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二十三話 『他人に甘える訳には参りませんっ!』

 マリカの崇高な理念によって、教会の補修はなるべく手作業で行うと決まったが、どうしても必要な物はあり、お金はかかる。

 それは教会関係だけに留まらず、屋敷の修繕や、生活上、必要最低限の物から嗜好品まで、多伎にわたる。


 もちろん、タレムには節約しろと言うつもりはないが、この際である。

 必要な物、欲しいもの、を纏めて発注することした。

 ……マリカには出来るだけ優雅に心穏やかに過ごしてもらいたいのだ。

 ついでに、居心地に負け、結婚して住み着いてもらいたい。

 というような邪念が無いこともなかった。(つまりある)


「さて。じゃあ、何が必要かな?」


 タレムは、教会の椅子にすわって、羊皮紙と羽根ペンを片手にイグアスとマリカの意見を集める。


「そうだな……」


 と、早速、イグアスが軍事関係や、領主経営に必要な物を上げれば、


「そうでございますね……」


 と、マリカが、教会関係や生活必需品を上げて行く。

 そして、


「拙者は、部屋の床を畳に改築したいでござる!」

「っ! ござる!?」


 またもや突然、姿を現した鬼仮面の少女が、タレムの膝に飛び乗り、勝手に羊皮紙に書き込んでしまう。

 ……帝からの極秘任務に勤しんでいたのではなかったのか?


「ん? ダメでござるか?」

「いや、良いけどさ。いきなり趣味に走るんだね」

「うぃぃ~っ。見たところ必要な物は出揃ってるので、ここからは、生活水準を上げるでござるよ」

「まるで今が低いみたいに言うな」

「へいへい。あ。甘いお菓子も欲しいでござる」

「人の話はちゃんと聞いてよ」


 ここぞとばかりに、傍若無人に振る舞うリンに足元を見られていると承知しているのだが……


(ああ……っ。ござるの小さいお尻がぷりぷりしてて……こんなん、ずるいよなぁ)


 タレムはタレムで、リンのお尻しか見ていなかった。


「それと、厠でござるな」

「厠?」

「うぃぃっ。排泄する場所の事でござる。俗にトイレと言うっすよ」


 顎を上げてニコニコと見上げてくるリンに、タレムは首を傾げ、

 

「知らないのか? 二千騎士長。そんなものは、外に出て手頃な草村に済ませて来るんだぞ? あ、大なら、渓流の下流でするか、土に埋めるかして処理をするのが帝国紳士の嗜みだな」


 そこに生まれた疑問をイグアスが代わりに言った。

 そう、アルザリア帝国に便所で用を足す、という文化はないのである。

 もちろん、高貴な女性の場合、淑女の嗜みとして、コルセットの膨らみで隠す。


「兄様……。不潔でございます。近寄らないで下さいませ」


 そんな事を赤裸々に語るイグアスに、マリカが冷たい視線を向けて呟いた。

 そこにある感情は嫌悪。


(あっぶね。俺が言わなくて良かった)


 イグアスと全く同じ事を思っていたタレムが、マリカに嫌われなくて良かったと冷や汗をかいていると、


「おいおい……。お前だって、するだろうに。汚い事だが、タレムと住む以上、気取ったっていずれはわかることだぞ?」

「致しません」

「……あ?」

「わたしは、致しませんので」

「……は? ……お前、嘘だろ。それを貫くつもりか。いくらなんでも流石に……」

「わすれましたか? 修道女は嘘など付きませんよ」

「……」


 冷ややかに語るマリカに、流石のイグアスも絶句する。

 ……だが。

 確かにイグアスは、マリカのそういうところを一度も見たことはなかった。

 そもそも、マリカは帝国貴族令嬢なのにも関わらず、三つ子の頃から普段着は着物、外出時は修道服と、コルセットを着ていない。

 

(だと、するならば本当にマリカは……っ!)


「……うぃ。妃姫が、うんちをするかしないかは、どうでも良いのでござるよ!」


 イグアスは思考の深淵に囚われたが、マリカの排泄を見たことがない以上、いくら考えても答は出ない。

 そんなことを分かっているリンは、最初から取り合わず適当に流して、話を戻す。

 ……が、一応。


「因みに、殿。拙者は致すので、悪しからず」

「だろうね。マリカちゃんが特別なだけなのは分かってる」


 ……さりげなく、マリカの作った変な理想は否定しておいた。


「って、おい。タレム。現実を見ろ。マリカだって、便はするに決まってるだろ!」

「ふざっけんな! マリカちゃんはしない。したとしても、それは蜂蜜だ! 俺が飲める何かだ!」

「んなわけ、あるか!」

「あるんだよ! マリカちゃんのなら。なんだって飲めるんだ!」


 そんなふうに、タレムとイグアスが揉めていても、マリカは涼しそうに微笑んでいるだけである。


「で、殿。結局、厠は、作って良いでござるか? 設計は拙者が致すので」

「え? どうしよっかな。別に無くても困らないし……いくらお金があるっていっても、これから事を考えて、無駄遣いは避けたいんだよな。(マリカちゃんの為に使いたいから)」


 異国には異国の文化が有るように、帝国には帝国の文化が有る。

 必要性の低いことにお金を使うなら、美味しい物でも食べさせたい。

 ……そんな気持ちが、タレムにはあった。


「……タレム様」

「ん?」

「わたし、興味があります。……致しませんが」

「……」


 しかし、マリカの鶴の一声で、


「よし! つくろう! 金に糸目は付けない! マリカちゃんに好かれる最高級のモノにしてくれ!」

「承知」


 と、いう事になった。


「そういことなら、じゃあ、オレも――」

「あ、イグアスは自分でお金を払ってね」

「――だと思ってたさ」


 何度も言うがイグアスはタレムより爵位の高い百騎士長。

 元々の給金がタレムの百倍近い上に、この前のシャルル王女暗殺事件の功労で、イグアスはお金を燃やす程、持っている。

 タレムも困窮している訳ではないが、自分より裕福な男に豪遊させる甲斐性も無い。


 そんなことを、タレムが改めてイグアスに釘を刺すと、


「もちろん、兄様は、わたしの分も払うのでございますよ?」

「「え?」」


 ……囁かれたマリカの言葉に男二人の声がかさなった。


「え? では、ございません。それとも、妹の生活費も出したくありませんか?」

「出したいとか出したくないとかじゃなくて……な。とりあえず、落ち着け。黒いオーラが漏れてるぞ」


 イキリ立つマリカをどうどうと、沈めるイグアスは、視線だけをタレムに送った。

 そのタレムが、


「いやいやいや! マリカちゃん! マリカちゃんの分は俺が出すってっ! 好きなだけ使って良いよ。むしろ、使いきっても良いよ」

「そういう訳には参りません。タレム様とわたしは……あかの《他人》。《縁者でもない方》に、お金を借りる入れるなんて、はしたないことはできませんので」

「ぐぅっ! あかの他人では無いよ! 知り合いの他人だよ!! 夫婦になろうって話が出る他人だよ!」

「なればこそ、で、ございます。わたしが、殿方の好意に付け込んで、お金をたかる女に見えますか? わたしは、今のタレム様と《婚約するつもりは無い》のでございますよ?」

「ぐふぅぅっ! ……それはっ」

「ここは、はっきりと、《線を引かせて》頂きます。《壁を作らせて》貰います。絶対に譲りません。修道女として、なにより、嫁入り前の女として、《他に》貸しを作る訳には参りませんので」

「……うわぁあああああんっ! イグアスっっ! イグアスぅぅっ! マリカちゃんが! マリカちゃんが! 酷い事ばっか言うよ!」


 マリカに何度も他人と言われ、メンタルがブレイクしてしまったタレムが、赤髪の親友に泣きついた。

 そうして、泣きついてきたタレムをイグアスはヨシヨシとあやしながら、


「マリカ。もう、やめてやれ。タレムのMP(メンタルポイント)がもうゼロだ。……女なら男の意地は黙って受けとるものだぞ?」

「性差別なんてこの国では流行りません。兄様はもう、口が臭いのでしゃべらないでくださいませ」

「くち……。なんだ……と!?」

「修道女は嘘を付きません」

「うおおおおお――っ!」


 ……イグアスの精神も崩壊した。

 そんなこんなで混沌としてきた中、ちょいちょいとタレムの袖を引いたリンが言う。


「拙者は殿に奢って貰うでござるよ?」

「……」


 ……もう、好きにして!

 と、思うタレムであった。

 ……因みに、リンは、イグアスより更に上の二千騎士長の立場である。

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