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四十一話 『掴める夢』

 ……父の信頼は嬉しい。

 だが、それでもタレムは……


(俺は……マリカちゃんと結婚したいんだ!)


「うふふん。ねぇ? おじ様。それ、本気で言ってるの?」


 そんなことを思うタレムを差し置いて、ユリウスの膝で寛いでいたアイリスが、スーッと細く瞳を開けながら呟いた。

 それに、


「ああ。二言はない」

「クラネットである私の前で? そんな赤裸々に語って裏がないと信じると思う?」

「ふっ。タレムの妻、の前で、だ」

「……」

「……」


 沈黙し、火花を散らすが如く、アイリスとユリウスが睨み合い、


「ふふふ♪ ……そう」


 数秒の後、アイリスが、今日、初めて心底楽しそうに鼻を鳴らして飛び起きた。

 そのまま、ユリウスの首に腕を回し絡み付く、


「昔から思っていたけど、おじ様って、ステキね♪ 私、タレムなんかよりも、おじ様と結婚したいわ」

「……」


 甘く息を吹きかけ、瞳を輝かせる。

 今まで、面倒臭そうにしていたのが嘘のようだ。


「アダムも、アルフリードも、ウィルムも、みーんな。無能だけれど、おじ様は有能よ。私に褒められて嬉しいでしょ?」

「……」

「ワ・タ・シ♪ 昔から、おじ様だけは好きだったのよ? うふふ」


 どこか声も高くなり、ユリウスの耳元に息を吹きかける。

 コルネリアがいたら発狂しただろう。


「聞こえてる。聞こえてるよ! アイリスちゃん。仮にも、三日後、結婚するかもって相手の目の前で、父親を口説かないでよ!」

「……ふふ、そんなに妬かないの。旦那様」

「旦那様!?」


 アイリスは、するりとユリウスから離れると、テーブルを越えて向かいのタレムに身を寄せた。

 ユリウスにしたのと同じように、膝に乗り、腕を絡めて、甘く息を吹きかける。


(な、なんだ? 急に? 俺の知っているアイリスちゃんは、こんなに愛想がよくて、可愛い女の子じゃないぞ?)


 同じ事をマリカにやられたとしたら、飛び上がって喜ぶ所だが、《氷の女王》とまで呼ばれるアイリスにやられると背筋が凍り付く。

 ……ユリウスもアイリスが離れて、ちょっと肩を伸ばしている様に見えた。


「ねぇ? タレム。本当に分かってるの? アンタがアルタイルの当主になる意味を」


 薄く、薄く、微笑みながら、冷たい指でタレムの顎を掴んで、視線を強制的に合わせる荒技を使う。

 ……綺麗なブルーライトのアイリスの瞳。


(ああ……でも、アイリスちゃん。可愛い。身体もぺたぺたしてるし……)


「アイリスちゃんと結婚出来る?」

「うふふ♪ 本当に無能ね。そんなに私が魅力的? ……私を大好きなのね。可愛い。食べちゃいたいわ」

「……それは辞めて」


 アイリスぬは本当に唇を食べられた記憶があり、その時の激痛を思いだしたことで、ピンク色に傾いていたタレムの思考も少しだけ正常に戻る。


「まっ、無能でも良いわよ? 無害で有益な旦那様なら、ね? 玩具にだってなってあげるわ」

「……ちょっ。エロい。刺激が強いよ。アイリスちゃん」

「エロいのはアンタの脳みそよ。でも、おじ様の言う通り、私が覇道を歩ませてあげる」

「……」


 一拍。間を取って、心を落ち着かせる。


(ダメだ。今はマリカちゃん。アイリスちゃんの距離感に惑わされちゃいけない)


「……で? 俺が、いきなり、アイリスちゃんの夫として有益になった訳は?」

「……うふふ。《騎士王》の妻になれるのなら、私の目的はほぼ、終わった様なものだもの」

「騎士……王?」


 ……騎士王に成ることは、タレムの夢である。

 それを、まるで確定事項の様に言ったのだ。


(騎士王……確定事項……ん?)


「ふふ、やっぱり気付いていなかったわね。アンタはもう、何もしなくても、騎士王になれるのよ」

「……っ騎士王。に、なれる」

「そうよ? この政略結婚騒ぎ、グレイシスの真意は謎だけれど、十中八九、ドラクレアは政権の私物化を狙っている。それを防ぐためにクラネットはアルタイルを公爵に復権させたい。今の状況はこう、わかるわね?」

「……」

「そこで、アルタイルが、当主をタレムにすり替えると……?」

「俺が公爵になる」

「そう。そして、公爵になった瞬間、シャルル王女がアンタを婿に取るために、爵位を空席の大公に引き上げられるのではなくて? そしたらほら!」

「最高爵位……大公・騎士王になれる」


 つまり、タレムを大公にすることこそが、ユリウスの真意であるということだ。

 そこまで、完全な道程ができているからこそ、人を見下すのに定評があるアイリスが、ユリウスを褒めたたえていたのだ。


「まさか、養子のアンタが、実子を差し置いて当主を襲名するとは誰も思っていないでしょうから、こんな抜け道に気付かない。私ですら、言われるまで検討すらしていなかったもの」

「……」

「私とアンタの政略結婚が終った時には、もう、気付いた所で、誰であろうとアンタの覇道は止められない。私が絶対に止めさせない」

「……アイリスちゃん」

「んふふ。ドラクレア家の思惑も、クラネット家の思惑も、全部利用して、美味しい汁だけ啜り尽くす……おじ様の一人勝ちよ。まあ、私が三日間。誰にも言わなかったらの話だけれどね」


 第一王女シャルル・アルザリア・シャルロットと婚約しているタレムだからこそ、出来る裏技。

 これぞ、政略結婚の醍醐味である。


「気分が良いから更に教えてあげるわね? 私と結婚すれば、いずれ、必ずアンタの夢を叶えてあげるわ」

「……え? アイリスちゃんが? いや、でも……マリカちゃんがいなきゃ意味が――」

「一旦、ウィルムに預けて置いて、騎士王になってから奪い返せば良いのよ。その時、私が協力してあげるって意味」

「……っ!」

「ふふふ、私の知恵。アンタに全て貸してあげる。有益な旦那様に、ね?」

 

 この裏技を考え出したユリウスに、小賢しいと言わせるほどのアイリスの知恵。

 そして、シャルルとの結婚。騎士王という地位。

 この三つがあれば、タレムの夢、理想のハーレムは間違いなく完成するだろう。

 

「まっ。ウィルムが不能じゃない限り、子豚ちゃんの純潔を啜るのは諦めてもうけど、それだけでアンタは全てを手に入れられるのよ? 馬鹿でもどうすれば良いかわかるわよね?」

「……」


 遠く険しい道の先に有るはずの夢に、手が届く場所にある。


「こんなチャンスもう二度とないわよ?」

「……っ」

「私は乗り気よ? つまり、後は全て、アンタ次第って事ね」


 ニヤニヤと笑いながら尋ねるアイリスにタレムは……


「俺は……」


 タレムは……


「俺は……俺は……俺は……くっ。――ゴメンッ。少し……考えさせて!」


 そう言って、アイリスを突き放し、


「あら、意気地なしね。……ふふ。さーあて。どうなるのかしら? 本当に少しだけ、面白くなってきたわ」


 アルタイル家から逃げ出していくのであった。

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