四十話 『最後の当主命令』
タレムにアルタイルの家督を渡す。
そんな言葉を聞いて困惑しながらも、コルネリアが何故、あれほどタレムを嫌っていたのかに納得が行く。
(『奪う』って奥様の言葉もここから来ていたのか……でも!)
「お父様っ! それは……アルタイルの長男であるタルシスの役割。俺ではありません!」
「アルタイルの長男はお前だ。タレム」
「そういう建前はどうでもいい!!」
「……」
例えユリウスが何を言おうと、タレムにアルタイルを継ぐ気はない。
……と言うよりも、継ぎたくない。
コルネリアに遠慮がある……という訳ではなく、ただ単純に、
「お父様の血を、アルタイルの血を、継承する。そこに意味があるのです」
アルタイルの名を貰った者として、アルタイルを大切だと思う者として、次代に繋げるのは、ユリウスの血族でなければない!
タレムは心からそう切に思っていた。
「タルシスが幼いと言うのなら、俺が支える! 今まで通り、社交界に出て、闇の部分は全て受け持ちます。だから――」
「だからお前なのだ。我が息子よ」
「……は?」
静で重みのある声は良く響く。
「先ずは落ち着け。そして、順を追って理解しろ。お前が、今、アルタイルを継ぐべき者だと」
……タレムの好きな声である。
「私はお前を、当主として育てて来た」
「でも! タルシスが誕生した! だから俺は――」
「誰が、何時。……お前を当主候補から外すと言った?」
「……っ!」
……誰も言っていない。
あのコルネリアでさえ、一言もそんなことは言っていなかった。
タルシスが生まれた時、勝手にタレムが思っただけだ。
「家を出ようが変わらない。お前には、次期当主として、社交界にも出てて貰っていたしな」
「まさかッ! そのために? ……じゃあ、クラリスは全部知っていて」
「そうだ」
「……」
ユリウスはタルシスの誕生等、関係なくタレムを当主に据える積もりだった。
だからこそ、コルネリアは怒り狂ったのだ。
「私は老いた。足枷もある。前から決めていたのだ。タレムが結婚する。その時に、私は隠居すると」
「決めて……」
「グレイシス家は帝が為に、クラネット家は貴族が為に、アルタイル家は民が為に、それが我々御三家の在り方だ」
「……」
元々、三大公爵とは、帝・貴族・民。の代弁者であった。……という話。
「奴隷だろうと救い、政敵だろうと手名付けられ、弟の為に泥さえ被れるお前は、民が為のアルタイルを継ぐ資格は十分だ。そして、素養は私が自ら育んだ」
「……ご主人さま」
「……ふん」
ユリウスの視線が、タレムの腕に抱き着いてるロッテに、そして、ユリウスの膝で寝転がるアイリスに向けられた。
「待ってください。お父様。俺は……俺は、ハーレムを侍らしたいとか言ってるクズ人間ですよ? そんな人間が、栄えあるアルタイルを継ぐに相応しいわけ!」
「シャルル王女との婚約」
「――っ!」
「……まあ、そこはどうでもいいか。お前が拒む本当の問題は、十年前の事件だな?」
「……っ!」
シャルル王女暗殺事件。
タレムに刻まれているトラウマに、ユリウスが初めて言及した。
「私はな、あの事件でお前の取ったを行動を、父として……誇りに思っている」
「……ッッ!」
……タレムの愚行のせいで、アルタイルは没落した。
故に、罵られて仕方がないと思ってきた。
「あの行動ができるお前なら、アルタイルを継いだ後、何をしようと道を違うことはないだろう」
だが、実際に、蓋が開けてみれば、父から向けられるのは信頼であった。
……それは本当に嬉しいもの。
「安心しろ。いきなり全てを投げ渡したりはせん。暫くは私も裏から支えよう。何より、お前には、頼れる友と……妻がいるだろう。この小娘は、小生意気だが、小賢しく、実に優秀だ。必ずお前に覇道を歩ませる……お前にだけは、な」
「「……」」
これからタレムの妻となり支える人間。
故に、ユリウスはアイリスの不遜を許しているのだ。
「タレム。コレは最後の当主命令だ。アイリス嬢と婚姻を結び、アルタイルの長となれ!」
「……くっ」(続く)




