九話 『新天地ロック村』
タレムに割り振られた領地。ロック村。
それは、人口三百人ほどが静かに暮らす村で、帝都から南に三百キロ程下った大渓谷地帯にある。
タレム、イグアス、マリカの三人は、馬車で六日掛けて、そのロック村までたどり着いていた。
道中、マリカとイチャイチャしたかったタレムだが、親友であり、マリカの兄でもあるイグアスの前では、流石に甘えずらい。
更に付け加えるならば、馬車旅と言うのは、想像を絶するほど過酷な旅で、その負荷は当然、タレムとイグアスの二人で受け持つ。
……家事担当のマリカですら、疲労の色を見せる中、タレムとマリカの関係が進展する事はなかった。
(いやいや! マリカちゃんを口説き落とすのはこれからだ!)
――で、
「《敗北王》タレム・アルタイル様……ですな? よくぞロック村に、おいでくださいましたな。ロック村、一同を上げで歓迎致しまする」
そんなタレム達をロック村の村民が出迎えていた。
出迎えの数は二百人程度。ロック村の人口の約三分の一が出迎えてくれた事になる。
小さな村の領主着任ならではの光景だ。
「うん。俺がタレム・アルタイルだよ? 暫くの間、よろしくね。でも……敗北王は辞めて」
「ははぁッ。こちらこそ、ですぞ」
村人の盛大な歓迎に感嘆しつつ、タレムは村長と握手を交わす。
……見た目から齢は、五十歳前後だろうか。
「で、領主殿。後ろのお二方は?」
「ん? ああ……」
タレムと挨拶を済ませた村長が、赤毛の兄妹に視線を向けた。
その視線に、タレムが目配せすると、
「オレは、タレムの補佐する為に来た。百騎士。イグアス・グレイシスだ」
「同じく、修道女。マリカ・グレイシスでございます」
二人がすらすら言葉を返して微笑んだ。
……これは、予め決めて置いた二人の設定である。
流石に親友と花嫁候補同伴とは言えなかった。
(まだ、マリカちゃんを嫁とは言えないし。使用人や愛人の扱いじゃマリカちゃんの格が下がっちゃう。……イグアスはどうでもいいけど)
「グレイシス!! 英雄っ!?」
「百騎士様!?」
「おおっ。凛々しくあられる」
「それにそっちは修道女様だべ」
「なに! 修道女様!」
「おおっ。なんとお美しいっ!」
「というか、シスターちゃん。可愛すぎないか! 嫁にしたいべ」
「後光が見えるべ。オラ、死んでも悔いはねぇべ! 嫁になって貰いたいべ」
「オラもだ! オラの嫁だ!」
「シスターちゃんはオラの嫁!」
『黙れ! 俺の嫁だ! (タレム)』
――ざわざわ。
流石に帝国三大公爵が一翼グレイシスの名はロック村にも伝わっており、マリカとイグアスの性を聞いた村人達に動揺が走る。
……何より、男衆はマリカの見目麗しさにやられていた。
そんな中で、禁欲を表す黒衣の修道服を纏ったとうのマリカは、キョロキョロと辺りを見渡して……
「……この村。穢ておりますね。タレム様。少し、村を浄化して参ります」
と、唐突に言って、立ち去っていく……。
……また、始まった。
マリカはたまに、こういう不可思議な言動を取ることがあるのだ。
「マリカちゃん! 待って。知らない村で単独行動は……」
「知らない村ではございません。既に、タレム様の領地でございます」
「いや……そうだけれども」
「で、あれば。(わたしの聖域を勝手に)犯す事、これ、何人たりとも許せまじっ! あ……タレム様」
――ピタリ。
聖なる修道女な筈だが、黒いオーラを纏ったマリカが、急に歩みを止め、思い出した様に振り返ると、
――ブシャーーッ!
タレムに塩を手袋ひと袋分、ぶっかけた。
……しょっぱい。
「ぶぅっ! え? なに? 何なの? 新手の愛情表現?」
「暫し、それで護られる筈でございます。ではーー」
そして、再び何もなかったが如く、村の奥へと姿を消していく……
英雄グレイシスの血筋は一度決めたら止まらない。というか頭が固くなる。
もはや誰も、その歩みは止められないのだ。
「……って! では。じゃないよ! 女の子一人は危ないって! イグアス!」
かといって流石にこれだけの男達がいる村で、か弱い修道女一人で行かせるのは、イロイロな意味で心配だ。
ここは、兄に付いて貰うしかないとイグアスに声をかけるも……
「断る……オレは妹の世話をしに来た訳じゃない。アイツが勝手に作ったリスクに付き合う理由は無いな」
グレイシスの血筋は妹にたいしても頭が固かった。
(兄が妹を守るのに理由がいるかよ!)
とか、タレムは思うが、グレイシスに感情論は意味が無い。
グレイシスが従うのは、自分で決めた義のみ。
そんな兄を、
「うるせぇーよ。マリカちゃんは、俺の妻になる女の子だ! 妻にする女の子だ! それで理由が不足するなら、お前はもう帰れ。俺が行く」
「……」
タレムの瞳がギロリと捉える。
それが言葉よりも雄弁に語っていた。……俺は本気だ! と。
「……ふっ。お前の伴侶か。十分だ。……悪かった。行ってくる。妹が可愛くない訳でもないからな」
「フッ。最初からそう言えって」
降参だ。と、両手を上げたイグアスがマリカの後を追っていく。(続く)




