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四十三話 『夜明けは必ず訪れる』

 満月が真上に輝き、雪が強く降り出しても、タレムは馬小屋の前で膝を付いていた。


(分かってる)


 涙はもう枯れ果てた。

 しかし、身体に力が入らない。


(……このままじゃダメだ。マリカちゃんと結婚出来なくたって、俺の人生は続いていく。まだ、逆転のチャンスだってあるかもしれない)


 力が入らないのは、背中に積もった雪のせい……と思いたい。

 重くて重くて、立ち上がれないだけなんだと……思いたい。


(マリカちゃんがウィルムと結婚したとしても奪い返せば良い。純潔じゃなくたって、ウィルムに抱かれたって、俺の気持ちは変わらない! ……変わらない……筈なのに……)


 ……このまま、死んでしまいたい。

 そう、思っていた。


(騎士王も、ハーレムも、アイリスちゃんとの結婚もッ! どうでもいい……)


 マリカ・グレイシス。

 彼女が、ウィルムと仲睦まじく幸せな結婚生活を送るんだと思うと、腹腸が煮え繰り返る。

 ……その気持ちは、コルネリアがタレムに向けていたものと同じなのだろう。

 大切な者を、愛している者を、奪われる。と、いう憎悪は理性で抑えられるものではない。

 例え、その気持ちがただの逆恨みで、被害妄想だとしても……


(そ……っか。奥様は……マリカちゃんは……こんな気持ちだったのか)


 ……マリカを自分だけのモノにしたい。


 今更ながら、唯一の妻にして欲しがったマリカの気持ちも、タレムは理解する事が出来た。

 ……出来てしまった。

 ハーレムを、自分の夢を、もう……誇れない。

 だから、立つことが出来ないのだ。


(もう……全部、終わりで良いや。このまま、雪に埋もれて……死んで……良いや)


 ……それが、タレムから生きる意味すら奪い去る。

 そんな時であった。


 ――ガサッガサッ。


 と言う、足音と共に、ヒマワリの様な爽やか香が漂ったのは。

 そして、


「フッ。ここがそちの暮らしていた城なのか。中々に……味がある場所だな」


 高貴で貴賓のある声が響く、


「――ッ!」


 その声を聞いたタレムは自然と顔を上げていた。

 そこに居たのは……


「フフフっ。どうした? 過去の女でも見るような顔して? そんなに私が珍しいかの?」

「シャル……っ!」

 

 アルザリア帝国で最も尊貴な金髪金眼の美少女、シャルル・アルザリア・シャルロットであった。

 

「ここは帝都だぞ? 王女がいて何か問題でもあるかえな?」

「シャル……っ!」


 シャルルは微笑みを浮かべて、落ち着いた様子で腕を拡げているが……その格好は白いレースの寝巻姿。

 しかも、肩で息をしているのを隠せていない。

 ……急いで来てくれたのだろう。


「というか、そち! 帰ってきたなら、まず、私に会いに来るのが礼儀であろう!」

「……シャル」

「全く……あまり彼女を蔑ろにするものではないぞ?」


 シャルルは、ニヤニヤとしながらも、ぷくりと頬を膨らまる器用な芸を見せながら、澄まし顔でちょいちょいと拡げた指先を動かしている。


「シャル……俺……シャルッ!」

「ム……っ」


 そんなシャルルの姿を見ると、枯れた筈の涙がまた、溢れ出す。


「どうして? こんな……タイミングで……こんな時間に……」

「……ムム」


 いつもだ。

 いつもシャルルは、タレムが落ち込んだ時に現れて、天啓を与えてくれる。

 その姿を見るだけで、タレムの心は救われ……


「どうして――」

「喧しいわぁあああ――ッ! プリンセス・クロスチョォオオーープっッ!」

「ぐふぅ!?」


 ……ず、シャルルの得意技、王女秘伝、交差手刀打ちがクリティカルヒットしたのであった。


「な、……なぜに?」

「なぜにも、ナニにもないわ! 一にも二にも、先ずは!! 私を優しく強く激しく! 抱きしめるのが先だろう! 何か? 私と別れたいということなのか!? 過去の女に興味はないと言いたいか! 見そこなったぞ! 違うと言うなら、早く抱け! 早く!」

「い……いや、でも、今、俺、そんな気分じゃ――」

「プリンセス……」

「あわわわっ!」


 ――ぎゅぅっっ。


 いままで動く力も無かったが、タレムは慌てて起き上がり、雪も払わずシャルルを抱きしめた。

 ……暖かく。柔らかい。全身に気力が巡っていく。


「凄い。元気になる。シャルの体温が……温かくて熱くて。……ハッ、シャル……寒くない?」

「どうでもよい。そんなことより……接吻は?」


 シャルルとタレムが交際する上で、一日一回、必ず最初に、抱擁と接吻を交わす、出来なければ、破局。

 それが、二人で決めたルールであった。

 ……それをタレムが忘れていたから、シャルルは怒ったのだ。


「……それは、まだ」


 しかし、順位戦でアイリスに唇を文字通り、咀嚼されてから、トラウマとなりキスは出来ない。


「ムムム」

「……ゴメン」

「…………むぅ。……よい」

「全然、良くなさそうだけど!?」

「……よい。私はそちが好きだからな、困らせたくない。出来ないことをしろとは言わんさ」

「――っ!」


 そこで突然、シャルルは穏やかな声になり、優しい手つきでタレムの肩と頭にかかる雪を払ってから、


「その代わり、暫く、このままでよいかえ?」


 強く、タレムを抱きしめた。


「うん……大……歓迎だよ」

「ふふ、久しぶりのそちだ。ダメと言っても離さんがの」

「シャル……」


 シャルルを抱いていると、シャルルに抱き着かれていると、タレムの心は落ち着いていく……

 だからこそ……マリカの事が心に引っ掛かる。

 

(それでも今は、シャルに癒されたい。そうすれば……)


「スマンの……」

「ん?」

「急だったから、そんなに時間はない。このまま、話すぞ?」


 ……何を?

 と、タレムが聞き返す時間も与えず、


「そちの大体の状況は知っておる」

「――ッ!」


 シャルルは、いきなりタレムの核心を突いたのであった。

 そして、


「だが、私からそちに言う事は一つ」

「一つ……だけ?」

「うむ……時間がないのでな」


 シャルルは王女。忙しいは分かるが、タレムは色々な事をシャルルに相談したかった。

 ……一つだけでは全然、足りない。


(でも、折角、シャルルが伝えてくれる言葉、聞かないと)


「何? ……俺は、どうしたら――」

「『王の寵愛に間違いなどない』」

「――ッ!」

「……フッ。そして、私はそちが大好きだ、と言うことだ。……あ、二つになってしまったな」


 王の寵愛に間違いなどない。その言葉は、以前にもタレムがマリカにフラれて落ち込んでいた時に言われた言葉であった。

 そこに秘められた意味は、今も昔も一つだけ……


「タレム。そちはそちのやりたいようにやればよい」

「……」


 その言葉は、マリカにも、アイリスにも、ユリウスにも、言えない、タレムの理解者であるシャルルだけが言える言葉だった。


「何があろうと、私は必ず、そちの妻になる」

「……」


 ハーレムを作りたい。

 騎士王になりたい。

 でも、マリカを奪われたくない。


 ……それが本心。なら、

 ――笑いたい奴には笑わせておけば良い。


 全てを失うのだ。

 既に答えはだされた筈だ。

 馬鹿でも、分かる選択だ。


 ……普通ならそうなのだろう、でも!

 ――誰が理解出来なくても、シャルルだけは理解してくれる。


「それでは不満か?」

「……充分だよ。シャル」


 ぎゅっとシャルルを抱きしめて、そう言ったタレムの瞳が一瞬前とは変わっていた。

 そんなタレムをしっかりと見つめて、


「ならばゆけ。そちが思うがままに、な?」

「うん。行く」


 シャルルはタレムの背中を押したのであった。


「……シャル。大好きだよ。心から今すぐ結婚したい!」

「ふん。言っただろうに、私はそちのゴールでよい」

「ゴールインしたいなって意味だよ」

「ならば、はやくせんか。待ちくたびれて、よぼよぼになってしまうわ」

「そうはさせないよ!」


 そうして、タレムが力強い足取りで、走って行った。

 ――で、タレムがいなくなった後、


「この役。私でよかったのかの? リン」

「拙者には、落ち込んだ殿をあんなふうに元気づけることも、黙って見ていることも出来ないので」

「ふっ……。十分。リンは良い嫁になると思うぞ? タレムを支えてやってくれ」

「恐悦(なり)


 シャルルは影に隠れていた忍びと語る。

 ここに、あのタイミングで、シャルルが登場出来たのは、全て、この忍びの知らせがあったから、


「でも、姫も焦りすぎて、寝巻っすよ? 良い女御。で、ござるな?」

「ムムムっ!?」

「さてさて、殿はどうするでござるかな?」


 忍びがそう呟くと、シャルルは朝明けの光を眠そうに眺めながら、


「決まっておろう……」


 間違いないと、予想を口にするのであった……。

プロローグへGO!!

……行かなくても良いけど

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