十話 『長閑なるロック村』
到着早々、マリカの暴走で一人になってしまったタレムは、村長の案内で、村を歩いていた。
目的地は、タレムが新たな居城、領主邸宅であるが、それまでの道のりで、ロック村の有り様を目に止めて置く。
やはり、ロック村は渓谷に流れる水を使った農業が盛んな村で、畑が至るところに点在している。
一方、子供達も多く活気があった。
因みに、すれ違ったマリカは、ロック村の円周をぐるりと回りながら、塩を撒いたり、マリカの魔法、《聖炎》を燃やした松明を立てたりしていた。
その様子を、村の男衆が、不思議そうに眺めながら付いて回っていたが、イグアスが隣に控えているため、声をかけることは出来そうに無い。
と、タレムは思っていたが……
実際は、美し過ぎるマリカに声を掛ける事すら、マリカという存在を汚す要因になりそうで憚んでいるだけである。
そんな長閑な村景色を見歩いていると、
――ふらっ。
「はぅっ!」
畑仕事をしていた幼い農婦がすれ違いざまで急にぐらつき、タレムに向かって転倒してきた。
「おっと。大丈夫?」
「あう……っ! ……はい。ごめんなさい。ちょっとふらついちゃって……。はぅ! 領主様っ!!」
受け止め声を掛けられた農婦が、タレムを見て引き攣った声を上げる。
……タレムの服が農婦を受け止めた拍子に泥まみれになっていたのだ。
アルザリア帝国では、結婚権のない平民の女性は、貴族に持ち帰られる事が無いように常に顔を薄い布で覆っている為、タレムには見えないが、おそらく布のしたで顔を真っ青にしているであろう。
それは平民にとって貴族。中でも領主は絶対に逆らえない存在だからだ。
当然、生殺与奪の権利はすべて、服を汚されたタレムにある。
「あうぅ……はぅ……」
タレムの掴む農婦の肩と膝がガクガクと震え上がり、意味のある声を出すことすら出来ないほど、狼狽してしまう。
「こらッ! 何をしておるのだ! ノーマ! 早く、膝を付いて謝るのじゃ!」
「はぅ!?」
そんな農婦ノーマを見兼ねた村長が、無理矢理にノーマの頭を掴んで土下座させる。
「も、申し訳ありませぬ。何卒、ご容赦を! この娘には必ずや厳しい罰を与えまするので」
「はうぅぅ……」
「……」
額を土で汚してもなお、ノーマはガクガクと恐怖に震えているだけだった。
これが、アルザリア帝国では何処にでもある普通のことだ。
それほど、平民にとって貴族は怖い物なのである。
だが、もちろん、
「別に気にしてないよ。お咎めなし、服は洗えば良いだけさ」
馬小屋で暮らしていたタレムが、いまさら土に塗れることを気にする訳がなかった。
「さ、もう良いから立ちなよ。俺、あんまり、人に頭を下げられるの好きじゃないんだ。元はただの下民だし」
「はう……」
「……」
タレムはそう言いながら、村長とノーマの肩を叩いて立たせる。
……これで終わり。に、すると、この後、貴族に迷惑を掛けたノーマは村長から責められるだろう。
そういうことには頭が回るタレムが、まだまだ怯えているノーマの茶葉を撫でて、
「村長。この子。ノーマちゃん……だっけ? 後で俺の所に来させてね」
こう言えば、村長が、ノーマに酷い仕打ちをすることは出来なくる。
更に、ニコッと微笑んで、傷つけるなという意図を伝えておく。
すると、
「……っ!」
村長は一瞬、ノーマを見てから納得したように下卑た笑みで頷くと、
「は、そのように致しまする。ノーマ。下がっておれ」
「……あ、あぅ……。はい」
そういってノーマの事を下がらせた。
タレムの予想通りである。……ここまではであるのだが。(更に続く)




