぁ」

笑いながら話す会話ではないと思うが二人にとっては思い出になっているのだろう、解決したから話せる話、乗り越えたから話せる話、どれだけ辛くてどれだけ怖かったか計り知れないはずだ

「強いなぁ…」

つい声に出てしまった、ハッと気付いて顔をあげる、二人もこちらを見ている

「なに言ってんだ俺は兄貴と二人だったけどお前は一人で良くやったよ、二人でも大変だったのに凄いよお前は、逆に強いのはお前なんだよ」

父からの労いの言葉に、うんうんという相槌しかうてなかったが、なんとなくこれで全部終わったんだなと思うと涙が引いてきた

「それと、な、今まで変な中途半端な事しか言えなくて手助けもきちんと出来て無くてゴメンな…」

本当にそうである、散々振り回してきたのは血よりも父なのではないか、血血の文字がぴったりなんじゃないか、謝られた安心感と今までの怒りで父の肩をポカポカ殴り続けた

「わかったわかった、謝ったじゃないかやめてくれよ、もうー」

またちょっと涙目になっていると母がこちらに来て

「あら!ウチの大切な一人娘を泣かしてる悪い人はどこのどなたさんなの!?折角こんな素敵なプレゼントをくれたっていうのに!!」

そういって母の首元には綺麗な涙滴形のネックレスが着けられていた

「あ、赤い珊瑚のネックレス!?…おとうさん、なんでまた赤なの…しかも滴ってる…」

「いやいやいや!魔除けだよ!赤珊瑚には魔除けの効果があるって聞いたんだよ!」

母には聞こえないような声で父を責めた、しかし母は見せびらかせたくてあちらこちらに愛想を振りまいている

「そうなのよ~キレイでしょう?もう嬉しくて嬉しくて、沖縄へ新婚旅行に行ったときも欲しかったんだけど、おとうさんそのとき仕事してなかったでしょう?だからもうさっき貰ったときは嬉しくて嬉しくていつ見せびらかそうとウキウキしてたのよ~」

母のはち切れんばかりの嬉しそうな笑顔は久しぶりだ、父に感謝なのかもしれない

「ほら言ったろ!おかあさん凄く喜んでるじゃないかっ!」

「まぁそういう事なら仕方ないよね…」

言われれば赤珊瑚は女性のお守りに良い事は聞いた事がある、しかし色の事になると考え物だ、母は何も知らないとはいえあんなに喜んでいる姿を見ても素直にこちらは喜べないのが正直なところだ、今まで赤い色にどれだけ翻弄されてきたことか、私の心情と母の今とでは温度差がありすぎるがそれも良いバランスなのかと納得した

「おかあさんごめんね、あたしプレゼントとか気が回らなくって…」

母は軽く微笑み私をギュっと抱きしめ

「いいのいいの、あんたには今まで人生分たくさんのプレゼントを貰ってきたんだからいいのよ」

背中を赤子の様にポンポンと軽くたたかれるとまた涙が溢れてきた

「おか、あ、さん……うわあぁぁぁぁぁん、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん、おかあさぁぁぁぁぁん」

今まで我慢してきた想いが一気に溢れ出す、受験も制服も入学も入院も血も恐怖も退院も安堵も今も

全部全部抱えてきた全ての感情が頭の中を駆け巡る、思い出せば出すほど涙となり声となりどんどん出てくる、何を言ったのかあまり記憶は無いが、おかあさんありがとうとかおかえりなさいとかよかったとかの言葉を連続して繰り返してたのかもしれない、母もその間ずっと抱きしめてくれていたのはきちんと覚えている、泣いている姿を見られたのは正直恥かしかったけど、その時は何も気に留めなかった


一年、三年と月日は過ぎ、通院も二ヶ月に一回というペースになりもうそろそろ5年が経とうとしていた、母も気が楽になりはじめ自分の病気と向き合い、私に血液検査の表を見せながら専門知識を話すようになっていた

「それじゃあおかあさんは今、血糖値が高くなってきてるって事なのね、それじゃあ冷蔵庫のアイスはあたしが食べていいって事なんだよね?」

「違うわよ!毎日はダメってことで、たまーにならOKって意味だからあのアイスはおかあさんの!」

「半分こは?それならどう?あたしも食べられるしおかあさんも数値が上がらないし、どう?」

「ん~~~~、あんたうまいわね~~~わかったわ、半分こだからね!」

お風呂上りのアイスはおいしい、その日の出来事を話しながらアイスを食べるのは格別だ

「そういえば次の検診で5年目位だから、そろそろ通院も終わりになるのかしらね、病院から何か封筒とか来てる?」

「えー、見てないから来てないと思うけど、でももう5年も経ったんだね、早いねー」

「早いわよね、あっという間だもんね、今度病院行って何にも言われなかったらおかあさん聞いてみるわね、何もないのに病院行っても意味ないからね」

「何もないのに診察室の前でずーっと座ってるんでしょ?こわーい!」

「その前に診察券出さないといけないから分かるわよー怖い事言わないでよー」

冗談まじりの会話が楽しい、本当に日常が戻ったんだなと実感する、笑い合い、たまにはぶつかり合う事もあるけど理解しようとしてるぶつかり合いだから納得できるし、口を利かなくなるなんてまず無いからだ


あの出来事以来なんだか前向きになれたような気がしている、迷うような事柄が出てきても自分のやりたいことを考えればすぐに決まる、問題が起きてもぶれる事無く自分をしっかり持って立ち向かえば解決に繋がる、怖いものなど無いといったところだろうか


今までの自分の性格が変わったような気がした、血液型の性格診断なんて眉唾だけど、もしあるのならば血液を全部入れ替えたから性格が変わったみたいな感じなのかもしれない、私はまだ血に見張られているのかと思う時がある、恐怖というより鼻で笑える程度になった


最後の通院の日だ、一週間前に封筒が届き書類が何種類かあり住所と名前と印鑑の連続で大変そうだった、診察を終え私も一緒に医師から色々と説明を受けた、やはり5年といえども再発も考えられるというのだ、体力的に大丈夫な母なら心配はしなくても良いと言われたが用心に越した事はない、私は変わらずに母を見守り続けるだろう


病院から出たら道が濡れていた、雨が降ったのだろう

「あら、雨が降ったのねー…、あっ!虹よ虹!大きいわねー!凄い凄い!」

はしゃぐ母は携帯を取り出して何枚も写真を撮っている、私もここまで大きい虹は久しぶりに見た、周りを見ると同じ様にみんな写真を撮っている動画を撮ってる人もいた、大きさは久しぶりだがここまではっきりとした配色の虹は初めてかもしれない、私も自然と笑顔が出る、するとゆっくり日が傾いて太陽が色づき始める、太陽がきれいな夕日に変化していく、あたり一面も車もフェンスも木々も人々の顔も夕日色に染まっていた、見渡す中にあの病院が目に入る、今までいろんな出来事があったあの病院が紅く染まっていた、赤くではない、綺麗な夕日の暖かい紅色にそっと包まれているあの病院がそこにあった。

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― 新着の感想 ―
[一言] たまたま目に入って読んでみましたが、感動しました。 ありがとうございました
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