26話 風の神殿の三つ子
クドナルとテリアが講和条約を結び、1ヶ月程経ったある日。
モス国首都バーキンにある王宮のとある一室にて。
3人の聖女が朝食中であった。
ネスカ、ネスレ、ネスルの三つ子だ。
食後のデザートも食べ終わり、
優雅に紅茶を飲んでいる。
聖女といえど通常はここまでの待遇を受ける事は無い。
しかし、この3人は特別だった。
3人は物心つく前にその能力を見出され、
風の神〝クテレ〟を信奉する神殿に連れて来られた。
3人は親に関して一切知らない。
神官たちは決して教え無かったし、彼女たちも聞かなかった。
彼女達と親の繋がりは、
ネスカ、ネスレ、ネスル、彼女らの名前のみだ。
やがて、彼女らが成長するにつれて、
聖女として高い能力を発揮するようなった。
そして9歳の時、モス王朝に最高待遇にて招かれたのだ。
成人してない聖女が騎士と聖女の誓いを行うなど、
常識ではあり得ない事だ。
しかし、彼女たちは成人した他の聖女より
はるかに強い力を持っている。
モス王は彼女たちの成人を待てなかった。
クテレ教がモスの国教とはいえ
神殿と王朝が親密に繋がっている訳でもなく、
政治的な駆け引きや、癒着、派閥、
権力闘争など複雑なバランスで繋がっていた。
機を逃せば他国に持っていかれてしまうかもしれないのだ。
彼女たち神殿で英才教育を受けたが
人を殺す訓練すら受けていた。
彼女らには既に躊躇はない。
「暇だよー!」
紅茶も飲み終わったネスレが椅子に座ったまま、
床につかない足をブラブラさせている。
「落ち着きなさい。紅茶が不味くなるわ。」
優雅に紅茶を堪能しながら、ネスカが
不機嫌そうに言った。
「お姉ちゃん達、ケンカはダメだよ?」
じっとカップを見つめて
紅茶が冷めるのを待っているネスルが、
この後起こるだろう展開に、先手を打って釘を刺す。
ネスルは猫舌だった。
「 二人は暇じゃないのー?」
ネスレはアンニュイ過ぎて怒る気力もないのか、
テーブルに顎を乗せて
二人を、これまた暇そうな表情で見つめる。
「ふう、重症ね。
私はマキシム様と仕事があるわ。」
カップを、物音立てずにソーサーに置いた
ネスカは澄ました顔で答えた。
彼女はデスクワークにおいても、
秘書としても優秀だった。
マキシムは王太子付き近衛騎士団の団長として
当然デスクワークも忙しい。
副官もいるが、
マキシムにとって真の副官はネスカだった。
ネスカの記憶力の確かさと
情報整理の速さに頼りきっている。
大抵のことはネスカに聞けば済んでしまうし、
書類も彼女に手伝ってもらうと
整理、分類、関連付けが的確で捗るのだ。
デスクワークが苦手なマキシムにとって
これほど心強い副官はいなかった。
「いくら暇でも書類見るのはやだなー。眠くなる。」
「処置なしね。」
紅茶を飲み終えたネスカは席からフワリと降りた。
魔法(風の力)を使って優雅に降りる。
彼女達は年齢平均より背は低い方で3人とも同じ身長。
性格は3者3様だが、
外見は見分けが難しいくらいそっくりだった。
見分けてもらうために、
色違いのカチューシャをしている。
青がネスカ、赤がネスレ、緑がネスルだ。
3人とも椅子に座ると足が床につかないが、
大人ぶる3人は 大人用のテーブルを好んだ。
従って椅子は脚が長い特注品になった。
ちなみに 椅子に座る時も
風の力を使ってフワリと浮いて座る。
「ごゆっくり。ネスレ、ネスカ。」
「あーい。」
「お姉ちゃん頑張ってね。」
ネスレの態度の悪さにため息をつきながら
ネスカは部屋から出て行った。
ようやく、ネスルが紅茶を飲み始める。
「ネスルはどうするのー?」
相変わらず顎をテーブルに乗せたまま
ヒラヒラと手をふって姉を見送った
ネスレが気だるそう妹に聞く。
「今日は、コーミと訓練があるよ。」
両手でカップを持ち、紅茶を飲みながら
ネスルが答える。
ネスルのパートナーは近衛騎士コーミ・バイセだ。
「そっかー。」
「ブレン様のお仕事手伝わないの?」
「手伝える訳ないじゃん。
ブレン様、最近は書類と睨めっこしてるんだよ?」
「じゃあ構って貰えないね。」
マキシムが忙しい以上に今、王太子は忙しい。
北の件が順調に進み、南征の準備が佳境であった。
「そうなんだよー 暇だよー。」
と言いつつ、
ネスレが足をブラブラさせていると
扉がノックされた。
「失礼します。」
給仕が入ってきた。
入ってすぐ、入り口で立ち止まると
「ネスル様、バイセ様がお迎えに見えられました。」
「ありがとう。」
ちょうど紅茶を飲み終えたネスルは
給仕に礼をいい、椅子を降りた。
「コーミが来たからから行くね。」
「あーい。」
姉の時と同じ対応をするネスレ。
1人になったネスレは、
「はぁ。いよいよもって暇だー。」
と大声をだした。
その瞬間、彼女は閃いてしまった。
「そーだ! にひひ!」
急にご機嫌になったネスレは、嬉しそうに部屋を出て行った。
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モス国の王太子 ゴール・ラーソリュブ・ブレンは
執務室で大量の書類に目を通しながら
秘書官に指示を出していたが、
「一息入れよう。」
と休憩の指示をだした。
早朝から忙しく、
既に10時近いが朝食もまだだった。
ここのところ 南征の準備にかまけて
ネスレの相手をしていないなと思った時、
扉がノックされた。
秘書官が扉に向かい、
扉の向こうの相手の要件を聞く。
聞いた瞬間、慌てた表情になったのが見えた。
「どうしたのかな?」
秘書官が早歩きで近づいてきて小声で報告する。
「ネスレ様の姿が朝食後から見えません。」
ネスレが王宮から居なくなった。
ネスレならあり得るなと王太子ブレンは思った。
ブレンは目を閉じ少し集中する。
すると、少しだけ彼女の見ている景色が見えた。
なるほど、ネスレは王宮を抜けだした様だ。
契約を結んだ騎士と聖女は繋がっている。
巨像騎士を顕現する際、
聖女は騎士の意識にアクセスし、
自らの体となった巨像の体とリンクさせる。
その際、騎士は聖女とつながる感覚が解るという。
今、ブレンは逆のことを行った。
聖女につながる時の感覚を思い出し、
自ら聖女にアクセスしたのだ。
果たして試みは成功し、
一瞬ではあるがネスレの見ている景色が見えた。
首都バーキンで一番の市場を散策中の様だ。
目を開けたブレンは慌てることもなく、
秘書官に告げる。
「大丈夫だよ。彼女にはお願いしていたことがあってね。
それをやってくれたんだろう。」
「詳しく内容をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「なに、王宮を抜け出してみせて欲しいとお願いしたのさ。」
もちろん嘘である。
ブレンは、我ながら苦しいと思いつつも話を続ける。
「王宮の警備は万全と思うかい?」
「もちろんです。」
「でもネスレは抜け出したよ?」
「それは…」
秘書官は言葉を詰まらせた。
ネスカ、ネスレ、ネスルの3人は風の神殿の巫女だ。
つまり神の力を使うことができる。
神や精霊の力の行使は厳密には魔法とは異なるが、
魔力を消費するところから、広義では魔法と考えられている。
ちなみに本来の魔法は、
呪文や、術式をシンボル化した魔法陣などを介して
魔力を直接現象に変換する術のことである。
しかし、王宮では 魔法を使った暗殺を防ぐ為、
結界や魔法具が死角なく配置されており、
3人が高い魔力で〝魔法〟を使って
姿を消したとしても、
簡単に見つけることができる。
警備に関して魔法対策も万全である筈だ。
「実際に彼女が抜け出して見せた以上、
警備に穴があるという事だね。
それを彼女に探してもらったのさ。」
「成る程、理解致しました。納得はできませんが。
それでネスレ様のお迎えは如何致します?」
秘書官のふてぶてしさに苦笑するブレン。
「んーそうだな。
彼女は先程、私に迎えに来る様
わざとイメージを見せたみたいだし、
期待に応えるのもパートナーの勤めだろうね。」
「殿下!それはいけません。」
先ほどのふてぶてしさも吹き飛び、慌てる秘書官。
「何、君が黙っていれば済む事さ。
私はずっとここに居る。そうだろう?」
「殿下も困ったお方です。致し方ありません。
お早いお戻りをお願いします。
特にマキシム様に知られたら…」
「あー。そうだね。 聖女様達は繋がっているから、
彼女達の不思議な力でネスカがマキシムに伝えるかもね。」
「殿下!」
泣きそうな顔の秘書官に
「君の腕の見せ所だよ。」
と笑いながらブレンは部屋を出て行った。
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ネスレは王宮を抜け出し、市場を歩いていた。
市場は活気があった。
見たこともない様な食べ物、衣装、道具、装飾品などなど、
物珍しさにキョロキョロしながら歩くネスレ。
「抜道を見つけたのは良いけど、
北での戦争に駆り出されて忘れてたんだよねー。」
抜け出すのは実は簡単だった。
彼女は風の神の巫女であり聖女だ。
この世界で神や精霊と交信できる者を巫女と呼び、
巫女の中でも神や精霊の似姿を顕現できる者を聖女と呼ぶ。
世界でトップクラスの実力をもつネスレだが、
実は大層な事はせずに抜道を発見していた。
以前も退屈のあまり、
風の流れを読み、王宮よりの脱出を試みた。
その際見つけた抜け道を通って来ただけだ。
それは 王族のみ知る緊急の脱出路で、
ブレンもたまに使っている。
「ブレン様来るかな?来てくれるなら
もっと可愛い服にしておけばよかった。」
独り言をつぶやくネスレ。
今日の彼女の服装は、彼女のお気に入りではなかった。
先程、一瞬だがブレンの気配を感じた時、
拒絶もできたが、あえてアクセスを許した。
最近ブレンとまともに会話もしていない。
迎えにきて、構って欲しかった。
『恋人をほっておくなんて!
もう知らないんだからね!』
というメッセージでもあった。
市場は賑わっている。
賑わっているが、思ったより楽しくなかった。
特にブレンからのアクセスがあって以降は
市場の珍しさなんてどうでも良くなった。
〝ブレンに会いたい!〟
ネスレの中で、
占める思いはそれだけになってしまった。
「帰ろうかな。」
と呟いた時、
「お嬢さん迷子かな?」
と背後から声をかける男がいた。
面倒だな、でも変な手合いだったら
憂さ晴らしにちょうどいい。
ギッタンギッタンにしちゃおうと思いつつ
振り返った。
「ナンパお断りだよー!」
と言ってみたものの
声をかけてきた男は女を連れていた。
瞬間、ネスレは一気に緊張した。
ゾッとしたのだ。
それはネスレの生存本能からの警告だった。
<何! 敵? だとしたら手強い!
良く考えれば、声を掛けてきたこと自体がおかしい。
気配を消しているはずなのに。>
一般人でネスレに気づくものはいないはずだった。
改めて2人を観察するネスレ。
男は軽薄な笑みを浮かべており、
糸目で丸メガネをかけている。
髪はグレーでロングストレート。
腰まで伸びた髪を束ねている。
服装もワイシャツにジャケットだが
カジュアルなものだ。
女性の方は赤髪のショートヘア、
気が強そうな吊り目で瞳も赤い。
シャツにジャンパー、ロングパンツだ。
背が男よりも高い。
男が170cmくらいで女は180cmはあるだろう。
一見すると、一般人に見える二人だが、
ネスレには二人が何度も死線をくぐり抜けてきた
猛者であると感じられた。
恐らく2人は騎士と聖女だ。
女からは〝大いなる何か〟と繋がっている感じがする。
「おいおい! 警戒しないでくれ。
お嬢さんみたいな美人さんがそんな表情するもんじゃない。」
あからさまに警戒心を露わにするネスレに
男が軽い感じで話しかける。
「やっぱナンパじゃん!」
ジト目になるネスレ。
「いやいや、心配だから声を掛けただけ。
一応こっちも愛しい恋人つれてんだからさ、ナンパなわけないでしょ。」
「誰が恋人だって?」
とたんに不機嫌な表情を浮かべる女性。
「んー 迷子じゃないから大丈夫。
一人でも平気だし、構わないでほしいなー。
私が強いのわかるでしょ?」
ネスレは挑発する様にとニヤリと笑う。
「いやいや。敵対する気はないない。
美しいお嬢さんを怒らせる気もないない。」
と焦った様子で両手を上げるが、
その表情は嘘くさい。
「敵対する気ないなら。あっちにいってよ。」
「いやいや、敵対する気はないけどさ
用はあるんだな、これが。」
身構えるネスレ。
「さっきから、いやいや、いやいやって
イヤなのはこっちなんだけど。」
「いやいや、って うん 口癖なんだこれ。」
「ククク……あーはっはっは!」
突然腹を抱えて笑いだす女。
ネスレの言葉がツボにはまったようだ。
「何、この女。 」
女の笑いによって好戦的な気分に水を刺され、
すっかり気分が台無しになったネスレ。
「ククク、悪い。
警戒するなと言う方が無理だね。 ククク。」
まだ笑いが治らない様だ。
「笑いすぎだって。」
憮然とする男。
「結局何の用?」
ネスレは興味なさげに聞く。
「では、ごほん! お嬢さん!
俺はレイト。こっちはライザ。
お嬢さんが強い力を持っているは判っている。
もし お嬢さんがフリーなら
我々プリズン傭兵団に入らないか?」
「何故かはわからないけど、嫌な響きだからお断り。
入ったらもう出てこれない気がするし。」
「なんか酷い言われ様だけど。結構有名なんだぜ? 」
「んー。 フリーじゃないから無理。」
「そこを、な」
「そうか。それは悪かった邪魔したね。」
笑いの治った女、ライザがレイトの言葉を遮って
ネスレに謝った。
「おい、ライザ!」
「無駄無駄、この子は無理さ!
しつこい男は嫌われるよ。それに。」
言葉を止めたライザの様子に
レイトも気づく
「ああ。そうだな。これは退散した方がいいか。」
「もういいかな? じゃあねバイバイ。」
戦うのでなければ2人に興味など無い。
ネスレは手を雑に振って 2人の前を通り過ぎた。
「縁があったら宜しく。」
ネスレはレイトの言葉を無視した。
ネスレが去っていき、視界から消えたところで
ライザがレイトに話しかけた。
「あまりヤバイ奴に声掛けるなよ。」
「すまん。 あれが噂の風の神殿の秘蔵っ子か。」
「3つ子のどれかだろうね。」
「こんなところで捕まりたくはないな。」
二人はいつの間にか 彼女の護衛と思われる集団に
遠巻きに囲まれていた。
ネスレが立ち去ったことで
包囲は解かれたのだった。
「いずれは手合わせしてみたいね。」
ライザは好戦的な笑みを浮かべて言った。
「味方になりに来たんだろうが。」
「そうだったね。」
「とはいえ、折角来たが
モスの南征はまだ先だな。」
情報を集めた結果、
ここ数ヶ月内の遠征は無いという結論に達した。
であれば傭兵の彼らがここに居る意味はない。
「どうするつもりだい?」
「そうだなぁ。 いっそ〝連合〟まで足を伸ばしてみるか?」
「あっちもキナ臭さそうだね。」
「よし、まず帝国まで行って情報集めだ。」
「あいよ。」
「着いたばかりで移動じゃアイツら怒るかね?」
「なだめるのはリーダーの仕事さ。頼んだよ!」
ライザはバン!とレイトの背中を叩いた。
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ネスレは2人から解放され、また市場を歩く。
やがてネスレも自分が尾行されていることに気づいた。
立ち止まる。
<バレちゃったか。 帰ったら怒られちゃうかな?>
さして心配していない感じで
どうしようか考えいると、
心待ちにしていた声が後ろからかけられた。
「ネスレ。今日はどこに行くんだい?」
ネスレが驚き振り返ると 王太子がそこ居た。
「ブレン様!」
王太子ゴール・ラーソリュブ・ブレンは
口に人差指をあてて、
「シー! ここでその名は止めて欲しいな。
それに二人きりの時はゴールと呼んで欲しいと
お願いしたよ。」
「そうだった。ゴメンねゴール様。」
笑い合う二人。
ゴールはシャツにジャケットと 先ほどのレイトの様な格好だったが、上質で品が良い。
流石に佇まいが一般市民には見えないので
貴族風なコーディネートの様だ。
とはいえ、貴金属などは身につけていない。
「せっかくここまで来たんだ。
デートでもしようか?」
「いいの!? でも後でマキシム様に怒られちゃうよ?」
「その時はその時さ。僕だって
本当はネスレとのんびりしたいよ。」
「ゴール様…」
柄にもなく、ゴールの心境を察してか
言葉を詰まらせたネスレの手を取ったゴール。
ゴールは王太子として振る舞う時の一人称は〝私〟だが、
私人としての一人称は〝僕〟だ。
そして 「僕」とゴールが言うのを聞けるのは
ネスレだけだった。
「さあ、護衛がいるから2人きりとはいかないが、
今日は楽しもう。」
「うん! ゴール様!」
二人は手を繋いで歩き出した。
一方、ゴールの執務室前にて。
秘書官は王太子に会いたいと言うマキシムの申し出を
必死に食い止めていたという。
26話了




