四十六話 『ヒロインを賭けて決闘しようぜ!』
――ギュっ。
「マリカちゃんッ!」
「タレム様……ッ!」
タレムの乱入に誰もが我を忘れ、言葉を失う中、マリカを抱きしめたタレムは言う。
「俺、君じゃないとダメなんだ」
二日前、シャルルに激励を受けて、タレムは決めた。
「君を誰にも渡したくない」
マリカを絶対に自分の嫁にすると。
そのためになら、
「俺はすべてを捨てるから。ハーレムなんてもう言わない。君だけを愛すから……っ。俺の妻になってくれ」
「……ぁ」
自分の夢すら捨てる。
「アイリスちゃんとの結婚も、シャルとの関係も、全部、全部、捨てるから……」
「タレム様……」
シャルルは言った、思うがままにしろと。
だから、タレムのすべてを使ってマリカを手に入れる。
例え、シャルルと結婚出来なくなっても、タレムはマリカを選ぶことにした。
それが、タレムの本心だからだ。
「『だから、俺と結婚しよう。例え、すべてを失うとしても』……さ」
「――ッ!」
偶然にも、その言葉はかつて、マリカの母、マリアが、政略結婚直前に言われた言葉であった。
だからか、タレムの肩越しに、マリアの姿が映る。
母は、式が始まる前に言っていた。
『貴女はもし、王子様が現れたらどうしますか?』
『貴女に全てを捨てる覚悟はありますか?』
そして、今再び、マリアは口を開いた。
「(貴女の王子様と何処までも堕ちる事を選べますか?)」
口パクで言われた言葉だが、マリカにはハッキリと聞き取る事が出来ていた。
……どうするか?
「マリカちゃん……」
タレムも、マリカの答えを待っている。
ここまでして、マリカが本気で嫌ならば、
……マリカを諦める。
当然、その覚悟も決めていた。
コレは、タレムにとって、マリカを手に入れる最後の賭けの様なモノなのだ。
「……っ」
沈黙は、マリカだけではなく、会場にいる全ての人間で起こった。
誰もが、マリカの答えを待っている。
……聞いている。
「わたし――」
しかし、マリカが口を開こうとしたその時。
「そこまでです。マリカさんから離れなさい! 花嫁泥棒は今時、流行りませんよ!」
ウィルム・ドラクレアが割って入った。
そして、右腕を横に薙ぎ払う。
すると、突風が起こり、竜巻となってタレムだけを吹き飛ばす。
――ブゥゥゥンっ!
大聖堂の壁に背中から衝突し、粉砕。
……身体が減り込む程の強風だ。
帝国帝都で司祭に格上げされた実力は伊達ではない。
騎士で言うならば、千騎士長相当。少し前のリンと同じ土俵の人間である。
しかも、帝国三強魔法と言われる、三大公爵の血筋、グレイシス家の炎魔法。クラネット家の氷魔法に並ぶ、
「ぐぅっ! ドラクレアの風魔法……か」
吐血し、壁から這い出すと、
「ふっ……イケメンなのに、余裕がないな! ウィルム・ドラクレア!! 神に仕える司祭様が不意討ちとは卑怯じゃないか?」
「大切な物にうじ虫が湧いているのを見れば、余裕くらいなくなります(そもそも、遅れてきて、花嫁を奪おうとする人に言われる筋合いもないですが)」
「じゃあ、大切な妻を汚物で汚された俺は、怒り狂っても良いよな?」
立ち上がり、ウィルムを睨みつけた。
ウィルムもタレムをうじ虫と罵るが、タレムもタレムで、ウィルムの事は嫌いなのだ。
その理由は言うまでもないだろう。
(マリカちゃんのファーストキスを奪いやがって! 羨ましい!)
「大体な、てめぇ如きに、マリカちゃんは勿体ない、役不足なんだよ!」
「フフ、それは君に、ふっ。言えることだと思いますよ? うじ虫くん」
わざわざタレムの顔とマリカの顔を交互に見ながらウィルムは言う。
「このッ! 何も知らないで、マリカちゃんはなぁ! 洗濯物を少し貯めるだけで怒ったり、ちょっと他の女の子と話すだけで殺しに来たり、そのくせ夜は必要以上に甘えて来たり、全く知らない人の為にお金を使って破産したり! 超級に面倒臭い女なんだよ!」
「それくらい、マリカさんの美しさがあれば受け入れられる範疇です。知りませんか? 美しい物には針があるんですよ?」
向かい合う両雄の間で、
「(うじ虫……面倒臭い女っ!!)」
マリカの視線が行き来する。
「マリカちゃんを、物扱いするんじゃねー!」
「マリカさんの美しさをあなた如きが、一片足りとも汚さないで欲しいものですね」
――ギラリ。
二人の視線が火花を散らして激突し、
「マリカさん。いますぐ、あの不愉快なうじ虫を駆除しますね」
「上等だ! この野郎! そこまで言うなら、マリカちゃんを賭けて《決闘》しろ!」
「た、タレム様! 何をッ!」
《決闘》とは、貴族同士が揉めた時、誇りを賭けた一騎討ちの勝負で決めると言うものだ。
決闘で決まった結果には、法的な拘束力が発生し、従わなければ、爵位剥奪も起こる。
だが、マリカが驚く理由は、《決闘》に負けた貴族が、勝った貴族に殺されるという所にある。
(タレム様が……殺されてしまいますッ!)
「マリカちゃん。もともと、そのつもりで来てるんだ。マリカちゃんの答えを聞いた後、ウィルムから正式に奪う為に、ね?」
「……そんな」
「コレしか、君を奪いかえせないんだ。まあ、順番は逆になっちゃったけどさ。……受けるか? この決闘! ウィルム・ドラクレア!」
騎士の礼装で来たのはそういうこと、タレムの覚悟の現れだ。
「フフフっ。正気ですか? たかだか騎士、しかも《敗北王》とまで言われる貴方が、司祭である私と?」
「怖いのか?」
「安い挑発はやめた方が良いですよ? わたしはアルタイルである君の事を思って……」
「逃げるのか!」
「……っ!」
超特等級騎士剣、宝刀、《シャル・カテーナ》を引き抜いて、金と銀に輝く刃をウィルムに向ける。
アルザリア帝国第一王女、シャルル・アルザリア・シャルロットが騎士になったタレムの為に鍛え直し、贈呈した剣であり、タレムの騎士としての誇りそのものだ。
「ほーう。その剣は?」
「ふっ。俺に勝ったら、コレもやるぜ?」
「……」
王族シャルロット家に代々伝わる宝刀に、ウィルムは瞳を細くして、
「良いでしょう。ただし! 貴方の持つ、全ての財産を賭けなさい」
「そんなっ! ウィルム様っ! お情けを! タレム様は無知なのでございます! お許しを! どうか!」
全ての財産とは、タレムの人権すら、含まれる。
つまり、負ければ、殺されるのはもちろん、ウィルムの奴隷にすらなる可能性があるという事だ。
それを聞いて、
――ニヤリ。
タレムは何処かの金髪王女がするように笑い、
「乗った!」
即答した。
「タレム様っ! ダメでございます! ウィルム様は――」
「マリカちゃん。後生だから、見守ってくれ! コレは必要なことなんだ! 俺の覚悟を示す為に。君を奪う者として相応しく為るために!」
「タレム様……」
マリカの悲痛な制止の声も届かない。
もう、この決闘を止められない。
「君も掛け金を変えても良いですよ? フフフ」
完全にタレムを舐めている言葉だが、それは、帝国学院史上で最悪の記録保持者なのだから当たり前だ。
むしろ、この場で、タレムが勝つと思っている人間がいない。
「俺はマリカちゃんだけで良い!」
「それは殊勝な事で」
「お前の手垢が付いたものなんて! 何一ついらねぇんだよ!」
「……」
……ただし、微笑を浮かべる三人を除いては、
「タレム。せっかくだ。貰っておけ」
「そうっすよ。そんで拙者に貢ぐでござる」
「リン……イグアス」
「拙者はリンじゃないでござる! 鬼丸でござる! というか殿、何時もは名前を呼ばないっすよね? わざとでござるか! 拙者、身ばれは勘弁でござる!」
タレムの勝利を信じて疑わないのは、鬼の仮面の少女リンと、朱い髪の騎士……そして、
「流石は親子ですね。その誇り高い所、あのお方によく似ております。ですが、タレムさん。賢くなる事も大事でございますよ?」
「……」
「お母様まで!? ……どうして止めてくださらないのですか!」
この騒ぎに全く動じず沈黙を貫くアルフリードの隣で、フフフと笑う、聖母マリアだ。
「との~っ! あんまりごねると、剣を対価にしたことを姫に言い付けるでござるよ!」
「……。じゃあ勝ったら、ウィルムの財産全てをもらうよ。 ただし! お前自身はいらない!」
「……何処までも、私に勝つ気でいるとは、舐められたものですね。少々、苛立ちます」
眉間にシワを寄せて、ウィルムも側近から武器を受けとった。
……扇だ。
「捻り潰して差し上げましょう。マリカさん。見ていてくださいね。今、彼の情けない姿を晒しましょう。それで、貴女の心も決まるはずです」
「……っ!」
その言葉から、マリカの心が揺らいでいた事に、ウィルムも気づいていた事が伺える。
「まあ、命は取りませんよ。そうですね。一生、私達夫婦の幸せを見てもらいましょうか。我が家の奴隷としてッ!」
――ぶんッ!
その扇を大きく振って、先程よりも濃密な竜巻を生み出した。
「勝負は、通常通り。先に物理的な一撃を直撃させた方の勝ち、で良いですね」
「言い出したのは俺だ。異論はねぇ~よ」
決闘をお互いに受け入れ、ルールも明確にし、結婚式に集っている数多の貴族達が承認となる。
簡易的だが、貴族としての、誇りと命を賭けた決闘の条件が今、揃った。
「マリカ」
「お兄様……!?」
そこで、イグアスがマリカに金貨を一枚、投げ渡す。
意味は、始まりの合図を出せ、ということだ。
「お前の為の決闘だ。お前がやれ」
「……でも。わたしは」
死人が出る決闘の、タレムを殺してしまうかも知れない闘いの、合図を出すことなど、マリカには出来なかった。
……しかし。
「……好い加減。お前も覚悟を見せろ。お前の信じる男は誰なんだ?」
「……っ」
イグアスにそう言われると、マリカは瞳を閉じて、
「目を開けてろ!」
「……はい!」
……開けて、金貨を真上に高く、放るのであった。(続く)




