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三十四話 『アルタイル婦人』

 ――バンッ!


 あまりの酷い事実にタレムが戦慄した時。

 アルタイル家の玄関が乱暴に開け放たれ、中から老けシワの多い、三十代前半の女性が現れた。

 髪は黄色、瞳も黄色。しかし、クラリスの綺麗なクリーム色と違い、少しくすんだ色だ。

 であるが、その女性コソが、タレムの母にして、アルタイル男爵婦人、《コルネリア・アルタイル》だった。


 全く似合っていない高級で綺麗なドレスに身を飾るコルネリアは、玄関を開けると同時に、手に持っていたゴミ袋を力任せに引き裂いた。

 当然、雪まで綺麗に掃除されていた玄関先に、中のゴミが落ちてしまう。

 それを、


「奴隷ィィッ! 何をサボっているんですの! まだ、こんなに汚れているじゃないですの!」

「はっ、はい。……申し訳ございません!」


 ……全く。本当に使えないんだから!!


 と、コルネリアは言い捨てながら鼻で笑うと、ようやくタレムの姿に気付く。

 すると、


「ちっ。良くも、ヌケヌケと帰って来ることが出来ましたわね! この! 汚れた血め! 出でけ! 出でけ! 来るな! 疫病神!!」

「……」


 狂った様に怒り猛り、タレムに向かって足元のゴミを蹴飛ばした。

 宙に舞い上がり、パラパラと降りかかるゴミの中には、生ごみまで含まれているが、タレムは瞳を閉じて動かない。


「私の家の敷居を跨ぐんじゃない! 失せなさい! 失せなさい! 失せろって! 言ってんのよ!」

「……」

「ゴミも片付けられない奴隷を抱いて庇って、善人気取り? そういうオマエの偽善が! 私は大嫌いですのよ!」

「……」


 コルネリアがタレムに向けるのは、七ヶ月ぶりの再開を惜しむ母の愛情ではなく、長年、憎んだ相手に向ける敵意と憎悪。


「も、申し訳ございません! 今、私めが、やりますので……大奥様。どうか、御主人様をお許しください」


 その暴言とゴミと吹雪の嵐の中で、ロッテがいそいそと地に膝を付けて素手でゴミをかき集め始める。

 ……ゴミすらも凍っている所を見るに、コルネリアは、きっと、何度も同じように繰り返したのだろう。

 だから、ロッテは雪降る中、十日間も外に居たのだ。


「臭いっ! 汚い! 近寄るんじゃないですわ! このっ! このっ! このっ!! 下賎の奴隷がぁ! こんな役立たず、買いたいなんて、オマエが言わなければ!」

「う……っぐ。お許しください。お許しください。御主人様は悪くありませんので。どうか、御主人様の事だけは……っ!」


 ――バシンっ! バシンっ! バシンっ! 


 そんなロッテの腹を、コルネリアが靴の爪先で蹴り上げる。

 何度も、何度も、何度も!


「やめろ! 辞めろ!! いい加減にしろ!」


 遂に見ていられなくなったタレムが、割って入りコルネリアの足を払う。

 リンとの修行で鍛えた為、素人の蹴りなど、いなす事は容易であった。

 

「ひィィッ! な、な、何の真似ですの!!」


 そんなタレムを、コルネリアは、人殺しの様な目で見て怯え震える。

 それはもう、息子に向ける目ではなかった。


 そんな母の足元に、タレムは膝を付いて誠心誠意を持って言う。


「……っ。奥様……。私はただ、ロッテをイジメないで欲しいだけです!」

「――ッ!」


 ……が、それを聞いたコルネリアは、口端を醜く歪めると、


 ――バシンッ!


 タレムの横顔を蹴り飛ばした。

 当然、避けることも出来たが、それをすればコルネリアの怒りが、ロッテに向くだろう。

 ……それだけは避けたかったのだ。

 しかし、コルネリアは更に、


 ――バァンッ!


 一心不乱にゴミを片付けていたロッテの顔を蹴り飛ばした。

 

「――ぁっ」

「ロッテ!」


 小さな悲鳴と共にロッテの華奢な身体が吹き飛んで、雪の上に俯せでボトンと落ちる。

 そして、ロッテよりも遅れて、ロッテが被っていた一女傘がポトンと落ちた。

 ……折角、拾ったゴミも再び散らかってしまう。


「ああぅ……っ」


 雪に顔がうまったロッテは、苦痛に呻きながらも手を動かし、急いで一女傘を拾おうとする。

 その首を、


 ――バンッ!


 コルネリアは雪の下から爪先で蹴りあげ、仰向けに吹き飛ばした。

 ロクな食事をしていない骨と皮だけの身体は軽く、ロッテは石ころの様に雪の上を数回バウンド。

 そして、一女傘で隠れていたロッテの素顔が晒される。

 ……それを見て、


「よくもまあ、オマエは、その壊れ物を大切に出来ますわね。私には理解不能ですわ」

「……っ」

 

 壊れもの、と、コルネリアが称した様に、ロッテの顔は酷い火傷の跡が残っている。

 それは、ロッテが奴隷に堕ちる際、焼かれたものだが、何故か、クラリスの魔法《再生光》でも治す事は出来なかった。

 

「ロッテ……」


 そんなロッテに、タレムは急いで近寄ると、身体を起こして一女傘を被せなおした。

 ……ロッテは焼かれた顔を見るのも見られるのも酷く嫌がるのである。

 それを知っていて、わざわざ、ロッテの傷をえぐりに行った、コルネリアに、激しい怒りが芽生えた。


「……っ! ……っ! ……っ!!」

「ダメです!! 御主人様……っ。ロッテは、なれておりますので」


 ……貴族が親に逆らっていけない。

 もし、怒りのままに暴力を振るえば、タレムは大罪人となるだろう。


「……っ」


 実のところタレムが、家を出てた理由がこれである。

 元々、異国の拾い子であるタレムを嫌っていたコルネリアだが、タルシスが生まれて以来、その兆候は激化し、遂には、就寝中のタレムを刃物で斬り付ける所まで至ったのだ。


 痛みで目を覚まし、九死に一生を得たタレムが、事件を誰にも語らなかった為、クラリスでさえ知らない事実だ……が、そのあと、すぐにタレムはアルタイル家から姿を消した。


「ゴメン……」


 ……昔も今も、母の横暴を前に何もできない自分の不甲斐無さを呪う。


「ふふ、謝らないで、御主人様。ロッテは、御主人様がいるだけで幸せですよ?」

「……」


 シャルルが肯定した、ハーレムの夢を叶える為にも、マリカの答を聞くためにも、今はまだ、耐え忍ぶしかないのである。

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