捏造の王国 その16 ガース長官タレントデビュー、芸名は“カイゲンおじさん”
ガース長官がタレントデビュー?芸名は”カイゲンおじさん”。政権維持の人気取りのためもありインターネット番組に”カイゲンおじさん”として出演することとなったガース長官だったが…
初夏を思わせる陽気と冬の寒さが交互にくる異常気象そのものの5月のはじめ。ガース長官はいつもの官邸ではなく、某ビルの控室で備え付けの茶器で緑茶を淹れていた。
「う、不味いな。まあネットテレビ局で出される茶など、この程度なのかもしれないが、これでは水筒に私の茶をいれてもってきたほうが、よかったか」
不機嫌そうな顔で鏡をみると、頭の薄くなった貧相でくたびれた表情の初老の男が映っている。
「い、いかん、これからテレビ出演なのだ。いつもの記者会見ならまだしも、若者をとりこむ大事な番組だ。笑顔笑顔」
と、無理に笑顔を作るガース長官。
「カイゲンの額を掲げて以来、若い支持者の間で私は“カイゲンおじさん”として評判がいいという。ならば政権維持のためにこれを利用しない手はあるまい。しかし…」
ネットテレビ出演といういかにもポピュリズム、大衆受けを狙ったやり方。陰で工作はさんざんやってきたとはいえ、実際自分自身がタレントデビューとなると一抹の不安を覚えるガース長官であった。
「きゃあ、本物のカイゲンおじさんだー」
「可愛い」
「一緒に写ってカイゲンおじさーん」
黄色い歓声をあげる観客。強烈なスポットライトのなかガース長官は、にこやかに手をふりながら、スタジオに現れた。
「いやあ、大人気ですね、長官」
司会のパカセガワに迎えられ、まんざらでもないガース長官。
椅子に座るとスタジオ内のスタッフが指示を出した。マイクなどの設置に来た一人が小声で
「あ、長官、すみませんイヤホンを」
「うん、これかね」
と目の前に置かれたイヤホンをかける。
「これは片耳だけかと思ったら二つあるな、両耳というのは珍しい。いつもテレビなどで観ると片耳だけかけているようだが」
左耳からはスタッフからの指示用のようだ。ディレクターだがの声が聞こえる。しかし右耳は
“あー、かったるーい。でも騒いでキャーキャーいってたらギャラ出るし”
“あのオッサン可愛いの?みんながいってるからそうよね、きっと”
“カイゲンおじさーん、私を使ってねえ!じゃなきゃこんな風におだてねえよ、ジジイ”
と、観客席にいる女子高生役の子たちの身も蓋もない本音が聞こえてきた!
(こ、これはまさか相手の本音が聞こえるというホンネちゃんアプリ!『ホンネちゃんについては“捏造の王国その1”をご参照ください』)
真っ青になるガース長官だが、スタッフもパカセガワも全く気が付いていないのか、にこにこと話しかける。
「えー、この度のカイゲンで重要な役割をはたした長官ですが…」
(ど、どうする。ここで怒って、イヤホンを外したら番組は台無し。ここは平然として続けるか…)
「そ、そうですね。あたらしい額を掲げたゲンゴーを、いえそのゲンゴーが書かれた額を…」
パカセガワの言葉になんとか笑顔で答えるが、くだらない言い間違いをしてしまうガース長官。途端に辛辣なセリフが右耳から聞こえてくる。
“掲げただけじゃん”
“アベノ総理みたーい、もっと面白い言い間違いしてー”
(ああ、くそう、なんでアベノ総理と同列に扱われるんだー。私のは、緊張しての言い間違い。総理のは、無知からの言い間違いだぞ)
観客にとってはどうでもいいような言い訳を心の中で叫ぶガース長官だが、パカセガワは長官の葛藤など全く気が付かず次の質問をしてきた。
「お好きなものはホットケーキだそうで、やはり自分で焼かれたり」
「は、はあ、そうしたいのですが、もっぱら冷凍の…、いえ妻が労って焼いてくれることもありまして」
汗を拭きふき答える長官。またもや聞こえる嫌味な言葉。
“ビンボー臭い趣味ー。世襲じゃない、田舎もんの成り上がりとか言ってた人いたけどホントなんだー”
“庶民派の演出かな、でもほんとお金持ちじゃなさそう、こりゃすり寄っても駄目かなあ”
“自分で焼くのって、難しんだけどね、ホットケーキミックス使ってもさ。ふんわりで厚くなんて素人じゃ無理。きっと冷凍でしょ”
(超多忙なのに自分でできるわけないだろ!とはいえ、出来合いとか冷凍とかいったら妻が“私が家事をやらないって言っているように聞こえるんですけれど”と嫌味を言うし)
いつもの上から目線はどこへやら、はじめてのネットテレビ出演に思いっきり戸惑うガース長官。通常の記者会見なら原稿に目を通し、わからないこと、答えにくいことはどう押し切るか、計画を事前にねりあげるのだが、今日はぶっつけ本番のバラエティ番組ということで台本などない。しかもハプニングかスタッフが狙ってやったのか、観客の本音が耳にはいるせいで、ガース長官は珍しくうろたえていた。
追い打ちをかけるようにパカセガワが余計なことを言い出した。
「どうせならここでホットケーキを焼いていただき、スタジオの皆様で試食というのはいかがでしょう。カイゲンおじさんのホットケーキ、これはウケますよ!」
“おお、やって、やって”
“失敗したら笑えるし、成功したら美味しいし、どっちでもいいよお”
“料理番組じゃないのにケーキ食えるなんてラッキー。どうせならパフェとか、イチゴ大福っていってくれればよかったのになあ。やっぱホットケーキなんてつまんねえよ”
(なんで私がホットケーキを焼かなければならないんだ!しかも支援者でも総理でも家族でもない奴らのために!)
と言いたいガース長官。しかし観客およびパカセガワはじめスタッフの焼け焼け圧力がすさまじい。
「ホットケーキ!カイゲンおじさんのホットケーキ!」
とスタジオでコールをするものもでてきた。
(せ、政治家がしかも総理側近の政治家がネット番組で菓子を焼かねばならんとは。これが大衆にウケをねらいすぎた政治家の宿命なのか)
そうなのだ、ポピュリズムに陥った政治家が嵌る罠の一つ。それは大衆をよろこばすために常になにか話題だのなんだのを与え続けなければならないということなのだ。たとえそれが政治とは全く関係のない娯楽に過ぎないものであるとしても。
ローマの皇帝が人気取りのためにパンと見世物を提供したように、常になんらかの楽しみを作ってやらなければならないのだ、大衆のために。それがどんなに下らなく、阿保らしいことであっても。飽きられないように過激ともいえる発言を繰り返し名誉棄損すれすれ、ときには訴えられて多大な賠償を負わされる、政治家モドキや評論家モドキも大勢いる。アベノ政権自体、定期的に仮想敵国がミサイルをと脅かしたり、なんちゃら政策のありもしない成果を捏造したりと話題づくりをやっているのだ。大臣の失言も実は大衆へのガス抜き、偉いはずの大臣を引きずりおろし生け贄として叩く口実を与えているといえなくはない。政権自体が叩かれることにもなりかねない危ない手だが、ニホン人にはすっかりおなじみとなった娯楽になりつつあるので、やめようにもやめられない。失言をしない人材がほとんどいないということもあるのだが。
(記憶力がなく、のせられやすく、ゲンゴーが変わっただけで浮かれまくる大衆。しかし奴らが一票をもっているのだ。こいつらのために娯楽を提供し、飽きさせないようにしなければ政権維持は難しいのだ。だが、だが、そのために私も道化に、ピエロにならねばならないというのか、アホバカウケ狙いしかないタレントそのものに。しかし、どう断ればいいのだ。断るにしても料理ができないオジサンを上手く演出しウケをとらねばならないし…)
ガース長官の苦悩にまったく忖度しないパカセガワはホットケーキを焼かせる気まんまんだったが。
「さて、フライパンに、小麦粉の…。え、用意が難しい。台本にないし、スタジオにないし、借りられない。ったくしょうがない。皆様申し訳ありません、調理器具などの用意ができませんで、カイゲンおじさんのホットケーキを食するという企画はなしになりました」
がっかりする聴衆。ガース長官はほっと胸をなでおろす。途端にポケットにいれてあったスマートフォンが振動した。急いで出てみると
「あ、長官。今、番組出演中でしたか、申し訳ありません、また後で」
電話口から聞こえてきたのは気弱そうなタニタニダ副長官の声。
(よくやった、いつもはイマイチだが、絶妙なタイミングでかけてくれたぞ)
内心小躍りしつつ、顔はもうしわけなさそうにガース長官は言った。
「た、大変申し訳ないが、緊急コールがきたので、私はこれで失礼を」
「え、それは大変、政府の一大事かもしれません。では大変お名残り惜しいですが、ガース長官はこれで…」
パカセガワが言い終わる前にガース長官は小走りでスタジオを後にした。
「たいした用事ではなかったが、番組をぬけられて助かった。やはり官邸は落ち着く。うん?外が騒がしいな」
タニタニダ副長官からの電話の用件を済ませ、官邸の自室でようやく自分で淹れた緑茶を啜っていたガース長官。窓から聞こえるのはカイゲン騒ぎで、通りや駅に集まった人々の声。ゲンゴーのかかれたクリアファイルの配布にむらがっているらしい。
「はあ、何とのせられやすい国民だ。だからこそアベノ政権が維持できるのだが…」
こんなに考えなしで目の前の娯楽に飛びつく国民でいいのだろうか。それを扇動しあやつっているのはガース長官自身なのだが、あまりの愚かさに不安を覚えた。
“カイゲンしたからって何が変わるわけでもないしさー。問題って本当はいっぱいあるんだよねー。大人は解決する気あんのかなー”
女子高生役の観客の鋭い本音を思い出し、ため息をつくガース長官であった。
人気がでないと出してもらえない、下手すれば忘れ去られるというタレントの皆さんは大変ですね、真似するポピュリストとかいう政治家さんたちも。