35話 運命の日
ガレドーヌ帝国のビラン連合国への宣戦布告の報は
直ぐにアマリア王国にも伝わった。
そしてその報は商人達によりスタにも伝わっていた。
カーライルとメアルが知った時には、
既に帝国軍は侵攻を開始していた。
帝国将軍レネミーを大将とした総勢3万の兵とも言われ、
昨今では最大級の大戦になると予想された。
帝国と連合との間には
いくつかの独立都市国家があり、
帝国と連合の間を行ったり来たりで生き延びてきた。
しかし今回の件により、どちらかの陣営につくのか
決断を迫られることになった。
連合国は帝国の不穏な動きを事前に察知しており、
傭兵の雇用を含め、迎撃準備を整えてきた。
帝国軍が到着する頃には
万全な体勢でなっている筈だった。
連合の誤算はいわば緩衝地帯とも言える
独立都市国家群が一斉に帝国についたことだろう。
都市国家は自治を認められる代わりに
帝国に属国となったのだ。
この外交工作の成果こそが
帝国の今回の侵攻を決定させたといってもいいだろう。
これによって帝国は兵を損なわず、
速やかに連合まで軍を進める事が出来たのである。
勿論、行軍ルート上の都市国家を経由し
補給路も万全に確保されていた。
もうひとつ、今回の戦争で連合を驚かせたのは
帝国についた都市国家の巨兵がそのまま
今回の戦争に供与されたことである。
見返りとして帝国の主力巨兵『ギガンテス』が
与えられるのだが、これは都市国家群が
帝国防衛ラインに組み込まれる事を意味する。
ともあれ連合にしてみれば
長期行軍に適した軽装巨兵しかいない筈の帝国軍に
重装巨兵が急に加わり、脅威度が増したことになる。
こうして帝国と連合の戦いは帝国有利で開始された。
開戦から3ヶ月後には目的のフィルス要塞都市及び、
フィルス鉱山攻略戦が開始される事となるが
もう少し先の事である。
カーライルとメアルが帝国の西征を知らされた時、
その場には、元テリア国将軍ギルバートこと
冒険者アルジと、聖女シエルニーことニースが居た。
彼らはスタの近くにある都市を拠点に活動していたが
カーライルとメアルを気に入り、気にかけていた。
「ほほぉー、帝国が動きよった」
「あぁ、大きな戦になるだろう」
アルジとニースの会話を聞いた
カーライルは、戦に思いを馳せた。
<そんな華やかなものじゃないさ>
アルジは思った事を言いはしなかった。
「西に何かあるのでしょうか?」
逆にメアルはあまり興味がなさそうだったが
会話を合わせる為か帝国の目的に言及した。
「そうさな、帝国は鉱山資源が豊富じゃが
喉から手が出るほど欲しい鉱石があるの」
「鉱石?」
「ああ、ミスリルだ」
ミスリル鉱、軽量かつ強靭で魔力を吸収する性質を持つ。
つまり敵の魔法攻撃を緩和できる、優れた金属だ。
希少鋼でもある為アマリアでは人工ミスリルを
作る技術を生み出した。
天然ミスリルと比べると、格段に性能が落ちるので
人工ミスリルと名付けるのはミスリルに失礼ではある。
「ミスリル製の武具を持てたら冒険者としては一流じゃな」
「そのミスリルの採れる鉱山を連合はいくつか持っている。
帝国の狙いは中でも一番近く、一番産出量の多い」
「フィルス鉱山じゃな」
先程の仕返しとばかりか
美味しいところをニースがかっさらった。
「もし帝国が鉱山を手に入れたら?」
「増長してモスかアマリアにちょっかい出すじゃろうな」
カーライルの質問に対しニースはサラリと答える
「アマリアが戦争に…」
「今回、帝国が勝つと決まった訳じゃない」
戦に絶対は無い。その事をアルジはよく知っていた。
「そう言えば、お主らもうすぐ王都に向かうのじゃろ?」
不安を解消させる為では無いだろうが
ニースは話題を変えた。
「はい、来週出立します」
カールの言葉にメアルは少し表情を曇らせたが、
アルジとニースに気づかれる事は無かった。
二人にとっての運命の日はもう目前だった。
「一足先になるが俺たちも王都に戻ることにした。」
「王都で待っておるぞ」
「判りました。王都で会いましょう!」
翌日、アルジとニースはスタを旅立った。
帝国は西征の真っ最中、
先の戦の事などもう頭には無いだろう。
もうそろそろほとぼりが冷めた頃だ。
アルジとニースに遅れる事1週間。
カーライルとメアルもスタを旅立った。
周囲の勧めを断り2人きりでの旅だ。
2人の出立の前日、
カーライルの妹であるリリィの旦那のはからいで
盛大な送別会が行われた。
この席でタジンはカーライルの成長に号泣し、
周囲を驚かせた
そういうキャラでは無いからだった。
「お前たちの警護隊の籍は抜かない。いつもで戻ってこい」
タジンなりの精一杯のエールだったが、
アンに縁起でもないと怒られてしまった。
そのアンがメアルに言ったのは一言
「結婚式に呼べないのは残念だけど
新婚旅行で王都に行くからその時は王都案内してよ」
その言葉を聞いてメアルは泣いたが、
その心情を正しく察せられたのはカーライルだけだった。
二人はこれから運命の日を迎えるのだ。
アンに会えるのは今日が最後になるかも知れない。
「兄さん必ず騎士になってね。
そしたら私は周囲に自慢できるわ」
「お前なぁ」
リリィの言葉にカーライルは呆れたが
それがリリィなりの、
照れ隠しのエールであることも判っていた。
宴が終わり、カーライルとメアルは二人で母親に礼を言った。
「お袋、今まで有難う。騎士になってくる」
「お母様、私はどこまでもカールと一緒に行きます」
母親の言葉はメアルへの感謝だった。
「魔物が襲って来た時、カールを助けてくれて有難う。
息子の聖女様になってくれて有難う。
息子を、カールの事をよろしくお願いします。
そしてカール、貴方は必ずメアルちゃんを守り切るのですよ」
その言葉にまたメアルは泣いてしまった。
母親は魔物を討った巨像騎士が
カールとメアルである事を感じ取っていた。
自らもかつて聖女であったから。
カーライルとメアルは二人きりになり、
スタでの最後の夜を熱く過ごした。
早朝、二人は出立した。
見送り人は居ない。
運命の日の前日のことだ。
二人は敢えて運命の日を2人しか居ない場所で迎える事にした。
メアルの呪いが周囲を巻き込むのを防ぐ為だった。
メアルとしては、
本心を言えば今でもカーライルを巻き込みたくは無い。
しかし、二人なら乗り越えられる気もしていた。
それにカーライルは決してメアルの側から離れないだろう。
最初の聖女アリーの〝信じろ〟という言葉。
迷う度にその言葉が強く思い出された。
<カールが一緒に生きてくれる。カールが一緒に死んでくれる。
私はもうカールを信じるだけ>
メアルはその日を二人で迎える事を決意したのだ。
夜、二人が野営をしていると
商隊が野営に参加させてくれと申し出てきて二人を困惑させた。
商隊は先を急ぐので夜明け前には出立すると言うので
許可をした。
商隊の馬車から16歳くらいの活発そうな少女が出てきた。
商隊のリーダーの娘だという。
有難いことに、商隊は虫よけの香を持っており、使ってくれた。
商隊にしてみればむしろ2人を保護したつもりなのだろう。
少女はメアルによく話しかけていた。
メアルも愛想よく対応した。
日の出前、出立する商隊に同行しないかと誘われたが
のんびり行きたいからと断り、
また二人きりになった。
じきに日が昇る、いよいよ運命の日が始まる。
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ついに、ついにこの日が来ました。
今までの悪夢での経験により、
日の出以降に呪いが発動することが判っています。
商隊の人達を巻き込まないで済んだのは
幸いだったと思います。
私達も後片付けをし、王都へ向けて旅を再開しました。
暫く進み、道は山道になっていました。
といっても、道は整備され馬車も通れます。
先に行った商隊もここを通っていった筈です。
山道を暫く進んだ時、前を行くカールが足を止めました。
その手は剣の柄に。
「メアル、何か来る!」
カールは何時でも剣を抜ける様に周囲を警戒しています。
カールが警戒している理由は直ぐに私にも判りました。
悍しい何かがこちらに近づいて来ます。
この感じ、これは魔物。
スタを襲ってきた魔物達と同じ様な感じがします。
今回、呪いが選んだのは『魔物に食べられる』
そんな死に方の様です。
少しだけホッとした自分がいるのがわかりました。
カールが呪いで狂わされなかった。
もし此処で最後を迎えるとしてもカールと共に在れる。
兎も角、運命の刻がいよいよ始まったです。
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二人の前に姿を現したのは、
魔物を生み出した男に
『リカヨイ』と名付けられた魔物だった。
リカヨイはメアルへの強い執着を持つ。
解き放たれた時と大きさはあまり変わっておらず
2.5m程度のマッドベアの魔物だが
人間から見れば巨体である。
更に言えば魔物は人の顔をしている異形だった。
「メ・・アル・・・みつ・・・け・・・ くいた・・い・」
刀を抜きつつ、魔物の前に立つカーライル。
メアルへ向かおうとする魔物の間に割って入る。
「メアルの事がわかるのか!」
「カール! 気をつけて!」
「!! コイツ リカレイ?いやチューハ?か?
魔物になったというのか!?」
カーライルが驚くのも無理はない、
人間は魔物化しないと考えられていたからだ。
二人を足して2で割ったような顔をしているが
口は裂け、口元は血で汚れている。
魔物リカヨイはようやく見つけた愛する獲物を
食らおうとするが、その前には邪魔者がいる。
リカヨイは障害物を払う様にただ腕を振るった。
もし、まともに受ければ人間など只では済まない。
しかし、カーライルに当たる事は無かった。
カーライルは魔物の横薙ぎの一撃を屈んで躱し、
今では体の一部の様に扱える愛刀のサーベルで
空いた胴を斬りつける。
踏み込みが甘く、切っ先が掠った程度だが、
斬れ味鋭く、リカヨイの毛皮を切り裂く。
しかし、その斬り傷は直ぐに塞がった。
「こいつもか!」
魔物が回復する様を見たカーライルは毒づく、
「メ・・・・・ア・・・ル・・・」
リカヨイはメアルしか見ていない。
ドクン! 心臓が跳ねる感覚をメアルは覚えた。
呪いの力が発動した! そう確信した。
たった今、メアルは死ぬことができる身になった。
同時に魔物の感じが変わった。
呪いの力が魔物に加わったのが判った。
「メアル! 犯ス! 殺ス! 食ウ!」
呪いの力によりリカヨイの知能が上がった様だ。
「させるか!」
カーライルの斬撃を繰り出す。
しかし、それをリカヨイは躱した。サーベルを理解した
剣士の動きだたった。
「カーライル! ジャマ!」
「こいつ!やはりリカレイか!」
「カール!」
メアルの補助魔法がカーライルにかかる。
カーライルの身体能力が上昇する。
しかし、動きの変わったリカヨイの前に苦戦するカーライル。
カーライルは徐々に疲労していくが
魔物リカヨイに疲労した感じは見えない。
「メアル逃げるんだ!」
カーライルが叫ぶ。
「嫌! 最後まで一緒にいるわ!」
その時リカヨイから黒いオーラが発せられた。
リカヨイの動きが更に早くなる。
「メアル!メアル!メアル!メアル!メアル!」
叫びながら繰り出されるリカヨイの猛攻に
カーライルは防戦で手一杯になった。
バキン!
それはサーベルが折れた音だった。
カーライルはサーベルの腹で魔物の爪を受けてしまい
リカヨイの腕力に耐えられなかったのだ。
「しまった!」
カーライルの小さな叫び。
次の瞬間!
サーベルをへし折った豪腕が
そのままカーライルの頭を捉えたのだった。
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それはスローモーションに見えました。
魔物の爪が確かにカールの頭を捉えたのです。
頭半分が無くなったカールはゆっくり膝から崩れていきました。
ドサリ!
倒れたカールに魔物は目もくれません。
魔物にしてみれば障害物を排除した程度の事なのでしょう。
私にゆっくりと近づいてきます。
まるで、これから私を殺すまでの
短い時間を楽しんでいるかの様に。
あぁ! カール! 私のために!
私はカールを死に追いやってしまった!
私は自らに迫る〝死〟以上にカールを死なせた事への
後悔で心が一杯でした。
<カール! あなたを巻き込んでごめんなさい。
私も直ぐにあなたの元に逝きます>
こんな魔物に殺されるくらいなら、いっそ……
護身用に持っていた短剣を抜き、首元に当てます。
それを見た魔物はそうはさせまいと
叫びながら突進してきました。
「メアルーーーーーーー!!!」
私は魔物の行動に竦んでしまい、
首に短剣を突き立てる事ができません。
<カール!>
その瞬間、私は夢でみたアリーの言葉が思い出されました。
その時呼ぶべき者の名前を!
飛びかかってくる魔物。
私は目を瞑り、
必死にその名を叫びました。
「ランディー様!!!」
私は死んだのでしょうか?
思わず目をつぶって叫んだ私ですが
何時までたっても何も起きてないようでした。
恐る恐る目を開けると信じられない光景が飛び込んできました。
飛びかかった魔物が宙に浮かんでいます。
時間が止まった?
いえ、ゆっくりではありますが少しづつこちらに動いて来ています。
私の指輪が光っていました。
これはスタで巨像騎士を顕現させた時と同じ現象でした。
「これは!」
私の驚きに呼応するかのように
ゆっくりとカールが立ち上がりました。
魔物に頭を抉られたはずなのに、全くの無傷でした。
カールは折れたサーベルを拾うと
ゆっくりと魔物に向かって歩いてきました。
魔物の横に来ると
カールは空いた方の手で魔物を殴りつけました。
それだけで魔物は吹き飛び、
木に叩きつけられました。
「待たせた。」
カールのその言葉を聞いた時、
私は何故か涙が出てきました。
カールが生きていたから?
いえ、この涙はあまりに懐かしい言葉を聞いたから。
それはかつて何度も聞いた逆転の言葉。
私の心は安堵し、歓喜に包まれていくのが判りました。
カールが私に向かって手の平を突き出してきます。
その瞬間、
パリーーーーン!!!!
何かが砕ける音がしました。
そして私は全てを思い出したのです。
=================
『起きろ!時は来た!』
誰かが俺を呼んでいる。
俺は………また此処に来たのか。
『時は来た!』
ああ、時が来た! 俺はメアルを救わなければ。
『お前は俺だ!』
そうだ、俺はお前だ!
俺は長く待った。やっとこの時が来た。
おれはメアルを、いやラメットを救わなければならない。
『一つになる時だ』
その言葉に自身の中に力が流れてくるのを感じた。
ああ、なる程そういうことか。
救うことが出来る!
これであの忌々しい呪いから開放してやることが出来る!
声が聞こえた。
愛する者が俺を呼ぶ声だ。
<ああ! 俺の名を、君がつけてくれた名を呼ばれた。
助ける。今度こそ助けるとも。>
君がこの世界での〝真の俺〟の存在の証を作ってくれたから。
=================
私は全てを思いだしました。
私の名前はルアメットゥーナ。
かつて、邪神との戦いで命を落とした戦女神の娘。
今私の目の前には私が愛する人がいます。
ああ、目の前にランディー様がいます。
カールは……ランディー様だった。
見た目は変わってしまったけど、面影は同じ。
黒目で黒髪なのも変わりません。
ランディー様が無限に転生する呪いから
私を開放してくれました。
しかし私は、ランディー様に長く、
本当に長く無理をさせてしまいました。
「少しだけ待ってくれ。ケリをつける」
そう言って優しく頬をなでてくれました。
思えばカールもランディー様も
よくこの仕草をしてくれました。
私は貴方に長い苦しみを与えてしまったのに
貴方は何時だって何処までも優しい。
指輪の光が消え、時間が正常に流れ出しました。
立ち上がる魔物。
この哀れな魔物は、人間二人とマッドベアが
混ざった魔物だったのね。
人間だった頃の私に異常に執着した男たちの哀れな末路。
せめて終わらせてあげましょう。
ランディー様が折れたサーベルを一振りしました。
魔物は何枚にもスライスされました。
私もすかさず力を使い、魔物を凍らせます。
ランディー様がもう一回サーベルを振るうと
魔物は粉々になりました。
サーベルも粉々になりました。
振るわれた力に耐えきれなかったのです。
とは言え、2回も力を振るえたのだから
かなりの名刀だったのでしょう。
あっけない終わりでした。
あれだけ、長く辛い転生を繰り返させた呪いは
あっけなく砕けました。
今、私の未来は開かれました。
これからは、愛する人と共に歩めるのです。
「終わった……んですね」
「ああ、遅くなって済まなかった」
そういってランディー様は私を抱き寄せました。
ランディー様の胸に顔を埋め、
私は泣くしかできませんでした。
「ごめんなさい。ごめんなさい。
私はランディー様を長く苦しめました」
「いいさ。そうまでしてでも君と在りたかった。
ラメット、君は俺の可愛い妻だからな」
ああ、こんな時が再び来るなんて。
愛する人に口づけされながら
私はその幸せを噛み締めたのです。
=================
口づけを交わす二人。
いや二人と言うべきか、ニ柱と言うべきか。
今や、人であり、神となったメアルとカーライル。
スタの町からさして遠くない山中
今、この世界に最強のペアが誕生した。
35話 了
やっと呪い編が終了です




