七話 『ハーレムという夢』
食事の後始末も終わり(マリカが一人でやった)、夜も更けて来た時。
「ねぇ。そういえば、マリカちゃん。ここに住むつもり?」
「タレム様のお望みとあらば……そのように致しますが」
チラッと向けられるマリカの視線は、タレムの言葉を待っている。
……どういう意図が有るか、まるでわからない。
もしかしたら何かしらの政略、ということもある。
(いや。アルタイル家の当主候補でもない俺に、わざわざそんな無駄なことしないか)
「フフフ……相変わらず、タレム様は臆病でございますね」
「……」
「失礼致しました。悪い意味ではございません。むしろ、お変わり無いようで安心致しました。ふふ」
タレムはマリカの言動に困惑するが、それをマリカはうっとりと見つめてから、
「普段は通わさせて頂きたいと思っております」
「普段は?」
「ええ。今日のように遅くなってしまった時や……タレム様がお望みあれば、適宜、対応致しますので」
「つまり、今日は?」
「そうでございますね。今日は……」
……一緒に寝ることになった。
「はふわぁ~っ。久しぶりのタレム様の香り美味しゅうございます」
マリカがもぞもぞ動いて、タレムの胸に抱き着きながら、背中に手を這わせて来る。
それがとてもくすぐったい。
「……ねぇ。こういうのは良くないと思うんだけど?」
「こういうのとは?」
「年頃の男女が抱き合ってる事だよ! というか! むずむずして寝れねぇ~よ!!」
「何故でしょうか? 昔は良く添い寝してくれたではございませんか!」
ぎゅ~っと、マリカの腕に締め付けられる。
……確かに、昔はそんなこともした。
だが、三年の間にマリカの身体は成長し、見た目も美しい女性のものになっている。
胸も同い年のクラリスより、ふっくらと膨らんでいて柔らかい。
匂いも、マリカではないが、ひまわりの様な爽やかで甘い香りがする。
「それに、これならば、私の魔法でタレム様の疲れを癒すことがますので」
「……」
マリカの魔法。《聖炎》……白い炎には生物の疲労を回復させる効力がある。
さっきの料理も、お風呂もマリカは、この魔法を使って間接的に、タレムの疲労を和らげていた。
今も、小さい聖炎でタレムの身体を温め、癒している。
アイリスに受けたダメージも、今はもうすっかりと消えて無くなっていた。
(マリカちゃんか……うん。イグアスには悪いけど)
「マリカちゃん」
「どうなさいましたか?」
「将来。俺の嫁になってくれない?」
「――っ!!」
びくんっ!
マリカの肩が跳ね上がった。
その肩を掴んで、
「そうしたら、マリカちゃんを遠慮なく抱きしめられるしさ」
「……私で良いのでしょうか?」
声が震えていた。
(あれ? 少し、がつがつしすぎたか? まあ良い。こう言うのは勢いだ!)
「もちろんだよ。昔からマリカちゃんの事、良いなって思ってたし。権力的に今は無理だけど、俺、騎士になって爵位あげるからさ」
「いえ、今すぐに――」
「そしたら、俺の嫁達の一人になってよ!」
「……は? ……れむ?」
ぴたり。
震えていたマリカの方が止まった。
そして、
「あの。タレム様? はーれむとは?」
「ああ、ほら、爵位をあげたら、沢山の人と結婚できるでしょ?」
「ああっ! 政略結婚の事でございますか。それならば、タレム様が私だけを愛して頂ければ問題ありませんので」
「え? 政略結婚なんかしないよ?」
「はて? それはどういう意味でございますか? 私には判りかねます」
マリカの表情から色が抜ける。
「だから、俺は、騎士王になって十人の心から愛せる嫁達を娶るのが夢なんだ」
「まさかタレム様は……十人全員を差別なく愛するお積りで?」
「もちろん。差別なんかしないよ。マリカちゃんも、他に娶る嫁たちと同じだけ愛してみせる! それがハーレムと言うものだからね」
「………………………………………………………………………………(そんなのやだ)」
「え?」
ボソッと小さい声で呟いて、
「私、今日は帰らせて頂きます」
サッとタレムから離れて起き上がり、
「少し……考えますので。……ですが、タレム様。そんなの間違っていると思います!!」
バシンッ!
扉に体当たりするように、マリカが馬小屋を走り去って行った。
タレムが追い掛けようとする前に、それを慌てて追いかける足音が聞こえる。
……やはり、マリカの護衛がいたのであろう。
「結局……」
一人になってしまった。
「全敗か……夢も希望も、ままならないな」
最後にマリカが見せた表情は、涙だった。
天真爛漫な少女が見せた涙。
「俺が……俺の目的が間違っているかな……でも、だとしたら……」
……もう、何も残っていない。
タレムの呟きは誰にも届かなかった。