十九話 『騎士団員が集まらない』
リンとの特訓を終えたタレムは、水を浴びて汗を流し、マリカの優しい微笑みに見送られながら、イグアスと屋敷を後にした。
向かったのは、村の西にある広場。
昨日の村長との話では、そこに騎士団員に入りたい村人が集まってくれるという事だった……
が、しかし……
「誰もいないな」
「人っ子、独り、居ないね……」
……閑散とした草原が広がるだけであった。
「……まあ、予想はしてたけど、誰もいないとは……給金が少ないのかな?」
「いや、これ以上ないって程の高待遇だ。単純に、兵士なんかなりたくないんだろう。見たところ、長閑な村だったしな」
「おいおい……」
マリカとともに村を回ったからか、タレム以上にこの状況を予測していたイグアスが、眠そうに欠伸をしながら、草原に寝転んでしまう。
「この村じゃ、剣よりクワを持って畑を耕す。それで生活が成り立っている。いくら金を積んだところで、わざわざ、命懸けの騎士団に入ろうとなんてしないだろう」
「じゃあ、どうするんだよ。……このままじゃシャルに合わせる顔がない」
「プリンセスか……」
もちろん、新しい領主が徴兵したところで、集まる人数はたかが知れている。
だからこそ、騎士が騎士団を創設する場合、貴族の権力を使って傭兵を雇う。
タレムも、アルタイルの名を使えば集められるだろう。
されど、家を出奔しているタレムには、その手段は取れなかった。
(領主権限を使えば、強制徴兵も出来るけど、それはしたくない)
タレムもイグアスに習って草原に背中を預けた。
……今日はもう、やることがない。
「ま、もう少し様子見て、ムリそうだったら、オレの兵を流してやるさ」
「……何か何まで悪いな」
「フッ。気にするな。オレはお前と違って、グレイシスの名を幾らでも使えるからな。なにより、今のグレイシス家は、皆、タレムが好きなんだ。知ってるだろ?」
「俺のハーレムに、男と既婚者は入れないけど?」
「言ってろ」
戯れ言とイグアスは鼻で一笑し、話を変える。
「そんなことよりも、昨日、マリカがお前の部屋に行ったようだが……どうだったんだ?」
「……っ! お前も見てたのかよ!」
「いや、気配で、な? ――で? どうなんだ?」
「……」
普通なら、真面目に答えるような事ではないが、何故か、イグアスの瞳に茶化している色がないことに気付く。
「……色々あったけど何も無かったよ」
「そうか……」
「でも、マリカちゃんってああいうことするんだね。正直、驚いた」
「……」
本心からであろうタレムのそんな言葉にイグアスは、虚ろな視線で、空に流れる雲を見上げた。
「お前だけだ」
「……え?」
「昔から、マリカが心を開くのは、お前にだけなんだ」
その視線にどんな感情が含まれているか、解らないようにするために、イグアスは感情を消しながら話している。
英雄は、例え家族の事でも感情的になってはいけないのだ。
「マリカの気持ちなんて、オレには解らないが……お前を特別に想っているのは間違いない」
「……」
「だからな、タレム。マリカがお前にする行動は、お前にしかしない行動だ」
……それでも、イグアスは伝えたかったのだろう。
「短期間で修道女にまで成った程の禁欲的な女が、そんな行動をした」
「……そこには何か理由がある、と?」
「……」
昔から病気がちだったマリカの遊び相手をしていたタレムは知っている。
マリカは女嫌いな上に、男にも必要以上に近付いて来なかった。
箱入り娘な彼女は誰よりも、性に対して貞淑で、夢見がちな女の子だった。
……だからこそ、昨日のあの行動に驚いたのだ。
「……お前の前では見せる特別な行動、それはタレムを愛しているから出来るんじゃないのか?」
「でも、俺のプロポーズは断る」
「……何かが足りないんだろう、な。マリカが求める何かが」
「それが、分かればマリカちゃんは結婚してくれる?」
「――さて、な。分かる必要があるのはお前だけとは限らないぞ?」
「……ん?」
(そういえば、そんなことをシャルも言っていた気がする。恋は駆け引き……だっけ?)
シャルルとイグアスには同じものが見えているのか?
マリカかがタレムに求めるものは何なのか?
タレムには何も分からなかった。
「ま、オレの望みは、お前は、お前のままで居てくれって事だ。タレムをマリカが壊すなら、オレはアイツの敵となる。お前の恨みを買っても、な?」
「……イグアス」
どこまでいっても、イグアスはイグアスの道理で動いている。
(結局、マリカちゃんの味方で居られのは俺だけか……)
「話が逸れたな……。オレが言いたかったのは、マリカはもう子供じゃない。って、事だ。自分の道理を持って、覚悟と勇気を持ってお前の夜床に這ったんだ」
「……子供じゃない、か」
「男なら、好きな女の覚悟ぐらい受け止めてやるんだな」
「……」
親友からのそんな助言に、タレムも無言で空の雲を見上げるのであった。




