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6話 アンとミランの物語。そしてアンさんは発見す。



メアルが務める診療所の同僚アン 25才、女性。

彼女は診療所最強だ。

力自慢の屈強な男どもや、

魔物と戦うこともある警備隊隊員や隊長、王国兵士、

町の有力者である診療所所長でさえも

彼女には敬語を使う。

普段は快活で、明るく、面倒見も良く、

健康的でハツラツとした内面が魅力的な女性だが、

怒るとただただ怖かった。

アンは診療所内では 同僚のメアルを含め、

10人程いる〝医助士〟のリーダーという立場にあった。

医助士は医者の指示で動く治療スタッフのことであるが、

医助士のリーダーであるアンは特定の部署にいない。

医助士達を適切かつ迅速に必要な部署に必要な人数を臨機応変に割り振りつつ

自身も医助士として動く。

診療全体の状況を把握でき、冷静に判断できる者でないと務まらない役である。

場合によっては医者や所長よりも診療所全体の

状況を正確に把握しているのだ。

診療所全体を把握し、回すことができるのは

アンともう一人、年配の医助士だけであり、

その二人が同時に休むと診療所は大混乱に陥ってしまう。

一度だけそんな事態に陥ったことがあり、

その日のことをメアルは

「思い出したく無い。」と語った。

よほどの大混乱が起こったのだろう。

その為、基本的に二人の休みは重なることは無い。

診療所自体に休みは無いが、診療所に勤める人間は7〜10日に1日休みがある。

ちなみにメアルは医助士の中で唯一回復魔法が使える為、外傷治療の部署にいることが多い。

また、メアルの休みは大抵アンの休みと重なる。

これはアンがあえてメアルの休みを自分の休みと

同じにしている為だ。

これはメアルが休みの日は患者が減るからである。年配の医助士への配慮だった。


さて、そんな明るく快活な頼れる女性アンは、

実は顔もスタイルも悪くない。

ただ女傑という言葉がよく似合いすぎるアンには、

その容姿も女傑を彩るアクセントになってしまっていた。

となるとアンに言い寄る勇気ある男はおらず、

行き遅れた感が濃厚なった、23才の秋。

(この世界の結婚適齢期は16才〜18才)

かつては見合い話が鬱陶しく、

実家を飛び出し一人暮らしを始めた彼女も

親、親類から見合い話が出なくなって久しく、

診療所も相変わらず忙しい。

「もう結婚は無理かもね。」と、

黄昏れる日々を過ごすようになった。


アンは結婚したくなかった訳ではない。

見合いを否定している訳でもなかった。

ただ、運命的な出会いから始まる素敵な恋をしたい。

そんな夢をこじらせただけなのだった。


だが、 そんなある日、アンに告白した勇者が現れたのだ。

警護隊小隊長ミラン 22才。

ミランはこの町の出身ではない。

アマリアの王都に居を構える商家の二男として生まれたが、引っ込み思案な性格で、商才も乏しかった。

そんな彼は10才の頃、商談のため訪れた父に連れられてスタにやってきた。

父親としては引っ込み思案の息子に

ちょっとした刺激を与えるつもりで連れてきたのだが、

そこで少年ミランはアンと運命的な出会いを果した。

当時のミランは、細くひ弱なおぼっちゃまだった。

ミランは父に手を引かれてスタの市場に来ていたが、

ちょっとした気の緩みから手を離され、

父とはぐれてしまった。

ミラン自身も市場の活気や物珍しさから

周囲に気をとられていた。

父に手を離されたことに気づかず

キョロキョロしながら人の流れにそって歩いていた。

やがて、父が近くにいないことに気づく。


もしも治安の悪い町で、

上等な服を着た、ひ弱なおぼっちゃまが

一人で町を歩いていたら、

すぐに誘拐されてしまうだろう。

幸いスタの治安は良い方だった。

とは言え、田舎町の子供達にとっては

からかう格好の的だろう。

父を探し彷徨う内に子供たちに囲まれ、

涙目になっていたところをアンに助けられた。

彼女はこの町の子供達のボスである。


「くだらないことやってんじゃないよ!」


と一喝し、子供達を追い払った。

彼女は力こそ強くはないが、

喧嘩功者で、度胸があり、機転が利いて、口が良くまわり、姉御肌で、面倒見が良い。

腕っ節だけのガキ大将達が束になっても

彼女の敵ではないだろう。

いつしかこの町の子供達に「姉御」と呼ばれて慕われ、

かつ、恐れられるようになっていた。


女の子に助けられたミランは恥ずかしかったが

同時に安堵した。

〝この女の子は、信用できる、頼っても大丈夫だ。〟

そんな気がミランにはしたのだった。

それに女の子は可愛かった。


「私はアン。 あんたは?」


アンに尋ねられた。

今まで女の子に話しかけられた事などなかったミランは、真っ赤な顔になりながらも答える。


「あの、僕はミラン。その…助けてくれてありがとう。」


「大したことじゃないから気にしないでいいよ。

それよりミランはこの町の子じゃ無いんでしょ?

どうしたのさ?」


「えっと、父さんと王都からきたんだ。

今日は父さんと市場に来ていたんだけど

はぐれてしまって…」


「ふーん王都から。泊まっている宿とかは判る?」


「うん。 えっと、『安くて旨い亭』だよ。」


「ああ、あそこね。

じゃあそこまで送っていくよ。ついといで。」


「あ、ありがとう、アンさん。」


「アンさんなんて気持ち悪い。

アンでいいよ。」


ミランはアンにこの町を案内されながら、宿屋まで送ってもらった。

これをデートといってもよいなら、

ミランにとっては、初デートだ。

ミランも王都のこととか色々話した。

自身が引っ込み思案であることをミラン自身も判っていた。

こんなに話をできたことが不思議だった。

けっして上手な話とは言えなかったが、

アンは楽しそうに、珍しそうに聞いてくれた。

途中、アンは寄り道をし、露店の前で足を止めた。

人気店らしく、行列が出来ている。


「最近出来たばかりで、とても美味しいんだ。

ちょっと食べていこうよ。」


お昼ご飯には少し早いが

確かにお腹は空いていた。

お小遣いも持ってきていたミランは

お礼を兼ねておごろうと考える。

アンは人懐こく、ミランはすっかり打ち解けた。

そうなるとミランは少しでも長くアンと一緒に居たかった。


「その、ここは僕が払うよ。」


「私があんたに食べさせようと思ったんだから

気にしないでいいよ。」


「助けてもらったお礼だよ!ここは僕に払わせて。」


「そう? じゃあ奢られるか。ありがとうミラン。」


と屈託のない眩しい笑顔を向けられ、

心を奪われてしまったミランは

せっかくの人気料理も全く味が分からなかった。


やがて、目的地の『安くて旨い亭』に着いた。

ミランの父が宿の前に立っており、

ミランを見つけた父は、駆け寄り

「手を離してすまなかった。」

とミランを抱きしめた。


アンはミランと距離を取っていた。

お別れの時だ。


「よかったなミラン。じぁあね! 縁があったまたよろしくな!」


と言われ、手を振られた時、

ミランは決意した。


「アン! また必ず会いに行くよ!」


ミランはアンに強い憧れと恋心を持った。

この日をキッカケに彼は変わった。

彼女に見合うようにと体を鍛え、

成人した年、家業は兄に任せて王国兵士となった。

配属先は偶然にもスタ近くにある国境砦で、

ある時、彼は任務中に怪我をし診療所に運び込まれた。

こうしてミランはアンと運命の再会を果たしたが、アンはミランを覚えていなかった。

ミランも引っ込み思案な性格は治っておらず、

覚えているそぶりもないアンに

切り出すことが出来なかったのだった。

とは言え、ひ弱なお坊ちゃんだったミランと

たくましい青年にそだったミラン。

前者と後者が同一人物であるとアンが結びつかなかったのは仕方がないことではないだろうか。


アンに再会を切り出せなかったが、

ミランはアンとの再会に、

結ばれるべき運命を(勝手に)感じた。

怪我が治ると王国兵士を辞め、スタの警護隊に入ったのだ。

警護隊は国の機関ではない。

冒険者ギルドの支部も無い小さな町スタが自衛の為に町で運営する組織だ。

王国兵士の方が身分は上だが、

少しでもアンの近くにいたいミランは警護隊を選んだ。

ミランは地道にアンとの接点を作っていった。

アンに顔と名前は覚えてもらうところまで、

再開して1年とかからなかった。

しかし、それからミランが勇気を振り絞って告白するまで随分と時間がかかってしまった。

自身も小隊を任せられるまでになっていた。


23才で人生初めての告白を受けたアンに、

最早運命的な出会いとか言っている余裕はない。

こんな自分を貰ってくれるならと、

二つ返事で了承した。


アンから見て

ミランは警護隊の小隊長といえど、

頼り甲斐のある男とは言い難い。

とはいえ悪い男でもないことは判る。

結果、可もなく不可もなくといったところだった。

最初はこれを逃したら次は無いから。

と自分に言い聞かせていた。

しかし、すぐにお人好しのミランがほっとけなくなり、いつの間にか好きになっていた。

こうして、遅咲きの恋を謳歌し始めたアンだが、

自分の夢が叶ったことに気づいてはいなかった。


付き合い始めて2年、アンは25才になっていた。

ようやくミランはアンにプロポーズをした。

そこで、初めてアンは、

かつて助けたひ弱な少年ミランが

目の前にいる逞しい青年ミランで、

そして、その時からミランに惚れられていた事を知った。


<もっと早くに言ってくれればよかったのに。

でもミランじゃ仕方ないか。>


アンは思った。


因みに

ミランのプロポーズの言葉は、


「子供の頃、市場で助けられたあの日から

アンのことが好きだったんだ。

こんな俺でよかったら結婚してほしい。」


と ストレートなものだった。

これに対し、アンの返答は


「おばあちゃんになる前に言ってくれてよかったよ。」


だった。アンの照れ隠しだったのだろう。

かくして、二人は結婚する事になった。

アンが両親に婚約者ミランを紹介した時、

両親は泣いて喜んだ。

現在二人は半同棲をしている。

お互い一人暮らし用の部屋の賃貸契約だった為、

二人で暮らすには狭すぎる。

そこで次のお互いの休みがちょうど重なる日があり、

その日は一緒に貸し家を見て回る予定だった。


だったのだが、

お人好しのミランはカーライルに休みを譲った。

楽しみにしていた予定を勝手に変えられては

アンが怒るのも無理はないことだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アンは早朝の散歩が趣味である。

アンの散歩は決まったお気に入りのコースを歩く。

気まぐれでコースを変えることは滅多にない。

いつものコースを歩きながら昨日のことを考える。

本来なら、昨日はミランはアンの部屋に泊まり、

今頃二人で散歩してる筈だった。

ミランがカーライルに休みを譲ってアンが怒った結果、

ミランはアンの部屋に泊まれなくなった。


<まったく、ホントにお人好しなんだから。

しかし、カールめ! 一生に関わる用事て何なのか

聞かせて貰わないと気が済まないねぇ!>


アンにはカールの用事なぞ、

メアル以外にないだろうと見当はついていたが

本人の口から聞くことに面白味があるのだ。

二人については、別にアンに言わせなくても

周りから見れば、バレバレだった。

カールは一直線な性格で、

メアル一筋なのは誰が見ても判った。

唯一、アンに夢中のミランは気づかなかったという。

メアルもメアルでカールに対してだけ他と表情が違いすぎた。

メアルは基本笑わない女性だった。

しかしカールの前でだけ微笑む。

カールの話題だけは自発的に乗ってくるし、

カールに関しては感情を見せる。

カールのことを悪く言う男への態度は

氷の様に冷たい、などなど上げればきりがない。

これで二人は秘めた想いでいるつもりなのだから微笑ましい限りである。


偶然、それは全くの偶然だった。

考えごとをしながら歩いていたアンは、

いつものコースを外れている事に気づいた時、

〝戻る〟では無く、〝そのまま進む〟を選択した。

いつもなら来た道を引き返し、

きちんと自分のお気に入りのコースに戻るか、

近道があれば、そこを通ってやはりいつものコースに戻る。

しかし、この日にかぎり、アンは気まぐれを起こした。

まるで何かに導かれるかの様に。


<たまにはコースを変えるのも気分転換になるかな>


この日は何故かそう考えたのだ。

そして朝の市場もたまにはいいかとアンは市場に入っていった。

そこで、並んで歩くカーライルとメアルの後ろ姿を発見してしまう。

二人ともこの町では目立つ髪の色をしている。

間違えようも無かった。


<これはこれは!暫く見守ってあげないとね。

しかしこれは明日が楽しみだわぁ。>


とこっそり尾行する気満々のアンは楽しげに笑った。

アンにしてみれば、自分にはその権利があるよね。

ということだろう。

そしてメアルは翌日アンから怒涛の質問責めに会う事になる。


6話了

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