三十一話 『凪を揺らす訪問者』
――翌日、朝。
暖炉に燈る炎が十一月の寒い室温を暖める居間で、
「ふふっ、タレム様。もっと、ぎゅぅっとしてくださいまし」
「全く、マリカは可愛いなぁ。げへへっ」
タレムとマリカは、鴛鴦の様に身体を寄せ合って、指まで絡めて手を交わし、肩を抱き合っていた。
「タレム様ぁ~っ。タレム様ぁ~ぁ~っ♪」
「ん? なんだい? マリカ」
「ふふふっ。呼んでみただけでございます(恍惚) ……ダメ。で、ございましたか?」
「そんなこと……っ。あるわけ無いに決まってるじゃないか~。ああ……っ。憎らしいほど、愛しいよ」
「うふふっ。嬉しい……っ」
――ぎゅうぅぅ~~っ。
己が内から溢れる精力に従って、マリカの身体を抱きしめる。
そんなふうに、抱かれるマリカも、タレムに身を任せて……いや、むしろ自ら身を寄せて、艶のある表情に為っていた。
……正に、いちゃ×2、ラブ×2、である。
「「……」」
そんな二人の甘ったるい営みを見るハメに為ってしまった鬼仮面を付けたリンと、愛剣を研ぐイグアスは、
(この二人、一線超えたな……)
と、確信していた。
そして、
「はぁ……っ。殿が大殿に為ってしまったでござる」
「ま、『英雄、色を好む』って言うんだろ? マリカはアレで男受けのする肉付きだからな。責めることでも悲観することでもないさ」
「ふっ。なら、その、英雄殿は、拙者のミニマムボディーでも、食べてみるっすか? (ニヤニヤ」
「遠慮させてもらおう。オレは食通なんだ」
「おっ? ……それは予想外な返答でござるな。流石はイケメンッスね。誰にでも可愛い! 俺の嫁になって! とか軽い殿とは言うことが違う」
「あ……いや、すまない。毒入りは好まないって話だ」
「うぃぃ~っ。まっ、拙者は冗談として、その年と立場で独身。誰か狙っている人がいるのでござろう? 誰でござるか? (ニヤニヤ)」
「……」
そんな風にリーダー格であるタレムとマリカが、二人だけで世界を構築している横で、リンとイグアスも会話の花を咲かせていた。
そんな中。
――チリンチリン
玄関の鈴が鳴り響く。
誰かが訪問してきたのだろう。
「狙っている……って程でもないが、食指が動く人はいる」
「おおーっ! 英雄の恋ばなっ! キタコレっす」
……しかし、
「タレム様……まだ、辞めちゃ嫌。で、ございますよ?」
「大丈夫。大丈夫。マリカちゃんが満足するまで、辞めたりしないから」
「うふふ♪」
……誰も出迎えようとはしなかった。
「はぅ……っ。領主様。イグアス様っ。お客様がぁ……ぅ」
唯一、普通の感性を持つノーマがあたふたしながら呟くと、
「あ、ノーマちゃん。今、俺、忙しいから、代わりに対応しておいて」
そう言い付けられてしまった。
「はぅ!? 領主様の代わり!? 私、程度で……良いんですか?」
――ピタリ。
その言葉に、マリカの頭を愛撫していたタレムは動きを止めた。
「……ったく。謙虚なのは良いことだけど……ね。俺は、その、『私、程度』を客人にしているんだよ?」
呆れた様に、マリカからノーマに移された銀色の視線は言っている。
ノーマを下げることは、ノーマを受け入れ居ているタレムを下げることに他ならないのだ、と。
「はぅ!? ごめんなさい。わたし、行ってきます!」
「うん。頑張って、大丈夫。もし、ノーマちゃんに、相手が失礼なことしたら、俺がソイツを許さないからさ」
「はい! ありがとうございます!」
タレムに言葉で背中を押され、やる気、満々で出ていくノーマだが……
(ハァハァハァ……っ。マリカちゃんとの時間を訪問程度で邪魔されてたまるかい!)
タレムの本心は、そんなことを思っているだけであった。
そして、そんなタレムの顔を、
――ぐいっ。
と、掴んで引き寄せたマリカを、
「もうっ。タレム様。わたしを見て下さいまし! わたしだけに優しくして下さいまし! わたしだけを特別扱いしてくださいまし」
「ごめんよ。マリカちゃん。でも、今、俺の瞳は君しか映してないさ」
「メッ! で、ございます。また、マリカちゃん。に、なっておりますよ?」
「あっ。マリカ……が可愛いから遂、ね? 許して」
「もうっ。仕方のないタレム様でございます♪」
再び、イチャイチャし始める。
更に、
「ま、隠す事でもないしな。オレが嫁にしたいのは、タレムの妹。クラリス・アルタイルだ」
「おっ! 親友の妹を狙うとはっ! 流石ッス。……殿の妹。そんなに魅力的でごさるのか?」
「まあ、な? ちょっと、猛毒入りだが……」
イグアスとリンの話も続いていた。
……屋敷中、何処もかしこも幸せいっぱいだ。
そこに、
『猛毒入りで悪かったですね。豚さん』
「「「――っ!」」」
凛……と、第三者の声が響いた。
その声に、タレム、イグアス、マリカの三人が脊髄反射で視線を向ける。
そこには、貴族らしい高級な黄色のドレスを着る少女が立っていた。
隣では、勝手に屋敷に侵入されて、あわあわ慌てるノーマが困惑している。
いくらタレムのお墨付きでも、平民に貴族の相手は荷が重い。
が、その貴族は……。
「ふふ、久しぶりですね。タレム兄さん。元気そうで何よりです」
間違いなくタレムの妹、クラリス・アルタイルであった。
優雅にスカートを摘んで一礼し微笑むクラリスは、タレムと違って純真培養の貴族である。
「誰が兄さんだ!」
「では、私が姉さんでも良いです」
「……あれ? そういう話だっけ? ってか、クラリスがなんでいるの? いや、大歓迎なんだけどさ」
タレムの冗談は軽くいなし、クリーム色の眉毛をバッテンに歪ませながら……
「それはですね、兄さん……ではなく。弟ですから、タレム君……ですか、ね。……ふふ、兄さん可愛いです」
「ごめん……兄さんでいいよ」
「では、《兄さん》。並びに、《マリカ・グレイシス様》、《イグアス・グレイシス様》通達です。アルタイル家当主。《ユリウス・アルタイル》。そして、グレイシス家当主。《アルフリード・グレイシス様》から強制指令を授かって参りましたので伝えます。『至急、当、両家に出頭するように』とのことです」
「「「――っ!」」」
サラっと、とんでもない本題を言ったのであった。




