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8話 ブウェイ砦の戦い 1

聖同盟歴298年 三の月 24日

カーライルとメアルが市場でデートした日の前日。

ガレドーヌ帝国の南にある帝国の属国テリアの地にて。

テリア東南のブウェイ国境砦をめぐり、

戦闘が始まろうとしていた。

テリアの南方には険しい山脈があり、山脈を挟んで

南に6強国のうちの一国、モス国がある。

モス国が北に進出しようとする場合、

モス国北東にある小国クドナルを通過し

テリアを攻める必要があった 。

モス国がクドナルを属国にしたのが10年前のことである。

クドナルの北にもいくつかの小国家があるが、

これらはアマリア王国の庇護下にある国だった。

厳密には軍事同盟であるが国力差があるため、

庇護下に入っていると言った方が正しいだろう。

モス国としてはアマリア王国とは

事を構えるつもりは毛頭無い。

そもそもモス国がクドナルを属国にしたのは

帝国の南進への備えの為だった。

モス国が先に動かなかったら

クドナルはガレドーヌ帝国の属国になっていただろうからだ。

モス国にはある悲願がある。

その悲願を達成するまで帝国の南進を

食い止める必要があったのだった。

モス国がクドナルを属国にして以降、

クドナルとテリアは モス国とガレドーヌ帝国の代理で幾度となく小競り合いを繰り返していた。

今回も10日ほど前にクドナルから宣戦布告を受け、テリア側はブウェイ砦に戦力を集めた。

テリア陣営にはいつもの小競り合いだろうという

油断があった。

テリアは帝国の属国であり、

テリアを攻めることは帝国を敵に回す事に等しいからだ。

モス国も帝国と本気で事は構えまいという読みが

テリア首脳部には蔓延していた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ブウェイ砦の城壁にある物見櫓に3人の男がいた。


「早いな、まだ布告から10日だ。」


と〝遠見の筒〟を覗き、出来上がりつつある敵陣を観察している中央にいる男が言った。


「前もって準備していたのでしょう。

明日には開戦になりそうです。」


同じく遠見の筒を覗きながら左側にいる男が答える。


中央にいる男の名はギルバート。テリアの将軍である。

今回の戦の司令官として2日前に砦に来たばかりだ。


左にいる男は、ギルバートの副官である騎士イエット。 また右にいる男はブウェイ砦の司令官、ファイコ・バークイという。

指揮系統としては最上位がギルバートで

次いでバークイとなる。

ここには居ないが、今回騎馬兵、徒士兵を指揮するギルバートの参謀ターオーブが指揮系統3位である。


「攻城兵器らしき物を組みてていますね。

見たことがない形状です。新兵器かもしれません。

使い魔を飛ばして見ましょうか?」


「無駄になるからやめておけ。

陣容を把握されるような愚は犯すまい。」


「巨兵らしき物は見当たらないですね。」


「ふむ、であれば、この進行の早さも頷けるな。

変わった兵器の実験を兼ねはいるだろうが

できればいつも通りの小競り合いと()()()()()()


軍で使用する巨兵は一般的に石製の巨兵である。

鉄や鋼などはの巨兵もあるが

コスト的に割りに合わない。消耗部品が多いからだ。

中にはミスリル製の巨兵もあるが、

王族専用だったり、式典用だったりで

実戦投入された実例はない。

石とはいえ重い。だから当然輸送には時間がかかる。

戦線布告前に国境近くまで運ぶなんてことも論外である。すぐにあらゆる経路で情報はもたらされるだろう。

今回のクドナル軍の展開の速さは、

巨兵がない事を示していた。

砦を落とすなら こちらに巨兵がいる以上、

巨像騎士か巨兵が必要になる。

昨今の聖女不足を考えれば

巨兵無しに本気で攻めてくるとは

通常であれば考えに難い。

大国ならまだしも クドナルやテリアの様な小国では聖女が10人もいれば上出来なのだ。

実際テリアににはギルバートのパートナーを含め、6人しか居ない。

クドナル側は3人は確実にいることはわかっている。

聖女の所有数は各国一級機密となるので正確な数は分からない。

しかしクドナルもテリアと似た様なものだろう。

となれば 一戦に投入できる聖女は多く見積もっても3人が限度といったところか。


「こちらには石の巨兵が8体と 閣下の巨像騎士があります。 本気で落とす気は無いでしょう。」


一般的に巨像騎士1騎は巨兵3体の兵力に相当すると言われている。

であれば、クドナルが巨像騎士3騎だとしても

巨兵2体分兵力的には有利だ。


今まで ギルバートとイエットの会話に口を挟まなかったバークイが割り込んできた。


「当然だ! いつもいつも半月程度の滞在で引き上げていく!

今回もいつもの規模だし、おおかた新兵の訓練だ。

将軍閣下のお出ましになるような戦ではないでしょうよ。」


砦の司令官とは言え、バークイの言い様は

ギルバートに対して無礼だった。

即座にイエットがその無礼を咎めた。


「バークイ殿。その言い様は無礼でしょう。」


イエットの言葉にバークイは一気にヒートアップする。


「なんだと!平民騎士風情が!

由緒正しい貴族のワシに向かって言っていい言葉ではないわ!

ワシは国王陛下よりこの砦を預かっているのだ。

お前らの部下になったつもりは無い!」


これには普段冷静なイエットも怒った。


「バークイ殿! この度の戦の司令官はギルバート閣下です。 それをお決めになったのは()()()()()()()国王陛下です。

陛下のご意思に背かれるおつもりか?

それならそれで軍法会議にかけ()()として処罰するだけです。」


「なんだと!平民の分際で!!」


顔を真っ赤にして怒るバークイ。


「二人ともやめないか!」


ギルバートが一喝する。

ギルバートは元は冒険者だった。

死線を何度も潜ってきた。

騎士になってからも何度も武功を立て

将軍にまで登った男である。

そんな男の一喝はまさに〝雷鳴の如し〟であった。

イエットは我に返り、バークイは肝を冷やした。


「申し訳ありません。閣下。」


「ふん!ワシとしたことが。」


「二人とも明日には開戦となるだろう。

今からこれでは思いやられるな。

バークイ殿。明日は砦の指揮を頼みますぞ!」


「言われるまでも無い。」


バツが悪いのかそっぽを向いて答えるバークイ。


「では、これで。イエット行くぞ。」


「は!」


去っていく二人を忌々しげに見送るバークイ。


「ふん! 平民が!!」


気を落ち着かせるべくバークイも遠見の筒で

敵陣を見遣る。


「変なもの組んでいる以外はいつも通りでは無いか!」


その〝変なもの〟が気にならないのだから

本来、軍で上に立つべき人物では無かった。

貴族特権で箔付けの為に就任した司令官だ。

就任して2年。来年でここともオサラバだった。

あと1年何事もなく勤めあげれば、

実戦経験豊富な司令官として栄光の人生が待ってるはずである。(バークイの希望的観測だが)


「ん?」


有り得ないものが写っている。

少女だ。 少女が敵陣に居る。

錯覚だろうともう一度見直す。

やはり、人形の様に美しい少女が写っていた。

こちらに向かって人差指を突き出している。

やがて少女は突き出したほうの手首を

人差指を突き出したまま上に曲げた。


「なんだ?」


戦場に少女なぞあり得ない。

もう一度、遠見の筒を覗き込み直すバークイ。

少女は居なかった。少女のいた辺りを探るが

やはり居ない。


「気の…せいか? だよな !」


狐に化かされた様な表情でバークイは呟いた。

この情報をバークイは報告する事は無かった。

重要な情報かどうか判断できる知識も頭脳も無かったし、夢でも見たかとバカにされるのが

オチだと思ったからだった。


<些細な情報どころか見間違いだろう。

そんな情報をこのワシが あのよそ者の平民どもに伝えるのはプライド許さない。>


バークイはそう考えた。

もし、この情報がギルバートに伝わっていたなら

結果は変わっていたのかも知れない。

今回は〝モス国〟が参戦しているのだと

きっと気づいたに違いないからだ。

今回の戦、ギルバートに運に恵まれなかったと言えよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同時刻、クドナル側の陣にて


少女が居た。

美しい少女だ。11か12才くらいだろう。

少女は突き出した人差し指を手首から上に曲げ、


「バーン!」


と言った。


「何だいそれば?」

物腰が柔らかい男が少女に話しかけた。


「うーん?なんだろう? 」


本気で考え込む少女。

男は困った表情を見せる。


「敵さん、こちらを見てるね。」


砦の方を見ながら少女が言った。

こんな少女が戦の陣にいるのは違和感があるが

彼女がここにいるのには理由がある。

彼女が聖女だからだ。

聖女のパートナーと思われる男が彼女の言葉に答える。


「ネスレ、あまり前に行ってはいけないよ。

君は知られてはいけないからね。」


「はーい、ブレン様。」


といいつつも不満そうな表情見せるネスレ。


「戦いは明日だ。今日はゆっくりしているといい。」


「はーい、ではネスカとネスルのところに行くねー。」


と言い残して彼女は陣の奥に走っていった。


<あのエルフは聖女かな?明日が楽しみ!

でも意地悪なブレン様には教えてあげないよーベー!>


走る少女の後ろ姿は非常に楽しげだった。


「全く、あの聖女様は 、モスの王太子の僕にあんな態度みせるのは彼女だけだよ。」


と ブレンと呼ばれた男は嬉しそうに言った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同時刻 ブウェイ砦の城壁上にて


「閣下。申し訳ありませんでした。」


「いや、いいさ。本心を言えば感謝している。

が、立場がそれを許さんからな。

それよりもだ。

ニーはどこ行った?」


この話題はこれまでと、ギルバートは話題を変えた。


「ニー様でしたら城壁に来ている筈ですが。」


聖女シエルニー。ギルバートと契約を交わした聖女であり、エルフだ。

エルフである彼女は、神ではなく精霊と契約を交わしている。


「まったくアイツはどこ行った?」


ギルバートがぼやいた時、


(あるじ)失礼だぞ! ずっと側にいるではないか!」


急にギルバートの隣にエルフの女性が姿を現わす。


「なんだ。姿を消していたのか。分からんかったぞ。」


「ククク。(あるじ)も勘が鈍ったものよの。

ワシがその気になれば、背後よりブス!じゃ!」


「おいおい! その気になるなよ?」


「どうかの? あんなクズを成敗できないようでは見限るかもしれんぞ?」


「そう言ってやるな。あれでも一応砦の司令官だ。」


「世も末じゃな。」


「はぁ、って ニー! さては奴が嫌で姿を消していたのか?」


「あのクズはワシを舐め回す様にジロジロ見るでの。気色悪いのはごめんじゃ。」


そう。物見櫓に居たのは3人ではなく4人だったのだ。

シエルニーは完全に姿と気配を消していた。

理由はともかく、シエルニーの能力の高さを示していると言える。


二人の会話に副官のイエットは笑いを堪えていた。


「なんじゃ? イエット 面白かったか?」


「いえ、申し訳ありません。

閣下もニー様にはかたなしだと思いまして。」


「そうよな。長い付き合いじゃ。

(あるじ)を手玉にとるなぞ造作もないことよ。ククク。」


「おいおい!勘弁してくれ。」

ギルバートは苦笑するしか無かった。


「それでニーには何か見えたか?」


ギルバートは真剣に聞いた。


「いや、何もじゃな。」


「そうか。」


「うむ。気をつけた方が良いの。」


「ああ、そうだな。わざわざ派遣されてきたからな。帝国もなにか掴んでいるのだろうさ。」


イエットには今の会話の意味するところは判っていた。

シエルニーは精霊の力を使い敵陣を見ようとしたが

阻害されて見えなかったと言っている。

つまり詳しく見られたくないのだ。

遠くから見るなら遠見の筒などで物理的に見るしかない。

恐らくは見たことがない攻城兵器らしき物以外に

見せたくない物があるのだろう。

今回は、いつもとは違うのかも知れない。

だからわざわざ テリアの双璧と称される程の

ギルバートが小競り合いであるはずの

戦に駆り出されたのだ。

今回の人選に帝国よりの口出しがあったという。

つまりは今回の戦はいつもの小競り合いとは違う何かがあるということだ。


「何にせよ、やる事はやっておこう。」


「本営に敵到着の知らせと一応増援要請を入れておきます。」


「頼んだ。」


「ククク。何が出るやら 楽しみじゃの。」


楽しげなのは聖女ばかりの様だ。


8話了


=====================

補足


[遠見の筒]


望遠鏡の事だが、レンズの理論を魔法で行なっている魔道具である。

魔導具は一般的に非常に高価で

一般人が手に入れれる価格では無い。

遠くを見れるほど、高価になり

最上級の物では拡大倍率を変更できる。

最初の聖女アリーの発明品とされているが

定かではない。


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