七話 『心に刻まれていたトラウマ』
同日、夕刻。
――ちゃぷちゃぷちゃぷ……っ。
一日を終えて、馬小屋に戻ったタレムは、
「タレム様。気持ちようございますか?」
「うん。気持ちいよ」
「ふふ、それはようございます」
既に諸々の準備を済ませて待っていたマリカに、
「ココは、如何でございますか?」
「うん。そこも凄く気持ちいよ」
「それはようございます」
「それにしても、マリカちゃん。上手くなったよね?」
「ふふ、タレム様の弱点は、全て網羅しておりますので……(わたし無しでは生きられない様に調教しておりますので)フフッ」
「え?」
「なんでもございませんので」
――ちゃぷ。ちゃぷ。ちゃぷ。
……タレムはマリカに、
「まあ。なんでも良いけどさ。それよりも、マリカちゃん。そんなことしてないで、お風呂、一緒に入って良いんだよ?」
「フフ……」
……お風呂場で背中を流して貰っているのだった。
マリカが花嫁修業に来て以来、ほぼ毎日やっている習慣である。
「わたしは、これが勤めでございますので、タレム様はお気になさらないでくださいまし」
「……くぅぅ~っ。マリカちゃんと一緒にお風呂入りたいのにぃ~っ!!」
「……」
ここで改めて言うが、タレム・アルタイルは貴族である。
そのため、風呂場でメイドに身体を洗われる事には慣れ親しんでいるのだ。
今更、タレムがマリカに身体を洗われる事に恥じらいは無い。
「……」
「マリカちゃん?」
「……そんなに、わたしと入りたいのでございますか?」
「え? そりゃ~ね。マリカちゃんみたいな美人とお風呂なんて――」
――スルっ。
タレムの言葉の途中で、マリカが着物をするりと脱ぎ捨てた。
そして、
「では、お邪魔、致します」
「……ッ!」
――ちゃぷんっ。
静かに入浴した。
もちろん、ここはアルザリア帝国学院が敷地内にある馬小屋の外。
お風呂と言っても、貴族の屋敷にあるような大浴場ではなく、小さな釜風呂。
それもボロボロで見た目はかなり錆び付いているもの。
そんなお風呂にマリカが入浴すれば、互いの身体が触れ合うのは必然だった。
「ひゃんッ!」
「タレム様? やはり、お邪魔でしょうか? 狭くはございませんか?」
「いやいやいや! 最高! 最高! 最高ッ!」
「……フフフ。喜んでいただけているのなら、光栄でございます」
マリカはそう言いながらクスクスと微笑んで、お湯に身を沈め、タレムの胸板に手を沿えて頬をつけるように密着する。
「タレム様。誰かの視線があるかも知れません。タレム様以外には見られたくございませんので、どうか……背中を抱いては、いただけませんか?」
「……っ」
――ゴクリ。
タレムは唾を飲み込んで、指をわなわなさせながら、マリカの背中に回していく。
絹の様な白い肌と、まだまだ発展途上だが、年齢の割には大きく膨らんでいる胸が、たゆゆんと、身体に密着していれば理性など、とうの昔に消し飛んでしまっていた。
「大歓迎ッ!」
「……んっ」
――ぎゅっ。
言われた通りに、マリカの背中を抱いて、外から肌を隠してしまう。
それはつまり、タレムしか、マリカの宝石の様に美しい肌を見ることは出来ないという事だ。
……何と言う、征服感! 優越感!
たった一人の女の子を抱いているだけにも関わらず、タレムは世界を手に入れたような気持ちになっていた。
「ん……っ。タレム様。もう少し、優しくしてくださいまし」
「あ、ゴメン」
言われて、力の入りすぎた腕を緩める。
「ねえ? もしかして、マリカちゃん。普段からこんな事してるの?」
「いえ? しておりませんが?」
「ほんと?」
「はい。殿方に肌を見せるのも触らせるのも、タレム様が初めてでございます。(この先も……ずっと)」
「――っ!」
――ゴクリっ。
「んっ。タレム様……」
再びタレムは唾を飲み込んで、マリカの身体を抱きしめた。
そんな事をしたからか、マリカが色っぽい声を出す。
「あ、ごめん。痛かった?」
「いえ……別、タレム様になら、痛みを与えられようと構いませんので……」
「……」
「そうではなく……その。タレム様……」
そこで、マリカが恥ずかしそうに、お尻をむずむずと動かして、その下に指を持っていく……
そして、
――ペタっ。
「タレム様……これが」
「あ……それね。嫌だよね」
「いえ、タレム様のならば。嫌ではございませんが……」
「じゃあ、気持ち悪いよね。なんか……ごめん」
「いえ、気持ち悪くもございませんが……」
マリカがソレを触った事で、タレムの理性が特急で戻り、激しく罪悪感に襲われた。
(俺は! 嫁入り前の女の子に何やらせてるんだ!)
「ご、ごめん。俺、出るよ!!」
「はっ! 嫌でございます」
――ぎゅう。
慌てて腰を上げたタレムに、マリカがしがみついて必死に止める。
そのせいで、マリカの柔らかい色々な部位がタレムに当たって更にソレが大変な事になるのだが……
「タレム様……わたしに、魅力はございませんか?」
「……え?」
マリカは気にせず、タレムの身体に抱き付いたままだった。
そのまま、赤い瞳を揺らしてタレムを見つめる。
「もう、ひと月も一緒に暮らしているのでおりますよ? それなのに……コレだけなのでございますか?」
「……」
「タレム様。わたし、タレム様になら、何をされても良いと心の準備を致して、お仕えしておりますよ?」
「……それは?」
ここで、タレムが三度。唾を飲み込むが、今までのそれとは大きく違った。
(コレは……試されているのか? いきなり勝負時?)
「タレム様は、本当にわたしを、お后様に娶りたいと思っておるのでございますか? わたしには、タレム様の本意がわかりませぬ」
「……」
「タレム様のプロポーズの意味は、タレム様のお造りになられる。ハーレムの飾りの一つになる。と、言う事なのでございますか?」
「それは違――」
「ならば! 示してくださいまし」
揺れる瞳を閉じるマリカに、言葉は要らないだろう。
タレムはただ、マリカが求めるモノを示せば良い。
「マリカちゃん……」
ゆっくりと、マリカの身体に指を這わせて、唇を寄せていく。
「俺は本気だよ――ッ!」
その時だ。
アイリスに唇をかみちぎられた記憶が蘇る。
マリカが同じ事をするわけないのだが、止まってしまう。
「――っ! タレム様……。やはり」
「いや!! コレは違くて!」
ジトッとした瞳を向けるマリカに、タレムが慌てて説明した。
そんなタレムの苦しい言い訳を、
「そんな事が……っ。では、もう一度、わたしで克服してくださいまし」
そう言われて、その後も何度か試すが、心に刻まれた恐怖は拭えない。
……それでも何度も試みるが、芳しい結果は得られなかった。
――そうして、お湯が温くなってきた頃。
「ご、ごめん。マリカちゃん。ちょっと今は、むりっぽい。ごめん」
「……」
タレムはキスを諦めた。
そんなタレムをマリカは、ぎゅうっと抱きしめて、
「良いのでございます。わたしの方こそ、タレム様にそんなことがあったと梅雨知らず……申し訳ございませんでした」
少しだけ悲しそうに謝ったのだった。




