九話 『騎士王という王』
金色の少女と仲良く成れたか成れてないのか、タレムには解らなかったが、多少は打ち解けられた事にして、少し踏み込んだ事を聞く。
「ところでさ。君の名前も教えてよ。こんなところで何していたかも含めてね」
不運と悪ふざけと人格が災いし、出会い方を大幅に間違えたタレムだが、元々、それが気になって見に来たのだ。
折角なら、仲良くなっておきたかった。
「ん? 私か……そうだなぁ。シャル……そう、私はシャルだ」
絶対に偽名だ!
と、タレムは思ったが、上級貴族の娘なら、見知らぬ相手に対しての対応として上策。
タレムだって、アルタイルの名を伝えるつもりはない。
お互いに、そこは深く追求しないほうが、付き合い易いのだ。
むしろ、仲良くなるという、タレムの目的にはそっちの方が都合が良かった。
「……で? シャルちゃんは何していたの?」
「シャルでよいぞ? どうせ愛称のような物だと解っておるのであろう?」
「あ、うん。それはそうだけどさ。女の子にはちゃんの方が可愛いでしょ?」
「率直に言って……気持ち悪いから辞めた方がよいぞ?」
「え!?」
遠慮のない言葉だからこそ、強いダメージを受けることもある。
そして、シャルは、衝撃を受けているタレムに構わず、話しを戻してしまう。
「それで、私が何をしているか? だったな。答えは、『羽根を伸ばしに来ている』だ」
シャルはそういいながら、背伸びをして見せる。
セクシーポーズである。
……が、タレムは今だ、衝撃から立ち直っておらず、地面に膝着いて拳を叩き付けていた。
仕方なく、シャルはタレムの肩を触って無理矢理顔を上げさせて、
「こう見えて私はやんごとない立場でな。普段は肩が凝ることをしているのだ」
「へぇ~~」
タレムの返事が適当なのは、シャルの身分が高いであろう事が既に予測できていたからである。
そして、タレムにはシャルの身分の高さは割とどうでも良かった。
何より、親友にアルザリア帝国貴族で一番、身分が高いグレイシス大公爵の令息がいるのだ。
相手が多少、身分が高かろうと気にするタレムではない。
「だからこうして、たまに、暇を見つけては羽根を伸ばしに足を運んでいたのだ」
「で? 泉を見つけたから裸になって遊んでたの? こんな朝早く」
「暑かったのでな。入ったら気持ちいと思ったのだ。むろん、気持ち良かったぞ? タレムも入ってみれば解る」
「それは遠慮するよ」
思いの外、タレムとシャルの会話は弾む。
どうやら二人の相性は抜群のようであった。
新しく出来た友達との新鮮な会話に、タレムは心から愉しんだ。
……貴族にとっては、こういう風に立場を取り払い弁を交わせる相手は貴重なのである。
暫くして、朝霧も薄くなってきた頃合いに、シャルが唐突に話を変えた。
「ところで、そちは何かを悩んでおるのだろう? 最後に話を聞いてやろう。愉しませて貰ったお礼を兼ねてな」
「っ!」
それが、真を突いていたために、タレムの心臓は跳ね上がった。
……想像以上にシャルの瞳は、タレムの本質を見抜いていたのだ。
「ん? なんだ。私では不足か? それとも、私には話せん事か?」
「いや。シャル、聞いてくれ。むしろ、シャルに聞いてほしい。女の子だしね」
「うむ。話すがよい」
シャルは話し上手で聞き上手。
そして、タレムの抱える悩みを真剣に聞いてくれると信じることが出来た。
だから話す。
タレムが誰にも話せなかった悩みの種を。
聴いて貰えなかった夢の話だ。
「シャル。俺はさ……騎士王になりたいんだ」
「ほーう。騎士王とな……それはまた」
「ああ、無謀だけどさ。それくらいしか、俺は俺を満たせないんだ」
「む? つまり、騎士王が目的ではないと?」
「そう」
誰からも、馬鹿にされた夢の話。
誰からも、激怒された夢の話。
「俺は……俺の大好きな人を集めたハーレム作りたいんだ」
それをシャルに話した。
今までは、誰に話してもこれ以上、まともには聞いてくれる人は居なかった。
シャルは?
「……」
無言。
「昨日、真剣に口説いた女の子に、そんなの間違ってるって、おこられちゃったんだ」
「……」
「やっぱり……俺の夢は間違ってるのかな? こんな不純な動機で騎士王は成れないのかな?」
何故か、タレムは決めていた。
シャルが間違ってると言ったなら、騎士は諦めて屋敷に戻り、敷かれたレールの上を歩いて行くと。
「女の子のシャルから聞いて、こういう男は気持ち悪い? どう思うか聴きたい。やっぱり……俺は――」
間違っているのかな?
そう、タレムが続けようとした時。
遂に、シャルが口を開いた。
「そうだな。そちは間違ってるぞ」
「そ、そうだよね。ま、だいたいはそんな気がしてたんだ」
クラリスに、アイリスに、マリカに、散々言われて解っていたこと。
だから、もう諦める。
それでも、タレムの心にはぽっかりと大きな穴が開いた気がした。
――だが。
「ふっ。確かにそちは『騎士』の器ではないな」
「解ってる。俺は家の権力争いに消費される道具にしかなれない――」
「たわけ! 違うわ。そちは『王』の器なのだ」
「……は? 王?」
にやりとほくそ笑むシャルの笑顔に、タレムは、血が沸騰するのを感じていた。
そんなタレムにシャルは、頷いて、
「タレムよ。古来。帝国が一界の騎士にすぎないアルフレッド・グレイシスを、何故、騎士王と呼んだか解るか?」
「……え? それは騎士で一番強かったから」
「たわけ。そんなことで、血道を切り開いた覇王が、王の名を与えるものか!」
「――ッ!」
「初代帝国王がアルフレッドを騎士王と呼んだのは、単純にアルフレッドが、覇王と同格の王であったからなのだ!」
タレムの身体に電撃が駆け巡る。
曇っていた道が、晴れて行くのが解る。
「そちの言葉を誰もが夢物語と笑うのなら、笑わせておけばよい。所詮、そやつらは、凡百の凡人に過ぎぬのだ。そちを理解出来るのは、そちと同じ王の器を持つものか、そちの騎士になる者のみなのだからな!」
「じゃあ、じゃあ! シャルは、俺の夢。ハーレムについて嫌悪感はないの? 間違ってるって、言わないの?」
「ふんっ。当然だ。王の寵愛に間違いなどないわ! 心満ちるまで美后を囲い! 精根果てるまで好きな女御を抱くがよい! 別に、一方的に冒涜するつもりはないのであろう?」
「うん! イチャイチャしたい!」
「うむ! ならば――」
シャルの言葉にタレムの心がかつてないほど高潮している。
その時、
ざざっ!
シャルがタレムを指差して、その指を、帝国国王が住む王宮に向けた。
そして、
「この、シャルがそちが正しい証明となる! タレムよ! ハーレムを作りたければ! 王となれ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」
タレムはこの瞬間、しっかりと夢を捉えたのであった。