表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/264

三十三話 『アルタイル家のメイド』

 グレイシス家の二人と別れたタレムは、家出して以来、七ヶ月ぶりにアルタイル男爵邸の前まで赴いていた。


「いやぁ~っ。若気の至りで、飛びだしちゃったからなぁ……。自分で言うのもアレだけど、ハーレムとかアレな事言いながら……ぁぁあ~っ気が重い」


 ロック村の屋敷よりも広い敷地の入口で、仁王立ちしたタレムは腕を組んで足を止めていた。

 ……自分の夢に恥じることは一切ないが、親に語って聞かせる事でもない。


「一応、タルシスの代わりに社交会に出たりして、最低限の関係は保ってたけどさ……」


 もう、二度と戻らないと誓って家を出た。

 それに対し、クラリスは連れ戻そうと口を酸っぱくして何度も、タレムを説得したが……

 今の今まで父親アルタイル男爵を筆頭に、他の者がタレムを連れ戻そうとはしなかった。

 ……七ヶ月もの間、である。


「何で今更いきなり呼び戻されるかなぁ……。ハァ……っ。やっぱり、すっぽかそうかなぁ? うん。そうしよう」


(……今まで、大丈夫だったんだから、お父様もそうそう、怒りはしないはず! それに、アルタイル家に俺の居場所は――)


 親の命令は絶対だが、この命令に限って言えば、家出をしているタレムが従う理由はない。

 なぜなら……


「御主人様……?」

「……っ!」


 うだうだと、言い訳を捻り出し、アルタイル男爵邸とは反対側に身体の向きを変えた時、敷居の中から、幼い少女の声が響いた。


「……はっ。やっぱり……御主人様っ! 御主人様! 待って!」


 その声に、タレムは踏みだそうとしていた足をピタリと止めて振り返る。

 少女が呼ぶ、御主人様とはタレムの事だからだ。


「……ロッテ」

「御主人様っ!」


 屋敷の塀を飛び越えて、タレムに飛び付くのは、一女傘を被った十三歳の少女ロッテ。

 両手両足と首に鎖を括り付けられている姿から分かるように、ロッテは六年前、アルタイル家に買われた奴隷である。


 ――どさっ!


 当然、飼い主はアルタイル男爵だが、ロッテはタレムを主と慕っている。

 タレムもタレムで、ロッテの事を奴隷として扱わず、クラリスと同じ様に妹として可愛がっていたのだ。


「良かった。帰って来てくれて……」

「……いや、帰って来た訳じゃ――」

「ずっとずっと、待っていました。ロッテはずっと、御主人様は帰ってくると、信じておりましたよ?」

「……ぐふっ! (心が痛い)」


 そんな妹に潤んだ瞳で言われたら、タレムの口も開かない。

 目は口ほどに物を言う。

 ロッテの瞳には、タレムに対する厚い信頼が垣間見えていた。


「……さ、御主人様。中に入ってください。ロッテが案内しますから。話したいことも沢山ありました」

「……」


(やっべぇっ! いまさら、やっぱり帰えらないとか! 言える訳ねぇぇッッ!)


 タレムは、氷の様に冷たい手で、ロッテに引かれて屋敷の敷居を跨いでしまう。

 ……こうなったら仕方がない。


(もう、なるようになれ! ……でも、その前に)


「ロッテ。何でそんなに、凍えているの?」

「――っ!」


 タレムに指摘された、ロッテは慌ててタレムを掴む詰めたい手を離す。


「申し訳ございません……。御主人様に会えて嬉しくて……はしゃいでしまいました。どうか、(わたくし)めを罰してくださいませ」

「そうじゃなく……て?」


 声から色を消し、雪の上に膝を付け頭を下げる。

 ……辞めさようとしたタレムの瞳に、改めてロッテの姿が映った。


 氷柱(つらら)が下がるほど氷付いた鎖が、肌を赤く焼いている。

 服もボロボロの雑巾の様な薄い布が一枚だけ、靴に居たっては履いておらず、裸足であった。

 ……いくら、奴隷とは言えひど過ぎる扱い。これでは、死んでしまう。

 

「ロッテッ!」


 急いでタレムは上着を脱ぎ、ロッテの肩に羽織らせる。

 鎖の氷柱を落とし、首巻きも巻くと、抱き抱えて温めた。

 ……やはり、かなり体温が下がっている。


「御主人様っ! 嬉しい」

「馬鹿っ言ってる場合かよ」


 これは、ちょっと外に出ていた、なんて話ではない。

 おそらく、数時間、いやそれ以上、ロッテは外に居たのだろう。

 本当に、命が危険なレベルである。


「場合です。いつもの事ですので」

「……は?」

「ふふ、また、御主人様と会えて、話せて良かった」

「ロッテ! 何時からココに?」

「……お姉様がお出かけになられてから」

「クラリスが……って、それ、十日以上……っ」


 確かに、アルザリア帝国では奴隷に人権はないため、所有者がどんな事をしようと構わない。

 買ったおもちゃをどう扱うおうと構わないのと同じだ。

 たとえ、殺しても罪に問われない。

 ……だが、タレムが知る限り、ロッテはアルタイル家で大切に扱われていた筈だ。

 そう扱われる為に、アルタイル家が引き取ったのだから……(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ