三十八話 『グレイシス家の家族会議』
「助祭様と……結婚……っ!」
所変わってグレイシス公爵邸のとある一室で、マリカは悲痛な声を漏らしていた。
そんな声を聞くのは、件のウィルムと、イグアスを含めた三人の兄、更に、母と父親アルフリード・グレイシス公爵である。
英雄グレイシスの系譜が全員集まっているのは珍しい。
それも全て、三日後に迫ったマリカの挙式の為であるのだが……
「ウィルム君は助祭では無い。司祭だ。先月昇進したからな」
そう、マリカに言うのは、御歳四十二歳のグレイシス家現当主にして、帝国に二人しか居ない万騎士長が一人アルフリードだ。
「どちらでも構いませんっ! なぜでございますか! 何故……今っ。こんないきなり……」
「ふっ。マリカ。忘れたとは言わせないぞ? お前が、タレム君の元に向かう際にオレと約束したことを、な?」
「――っ!」
三大公爵アルフリード・グレイシス。
三大公爵アダム・クラネット。
元、三大公爵ユリウス・アルタイル。
アルザリア帝国では、この三人を帝国最強の騎士と称し敬意を込めて《アルザリアの三騎士》と呼ぶ。
その中でもアルフリードは義を通す男として有名であり、それは、家庭内でも同じであった。
「……『十六歳迄にタレム様と婚約を結ぶ』」
「そうだ。そして、それが出来ないのなら、『他の者と婚約して貰う』そういう約束であったはずだ」
「……」
約束を結べば必ず守る。
それがグレイシス家の掟。
「……さて。マリカ。お前は今、何歳だ?」
「……三日後、十六になります」
「で、あるならば、三日後の結婚について、お前に反対はさせない」
「――っ」
父に言われた言葉の正しさに息を呑み。
(この状況。兄様達は助けてくれません。私が何とかしないと……)
周囲を伺うが、イグアスを含め、全員がマリカの一挙手一投足に注視していた。
グレイシス家でも、当主の言葉は絶対であり、それに逆らう者など居ない。
例え黒い物でもアルフリードが白だと言ったら白なのだ。
……故に、
(お父様を説得できれば……良いのでございます)
……強い覚悟を持って瞳を大きく開いた。
「お父様っ! 約束までにはまだ三日あります。わたしは明日にでもタレム様に――」
「甘えるな!!」
「――ッ!」
声を張り上げたアルフリードの激情に、マリカは身体をすくませる。
……まるで目の前に、凶悪な肉食獣でもいるかのよう威圧を受けた。
自分の死が目の前にある。
……自分で包丁を喉元に当ててみれば、マリカの感覚はわかるだろうか? (絶対にやらないで!)
とにかく、圧倒的な恐怖が目の前にあった。
それは、父から初めて向けられる威圧感。
「……」
そこで、今日の父は何時もとは違うことを、マリカは明確に理解した。
「知っているんだぞ? お前、タレム君からのプロポーズを断ったらしいな?」
「――ッ!」
慟哭し、そんなことまで、父に報告していたのかと、イグアスに視線を向けたマリカだが、イグアスもまた、目を見開き驚愕していた。
(お兄様じゃない? じゃあ誰が……っ。て、違う。そんなことはどうでも良いのでございます)
「……わ、わたしはッ!」
「黙れ!」
「――ッ!」
アルフリードを前にした弱者には、喋ることすらアルフリードの許可が降りなければ、出来なかった。
……恐怖という二文字が、マリカの声帯を締め付けている。
「黙って聴け。マリカ。タレム君のプロポーズを断った事については、オレから何かを言うつもりはない。そこはお前の自由だろう」
「……」
「だが、な。プロポーズを断ったのなら、お前にタレム君の近くに居る資格などない! 彼の気持ちを踏みにじる背徳的な行いだと知れ!」
「……っ」
「タレム君は、お前の都合の良い男ではない!」
「……っ!!」
締め付けるのは、威圧感だけでなく、アルフリードの言葉もである。
キリキリとマリカの心から、鍍金がえぐり取れていく。
「彼に甘えるな! と、言うことだ」
「……(わたしは……)」
「彼の夢を背負う覚悟がないのなら、お前は彼をそこまで想ってはいなかったと言うことだ」
「……っ! それでも――っ」
「後から!! 考えて受け入れる程度ではダメだと言う意味だ!」
「うぅっ……」
「一度、嫌だと本能が囁いたのだろう? ならばお前はいずれ、彼の足枷となり、彼を裏切る事になるだろう。それでは、お互いに幸せにはなれない」
「……だから、助祭様……なのでございますか?」
「そうだ」
ここに来て、マリカにも父が言いたいことが分かってきた。
ハーレムを目指すタレムと違って、修道士のウィルムならば、教会の厳しい戒律によって多くの妻を持つことは出来ないのだ。
そして、
「マリカさん」
「――ッ」
そんなタイミングで、隣に控えていたウィルムがマリカの手を取って、
「ここで、マリカさんに誓いましょう。私は、マリカさん以外の妻を娶りません。マリカさんだけを唯一の妻ととして生涯、愛します」
「……あぁっ」
お伽話のような恋愛に憧れたマリカに、お伽話の中の王子様のような整った顔立ちのウィルムが、お伽話の様な美しい愛の言葉を囁いた。
……それは紛れもなく、マリカの夢、そのものであり。
「結婚後は私が領地で開いている小さな修道院を一緒に営みましょう。マリカさんに何一つ我慢も不自由もさせません」
「夫婦で修道院……」
マリカの視界には、幻想の綺麗な花畑と、ウィルムが白馬に乗った王子様に見えてしまう。
捨てようとした全ての夢をウィルムならマリカに与えられる。
子供の頃から憧れていたマリカの夢が目の前に広がっているのだ。
……その憧れの気持ちは、自然とマリカの頬を赤く染め上げる。
「……コホン」
「ハッ! 離してくださいませ!」
そんな様子を、冷たい瞳で見つめていたイグアスが咳込む雑音で、マリカを包んでいた幻覚が消え去り、ウィルムの手をパチンと払った。
「イグアスッ! ……余計な事をするな」
「帝都は寒いので風邪を引いてしまいましたかね。お父様」
「……まあ、良い」
飄々と嘯くイグアスにアルフリードが、マリカに向ける威圧よりも数倍強い威圧で、睨みつけてから、
「マリカ。この結婚は既に決まった事だ。覆す事は出来ない。嫌でも受け入れろ。グレイシス家の命運が懸かっているからな」
「……グレイシス家の命運」
「こうなることはタレム君のプロポーズをお前が最初に断った瞬間から決まっていたのだ。人を好きになるということを、あまりナメるなよ?」
「……」
「断言する。お前に彼を愛する事など絶対に出来ない。彼とお前が一緒になっても、彼を心から愛せないお前と幸せになることは絶対にない。そんなお前の存在が彼を不幸にするだろう」
「……わたしの存在が……タレム様をっ。(タレム様……わたし、どうすれば……助けてくださいまし。結婚なんか嫌でございます)」
「今、お前がタレム君を頼った所で、彼はオレを、そして、クラネットを、アルタイルまでも敵に回すことになる」
「クラネット……」
「彼もまた、クラネット家の令嬢、アイリス・クラネットと結婚が決まっているのだからな」
「――ッ!」
「……さあ、マリカ。自分がグレイシスの娘として、どうすれば良いかわかるな?」
「……」
グレイシス公爵邸宅のとある一室で、マリカは足元に崩れ落ち、膝を着いたのであった。
……親の命令は絶対である。涙を流す事すら許されない。




