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三十話 『マリカの夢』

「夢があります」

「……夢?」


 マリカとベッドに入り、少しのドタバタや、ドギマギな事が起こった後。

 ようやく落ち着いて来た所で、ポツリと呟いた。

 ……タレムに抱き着き、手足を絡めたまま、である。


「タレム様と違って小さな夢でございます」

「……」


 何故、マリカがこんなことを言い出したのかは、考えるまでも無い。

 ここで、タレムの夢を引き合いに出した以上、ソレはタレムの夢に関係あること……もっと言うのならば、タレムのプロポーズを断る理由に付いてだろう。

 ……案の定。


「タレム様のお気持ちは……とても嬉しい。……本当にとても、だって! わたしは――」

「――マリカちゃん。その先の言葉。女の子が簡単に言ったらダメだよ? ただでさえ、こんな状況で。……まあ。俺だからってのもあるんだろうけど、さ。……流石にソレを言われた後で、フラれるのはキツイ」

「……っ。……で、ございますね。わたし、酷いことを言おうとしておりました」


 タレムが記憶を失って、目覚めてから、十年間もの間。

 家は違えど、二人は一緒に過ごしてきた。

 突然、修道女になると言い、三年間も姿を消し、再びあった時、別人の様に痩せ、美しく為ったことには驚いたが、それより前の時間は毎日の様に会っていたのだ。


 ……当然、マリカの気持ちにも気付いていた。

 そこに好意的なモノが全くなければ、グレイシスの当主がマリカをタレムの元に送ることはしなかったであろう。

 何より、マリカも、ただの幼なじみのお兄さん。では、ここまで無防備な姿を晒したりはしない。

 それでも、求婚を断る理由があるのだ。


「まあ、良いよ。話は聞くから……」

「……はい」


 キュッと、無意識にタレムを抱く力を強めたマリカは、唇を噛んでから、無理やり声帯を振動させた。


「なんでもない小さな夢……」


 それは、マリカが幼い頃、父の書斎で読んだ、異国の絵本が発端だった。

 その本は、子供向けに作られた童話で、イケメンの王子に見初められた少女が、苦難を乗り越えて結婚し幸せになる。という、有り触れたモノであった……


「……ん? それって、イケメン王子に成れって事? ……無茶じゃね? そういうのは、イグアスの担当でしょ」

「……全然、違います。最後まで、聞いてくださいまし。誰も、タレム様が格好よく為ることなど期待しておりませんので」

「それはそれで……」

「静粛に!」

「……へい」


 だが、そんな絵本の世界にマリカは魅了されたのだ。

 繰り返し、繰り返し、同じ本を読み、何度も何度も、王子と少女の幸せな結末を見届けた。

 そんなことをしていたからか、マリカはいつの間にか、その異国に興味を持ち、調べ、他にも様々な本を読みあさり、どっぷりと童話の世界に浸かったのだった。

 ……この時、まだ、マリカは身体が弱く、タレムが遊びに来る時以外は寝たきりであった事も、マリカの童話好きを拍車を掛けたのであった。


 とにかく、マリカは、沢山の童話を読み、その世界を好きになり、特に、王子と結ばれる話を好んで読みつづけた。

 創作の為に飾りつけられた美しい恋愛、現実の汚い所など何もなく、愛によって結ばれ、幸せになる。

 そんなお伽話が好きだったのだ。


「つまり、マリカちゃんは、お伽話の様な恋愛がしたいってこと?」

「ふふ、いくらなんでも、そこまで夢を見てはおりませんよ」


 昔話を辞めたマリカは、タレムに微笑んで、抱き着き、安らぐと、


「わたしの夢は……好きな殿方と結ばれて、《永遠に》愛し合いながら、平和で穏やかにそして、《悠久に》幸せに暮らすこと……もし贅沢を言うのならば、小さな教会を《永久に》夫婦合睦まじく、経営し、他の方にも幸福を分け与える事でございます」

「……」

「普通の……小さな夢でありましょう?」

「ま、まあ。……うん。マリカちゃんらしい、ほぼほぼ、謙虚な夢だね。……で?」


 そこまでなら、タレムの告白をマリカが断る理由はないだろう。

 ……ただ、


「お伽話……とまでは、求めません。求めませんが、わたしの知る夢の話は、全て、殿方が、唯一の女性を伴侶に致しておりました。……だから」

「だから、俺の(ハーレム)が受け入れられない……か」

「はい……」


 そういう、話である。


「……そっか」

「……はい。申し訳ございません」

「別に良いよ。マリカちゃんが謝ることじゃない。……マリカちゃんの夢は悪くない」


 夢を否定することは、ハーレムを実現したいタレムだからこそ否定できない。

 ……ただ、

 それでは、タレムの夢とは絶望的に噛み合うこともない……。


「……そっかぁ」


 呟いたタレムは、胸が空くような痛みを覚えて、紛らわせようとマリカを抱きしめた。

 されど、その行為は余計に……強く痛むだけであった。

 ……もう、タレムの夢は叶わない。

 勝手に溢れそうになる涙を、必死に堪え、顔色をマリカに見せないように抱きしめる。

 ……しかし、だ。


「だから、タレム様は、わたしを奪って下さいまし」

「あん?」


 マリカの話は明るい声で続いていた。


「わたしの夢ごと奪って下さいまし」

「……」

「わたしの恋心ごと奪って下さいまし」

「……っ!」


 それで、溢れそうだった涙は止まり、見せたくなかった顔で、マリカを見つめた。

 その銀色の瞳に映った少女の顔色は、夕日の如く真っ赤に染まっていたのであった。


「奪えば結婚してくれるの?」

「……ふふ。少なくとも、タレム様の腕で抱かれるのは、悪い気分ではございません」

「どうやったら、奪えるの!」

「本当は……今のままでも、奪われそうでございますよ?」

「――っ!」

「でも、お願いでございます。もう少しだけ……心を整理する。夢を捨てる。時間をお与え下さいまし」


 つまり、もう少しの時間さえあれば、マリカの心が落ち着けば……


「うん。分かったよ。……分かったよ。俺、いくらでも待つから」

「ふふ、そんなにお待たせしませんよ。……ただ、それまでの間も、こうして身を寄せることをお許しくださいませ。落ち着くので」

「うん。うん。うん! そいうことなら大歓迎だよ!」


 ロック村に来て一ヶ月と少し、ようやくタレムとマリカの関係が動き出した。

 

「ふふ……タレム様。もう少しだけ……もう少しだけで、ございます」


 そして、溜め込んでいた気持ちをさらけ出したからか、その日、マリカは、ロック村に来てから初めて、ぐっすりと穏やかに眠ることが出来たのであった。

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