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四十五話 『ヒーロは遅れてやってくる?』

 花道をマリカはゆっくりと歩いていく……

 その脇を盛大な拍手で迎えるのは、聖教科で共に学んだ友人達や、帝国貴族の有権者たち、ドラクレア公爵の縁者から、グレイシス家の兄や父たち。


(みんな……わたしの結婚を喜んでくれています。……兄様は来てくれませんでしたか)


 大公爵同士の結婚式は、三ヶ月前のアークス二千騎士長叙任式と同じく、貴族としても重要な場となっている、帝都にいる半数の貴族たちがマリカとウィルムの結婚を祝っているのだ。

 そんな中、ここにいないイグアスや、残り半数の貴族たちは、タレムとアイリスの結婚式に出席している。

 既にこの時点で、アルタイルとクラネット、ドラクレアとグレイシス、どちらに付くかの権力抗争は始まっているのだ。

 ……まさか、アルタイルが一人勝ちの策略を用意しているとも知らずに、で、あるのだが……


「マリカさん。とても綺麗ですよ?」


 レッドカーペットの花道を歩き終えた花嫁マリカに、花婿ウィルムの言葉。


「ふふ、ありがとうございます」


 それに、笑顔で優雅にお辞儀したマリカは、ウィルムの右腕に掴まって並び立った。

 聖書の中から出てきた女神の様な美しさを放つウエディングドレス姿のマリカと、帝国随一の貴公子と言われるレオタード姿のウィルムが、並ぶ姿は……


『おおっ。神々しや』

『正に、美男美女』


 参列者達が涌き立ち、そんな言葉が何処からともなく呟かれる。

 美しいマリカに美しいウィルム、誰がどう見てもお似合いの二人。


 そんな賑やかな空気の中、式は進んで行く。

 マリカも幸せそうに微笑み続けていたが、ふと、ウィルムは気付いた。


「マリカさん。どうしましたか? 入口の扉に何か?」


 マリカが忙しなく、大聖堂の大扉に視線を向けていることに。

 ……集中力が欠けている。


「え? いえ、なんでもございませんよ? ふふ……」

「……」


 何もなかったように変わらない微笑みで答えるマリカだが……


 ――ぽろり……。


「あれ……?」


 その瞳から雫がこぼれ落ちた。


「マリカさん! どうしましたか?」

「……い、いえ」


 ハンカチを取り出したウィルムがマリカの涙を拭き取る。


(お優しい方……でございます。タレム様だったら慌てるだけでしょうに……はっ)


 何故か、ウィルムとタレムを比べていた。


『自分に嘘をつくのは辛くのは辛いことでございますよ?』

『貴女はもし、王子様が現れたらどうしますか?』


 そして、母が最後に欠けた言葉が頭を過ぎる。


(お母様があんなことをおっしゃるから……)


「マリカさん? どうしましたか? 気分が悪いのなら――」

「いえ。ウィルム様と結婚出来るのが嬉しくて……涙が出てしまうだけですので」


 そう言ったマリカの涙は更に多く溢れ出す。


(わたしは幸せなのでございます! コレは嬉し涙なのでございます)


 自分に言い聞かせるように、


「わたしはウィルム様と結婚出来て幸せ者でございます……」


 マリカはそうつぶやいた。

 それに、


「マリカさんっ! 必ず! 必ず、幸せします」


 ウィルムが嬉しそうに気合いを入れてマリカの肩を掴む。

 そんな時、この結婚式の司会を務める神父がマリカとウィルムの前に立つ。

 そして、


「それでは、皆様。御起立ください。これから二人に婚約して貰います」


 そう呟いた。


(ついに……)


 ……ついに、この瞬間が来たのだ。

 参列達が立ち上がり、神父が続ける。


「この結婚に異議のある方はいらっしゃいますか? いなければ、今後、如何なる異議も認めません」

「「「……」」」


 ここだ。ここで!


 ――ドクン。ドクン。ドクン。


 心臓の激しく鳴る音を聞きながら、マリカは再び大扉を見た……見た……

 ……が。


「ないようですので、お座りください」


 マリカが期待するような事は起こらなかった。


(わたしは……何を? あのお方が来る訳が……っ。来ないようにしたのではございませんか!)


 表情を消し瞳を閉じ、心音を落ち着かせていく。


(そう。これで良い。わたしはウィルム様と結婚して夢を叶えます。それが一番、幸せなのでございますから)


「ウィルム・ドラクレア様。あなたはこの女性を、健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しい時も、良い時も、悪い時も、愛し合い、うやまい、なぐさめ、助け、変わることなく愛することを誓いますか?」


 神父の言葉。


「誓います」


 ウィルムの返事。

 そして、


「マリカ・グレイシス様。あなたはこの男性を、健やかなる時も、病める時も、富める時、貧しい時も、良い時も、悪い時も、愛し合い、うやまい、慰め、助け、変わることなく愛することを誓いますか?」

「……っ」


 ぽろぽろと、マリカの瞳から、止まらない雫が流れ落ちる。

 

 ――ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。


 心音も涙も、止まらない。……止まらない。


(わたしは……わたしは……夢を……叶えて……幸せに……)


「……誓いますか?」

「……はい」


 震える唇を噛んで、答えたマリカの肩をウィルムが誇らしそうにそっと抱く。

 ……心地が悪くて仕方がない。


(おかしいな……タレム様に抱かれた時は……あんなに心地好かったのに……)


 それで、マリカは少しだけ、納得した。


(ああっ。わたしの夢は、かっこいい王子様と結婚することでも、愛され続ける事でもなかったんだ)


「あなた方は自分自身をお互いに捧げますか?」

「「はい。捧げます」」


(ただ……隣に、タレム様に居て欲しかっただけだった……タレム様に愛して貰いたい。それだけだった……)


 己の本当の気持ちに気付いて旁惰するも時は既に遅い。


(助けて貰えば良かった。あんなこと言わなければ良かった)


「では、誓いのキスを」


 もう、誰もこの結婚式は止められない。

 何かも遅いのだ。


「マリカさん。そんなに……ありがとう」


 嬉し涙だと信じているウィルムが、マリカのベールを持ち上げて……


 ――ちゅっ。


 口づけをした。

 ……されてしまった。


(ああ……終わった。わたしの夢)


 ここに来て、辛いと言った母がどんな気持ちだったのか、ようやくマリカにも理解できた。

 ……気持ち悪い。辛い。辛い。辛い。辛過ぎて涙すら枯れる。


 でも、それで家のためになると思うと、少しだけ気は晴れる。

 ウィルムに身を任せ、呆然と視線を外した先に、母の姿があった。

 父の腕に抱かれているマリアはニコニコと微笑みながら、視線をマリカと大扉で行き来させている。


(……扉?)


 この大一番だと言うのに、母の奇行を不思議に思って、マリカも視線を向けると……


 ――ドバァアアン!


 大聖堂の重い大扉が勢い良く蹴破られた。

 そして、ヒーロは現れる。


「その結婚、ちょっと待ったあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!」

「……ッ!」


 騎士の礼装を纏った銀髪銀眼の少年、


「異議あり! 俺がめっちゃっくっちゃ! 異議がある!!」


 タレム・アルタイルである。

 そして、


「殿ー。これ、おそかったんじゃないっすか? キスしてるでござるよ? キス!」

「あ、あれ? あれれ? 間一髪間に合う感じじゃないの?」

「そういえば、前も姫が散々、暴行された後に来てたっすよね? 殿はいつも遅いでござるな♪」

「ど、ど、ど、ど、と、うしよう!?」


 その後ろから、鬼仮面の少女と、


「タレム。良いから、さっさと花嫁強奪してこい。逃げられなくなるぞ!」


 赤い髪と瞳の少年もいる。

 三人とも疲弊しボロボロだ。


「……っ!」


 そんな三人を、いや、タレムを見たマリカは、


「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!」


 絶叫し、口づけを交わしていたウィルムを突き飛ばす。

 ……身体が反射的に動いてしまったのだ。


「十分!」


 そんな悲鳴を聞いた銀髪の少年はニヤリと笑って呟いて、

 一瞬後には、結婚式に集まった歴戦の騎士達が警戒するど真ん中を駆け抜けて、マリカの肩を抱きしめていた。


「「「――っ!」」」


 誰もが、タレムの姿を目で追うこすら出来なかった。

 マリカすらも、抱かれてからタレムだと気づく。


「タレム……様っ」


 ウィルムに抱かれた時とは違い心地好く、自らもぎゅっと抱きしめると、枯れた涙も再びこぼれ落ちる。


「っ! ちっ。てめぇら! 俺の未来の花嫁(ハーレム)を、泣かせてんじゃね~よ!」


 そんな中、タレムは会場にいるすべての人間に向かって叫んだのであった。(続く)

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