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三十二話 『帝都帰還』

 貴族にとって親の命令は帝の勅命よりも絶対である。

 それは、家出中の浮浪息子、タレムにとっても同じ事であった。


 親が戻れと言うのならば、戻らなければならいのだ。

 よって、指名された三人は、ようやく地に足が着いてきた平和で長閑なロック村を離れ、陰謀と裏切りの渦巻く帝都に帰還する。


 その際、ロック村の統治や修道院はクラリスが、白銀騎士団はノーマがそれぞれ引き継いだ。

 ……クラリスはタレム達が召喚される理由に心当たりがあるようだったが、結局、別れるまで口を開くことはなかった。

 また、クラリスと同じく、帝都までの道程、五日間、口を開かなくなった者がいた。

 

 ――マリカだ。


 マリカはロック村でタレムに甘えていた時とは打って変わって、馬車の中では、艶の無くなった瞳で無感情に、遠い空をじっと眺め続けていた。

 たまにふと、思い出した様に動いたかと思えば、溜息を付き、タレムの袖をそっと摘む。


 かくの如きマリカに、タレムやイグアスが何を話しかけても、魂が抜けたかの様な返事をするだけ……。

 それでも時は流れ、馬車は進み、五日の馬車旅も終わり、三人は約二ヶ月ぶりに帝都に舞い戻る。

 

 十二月の帝都に足が埋もれるほどの白雪がしんしんと降り積もる中、馬車からおりた三人は、大通りで向かい合う。

 これから、タレムはアルタイル家へ、イグアスとマリカはグレイシス家へそれぞれ帰還する。


「まあ、お互い何があるかわからないけど、片が着いたらまた、ロック村に行こうね」

「ああ、当然だな」


 久しぶりのお別れに、イグアスは親指を立てて答えるが、


「……」

「マリカちゃん……」


 マリカの放心状態は続いていた。

 それでもマリカは縋るようにタレムの袖を掴み続けている。

 ……流石にこのままでは別れられない。


「やっぱり、俺もグレイシス家にいこうか? マリカちゃんを何も言わずに連れ出したから……敷居は高いけど」

「……」

「敷居が高いのは、家出中の家に戻るのも一緒だしさ。この際だ。グレイシス公爵に謝らせてよ」


 そう、タレムが笑って言うと、マリカの眉が少しだけ動いた。

 そこで、

 

「どうするんだ?」


 と、イグアスがマリカの肩を叩いて確認する。

 タレムがついて来る理由としては申し分ない。


「……っ。それは――」


 苦しそうに息を吐き出して、喘ぐ様な声で呟き、濡れた瞳でタレムを見る。

 

(……それだけは、ダメ)


 そう、言おうとしたマリカの口をイグアスが抑えて、


「良いのか? それで」

「――っ!」


 珍しく、マリカに対して、真剣な瞳を向けていた。

 妹を思う兄の瞳である。


「……わたし。兄様……でも」

「ふっ。その程度か」

「――っ」


 マリカは兄の短い言葉に様々な意味を感じ取って、眼を見開いた。

 そうして、


「タレム様っ! わたし、本当は最初からタレム様の事が――」


 開いた瞳には艶が戻り、紅の光が輝き出す。

 タレムの袖を握る力を強くして……


『シスター・マリカッ!』

「――ッッ!」


 言おうとした言葉は、突然掛けられた声によって遮られてしまう。


『修練のために辺境の村まで行っていたそうですね? 相変わらず勤勉な女性(ひと)だ』


 マリカの言葉を遮ったのは、緑色の髪。タレム達よりも四五歳、年上で二十歳前後だろう。

 貴公子で有名なイグアスに並ぶほどの美形の若い男だ。

 発声される声も甘く、通りすがりの女性達が男の姿と声に振り返る程である。 


「どうして……っ」


 男は雪の中を傘もささずに歩いているが、何故か雪を被った様子はない。

 ……近寄るに連れ、タレムでさえ、爽やかだと思う香が薫る。

 

 そんな男を見て、マリカはタレムの袖から指を離すと、口元を抑えた。

 

「おっと、いけません」

「――っ!」


 そのまま流れる様に男はマリカに近付くと、腕を取り手を触る。

 そして、


「やっぱり、冷たくなっていますね」


 そういって、自分の手袋をマリカに貸し与えた。


「助祭様……っ! こんな……受け取れません」


 手袋を慌てて返そうとするマリカの言葉を聞いて、ようやくタレムにも男が誰なのか検討が着いた。


「緑髪緑眼……助祭様って事は有名だ。グレイシス家やクラネット家と同じ、三大公爵が一人。ドラクレア家。その長男、ウィルム・ドラクレア男爵か」


 英雄のグレイシス家。

 最強のクラネット家。

 そして、

 信仰のドラクレア家。


 アルタイル家が没落した代わりに成り上がった一族である。

 しかも、ウィルムは、『帝国随一と貴公子』と言われる程の美形だ。


「いくらドラクレア公爵の長男だからって、グレイシス公爵の御令嬢、マリカちゃんの腕を勝手に触るのは無礼だと思いますけどね」


 タレムは言いながら、マリカの肩を引き寄せて緑髪の貴公子から引きはがす。


「確かに。そうですね。マリカさんが美しいので、身体が勝手に動いてしまいました。謝罪します」

「ま、マリカちゃんが可愛いのは全面的に同意するけどさ」


 素直に頭を下げたウィルムは、


「ところで、そういう、マリカさんの肩を掴む貴方は?」


 と、タレムに問い掛けた。

 それに、


「俺はマリカちゃんの()――」

「ああっ。銀髪銀眼の騎士……有名ですね。アルタイル男爵が養子、タレム・アルタイル。マリカさんのただの幼なじみにして」

「お……さななじみ?」

「シャルル王女殿下の婚約者――」

「――むっ。タレム達っ!」

「二つ名は《敗北王》」

「やめてやめて! 言わないで!」

「そして……」


 つらつらと語っていたウィルムは、そこで一旦言葉を止めると、タレムとマリカ、イグアスを順番に探る様に眺めて、


「そして?」

「いえ、まだ、知らない様ですし、私から言うような事でもありません。忘れてください」

「……(ん? なんだ?)」


 話を切り上げた。

 そこで、肩を掴むタレムの腕をマリカがペチリと払い、


「タレム様……っ。わたしのことは結構でございますので、御自身の事を」


 言われて、ウィルムが言っている意味が、タレムが呼び戻された理由だと気がつく。

 ……タレムが知らない何かがある。それも、他人にまで漏れるような何かが。

 マリカは、ウィルムの様子から、出来るだけ早く、戻って確認した方が良いと言っているのだ。

 先ほどまで、放心状態で悩んでいたのに、である。


「でも……」


 タレムはウィルムに嫌な予感を覚え、視線を向ける。

 ……このまま、ここで別れて良いのだろうか?


「助祭様は、わたしの修道院時代の恩師でございます。とても出来たお方なので、タレム様が心配なさるような事はございませんよ? それに修道の妻帯権は司祭からでございます」

「……いや、でも、やっぱり、グレイシス公爵に挨拶だけ――」

「タレム様っ!」

「へい。タレム様です」


 マリカはタレムに詰め寄って、耳打ちする。


「お互いに早く終わらせて、ロック村に戻るのでは?」

「……」

「わたしの心は決まりましたよ?」

「え!? それって!」

「ふふっ。次にお会い出来た時にお伝えますね?」


 クスクスと笑って言ったマリカは、タレムから距離をとった。

 そうして、


「では、また、すぐにお会いしに行きますので」

「うん。また!」


 タレムはグレイシス一行と別れたのであった。

 ……その間際、


「あ、タレム君」

「……ん?」


 ウィルム・ドラクレアにタレムは引き止められて、


「訂正するのが遅くなりましたが、私は、すでに《男爵》では無く、《子爵》ですので」

「昇格か。おめでと……ん? 子爵?」


 言われた言葉を、かみ砕くと、タレムは何か重大な見落としがあるような気になった。

 ……だが、


「タレム様。すぐに終わらせてくださいませ」


 マリカに紅潮した顔で見送られると、すぐにそんな疑問は消えてなくなっていたのであった。

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