十六話 『そこに愛が無ければ良いらしい』
……なんでこうなったんだろう?
タレムは遠い目でそう思いながら、赤いベビードール姿のマリカと、大人な下着姿のノーマを見ながら大きく溜息を付いた。
弾けたリビドーは最早、原型を留めないほど、壊れている。
「フフフ……タレム様? 説明を」
「あうぅ……私、どうしたら?」
「……」
ギチギチと肩の肉にマリカの爪が付き刺さり、ブルブルとノーマが涙を流している。
タレムも背中が汗でびしょびしょだ。
……こういうとき、どうするのが正解か?
そんなものが有るのか無いのかタレムには解らなかったが、一つだけハッキリしている事はあった。
それは、
「マリカちゃん。この状況……信じてくれないと思うけど、俺は今でもマリカちゃんしか見てないよ?」
「……」
タレムに取って大事なのはマリカ・グレイシスであるということだ。
ノーマが乱入したことは、ただの手違いと勘違いだが、そんなことはどうでもいい。
今は、ノーマに対する補足よりもマリカに誠意を見せることが大切だった。
……無駄だとしても。
「……」
そんなタレムの言葉を聞いたマリカは、シーツで身体を隠しながら、
「はぁぁ~~っ」
大きく溜息を付くと、
――ゆさっ。
タレムの後ろから腕を回して、優しく抱きしめた。
「申し訳ございません。少し、取り乱してしまいました。タレム様の言葉とあらば、信じるので説明してくださいまし。あのメスを喰らうお積りだったので? だから一人、明かりも付けず高ぶっておられたのでございますね」
「うん……。取り敢えず、マリカちゃんが全く俺を信じてないことは分かったよ」
「ふふ、大丈夫でございますよ? そこに愛が無いのであれば、ただの女遊びであるのならば、わたしは許容いたしますので」
「……」
優しく甘く暖かく囁かれるマリカの声に、
(普通、逆じゃね?)
と、タレムは思うが、その辺は、男と女、名門貴族令嬢と落ちぶれ貴族養子。
物事の捉え方が違うのだ。
「ふぅぅ……実はね」
タレムも溜息を付いてから、お腹に回されたマリカの手を握って、ノーマの事を説明した。
全て、誤解なのである、と。
それを聞いたマリカは、少しだけ身体をピクンと弾ませ瞳を輝かせると、
「では、あのメス肉は帰してしまってよろしいのでございますね?」
「マリカちゃん……言葉汚いよ。別に帰して良いんだけど……」
言いながら、タレムはノーマを初めてしっかりと見つめた。
昼間は顔を隠していて良く見えなかったが、長めの茶髪に真ん丸黒目……
「ノーマちゃん。歳は?」
「――っ! あう。十四歳です」
マリカより一つ年下の年齢。
もちろん、ただの村娘であり、貴族の中でも天使に位置するマリカと比べるのは愚か、シャルルやリンと比べても、その容姿は霞む。
とても、タレムがハーレムに入れたいと思うようなレベルではなく、抱きたいとすら思わない。
そんな程度の少女だが、
「……十四歳。そんな女の子をこんな真夜中に返す訳には行かない、か。それに」
ノーマは、タレムへの献上品として、ロック村の人々から送り出されたのであろう。
つまり、タレムに抱かれ、機嫌をとるのが彼女の仕事なのだ。
このまま、突き返せばノーマが、村でどうなるかわからない。
……それでは、この状況すらも気泡と化す。
「取り敢えず、今日はここに泊まって行きなよ」
「あうっ!!」
「ははっ。別に取って食ったりしないからさ。俺、今はマリカちゃんしか興味ないし……いやマジで」
「あぅ……」
「さて……」
領主であるタレムが何を言っても、ノーマは脅えるだけ。
……どうしたものかと、タレムが首を捻っていると、
「では、殿。この村娘の扱い。拙者にお任せござれ、二階の部屋を適当に宛てがうでござるので」
「――っ! ござる! 一体、いつから!?」
いつもながら突然、鬼仮面の少女リンが、闇よりいでて、ノーマの腕をとる。
「うぃ~。もちろん、殿の屋敷によそ者が入った時からでござるよ。殿の身。何としても守ること、コレ、姫から受けた密命でござるので」
「え……そ、そうなんだ、まあ、良いけれど」
リンならば、女嫌いのマリカや、肉欲の獣を飼うイグアスをよりも適任であろう。
任せられる。
(というか、その前のマリカちゃんとのアレコレ見られてないだろうな?)
「では、拙者はこれにて、殿は皇后陛下と続きをお楽しみござれ。キメるでござるよ!」
「喧しい……って。やっぱり、そこも見てたのかよ!」
「ひっひっひっ。壁に耳あり障子に目あり……拙者の。隠し事しようとしても拙者にはバレバレでごさるよ?」
「こえぇよ!」
突っ込むが、大してタレムは怒ってはいなかった。
いずれ、リンは嫁にする少女、もともと隠し事をするつもりはない。
それに、リンはただ、タレムを文字通り見守っていただけであろう。けしてむやみに口外し、揶揄することもない。
忍ぶもの、リンはそういう人間である。
「リン様。暫し、お待ちを」
「ん?」
一見落着。と、リンが肩を震わせるノーマを連れて行こうとしたが、マリカが制止。
その真意はマリカにしかわからないが、マリカの瞳はしっかりとノーマを捉えていた。
そして、
「ノーマ様。気付いておりますか? 貴女は穢れておりますよ?」
「――っ!」
そう言われた、ノーマの全身が大きく跳ね上がりマリカを見た。
「ちょっと! マリカちゃん! そんないきなり汚いは酷くない? 平民ならそのくらい普通――」
「タレム様は口を出さないでくださいまし!!」
注意しようとしたタレムを、マリカは無視して続ける。
「わたしは修道女でございます。神を信じ、救いを求めるのであれば、日を改めてお尋ねくださいませ」
「……あぅ。わたし――」
「――今日は村を浄化して回り、疲れております、時も遅く、魔が溢れる時間帯。営業時間は終わっております。何より、(貴女はせっかく良いところを)邪魔をしたので、気分も優れません……。日を改めてお尋ねくださいませ」
「あうぅ……」
「他から網で救われたいという浅ましさではなく、自ら釣り糸を手繰り寄せる様な生き意地で救いを求めのであれば、我が主、タレム様もお力になるでしょう」
「……」
「困難を乗り越えるのは常に自が意思、で、ございます。生きようと足掻くこと。救われるのは生者呑みでございます。コレ、夢夢おわすれなきように……」
「……はい」
チラリとタレムを見ながら言ったマリカの言葉が終わると、行くでござるよ。とリンがノーマを連れて部屋を出て行った。
再び、二人になったところで、
「タレム様……」
「……あい。タレムです」
「あんまり、好きでも無い女性に優しくし無いでくださいまし。嫉妬してしまいました。修道女、失格でございます」
「いや、俺は、女の子というより、俺の領民に優しくしたわけで……」
「それは分かっております!」
「……」
「それでも、わたしは……(タレム様の特別になりたいのでございます)」
「ん?」
呟いたマリカは、もう一度タレムを抱き締めてから立ち上がり、
「メスの乱入で、今晩は興が覚めてしまいましたね? まだ、続けるお積りはございますか?」
「いや、流石に……もう。というか、マリカちゃん。こういうことするならさ、結婚しようよ。それから――」
「――それではダメ……ッ! コホン。……今宵はもう良いのでございます。またの機会に致しましょう。わたしも、あのメス肉が犯した屋敷を浄化致さなければ参りませんので」
「……相変わらず、マリカちゃんは潔癖症だね」
「ふふ、タレム様の健康で健全な生活をお守り致すのが、花嫁の勤めでございますので」
そうして、マリカもタレムの部屋を出て行くのであった。




