五話 『順位戦!』
薄氷色の瞳と髪。そして、スレンダーな身体が魅力的な少女。アイリス・クラネット。
それは、先月、タレムの恋人である、第一王女シャルル・アルザリア・シャルロットを暗殺しようとした不倶戴天の敵だ。
「私の相手。また、アンタなのね。そういえば、騎士になったのよね? ふん。祝福してあげるわ」
「……」
そんな少女との順位戦。
順位戦は、騎士としての名誉と誇りを掛けて戦う決闘のようなもの。
騎士・貴族として上を目指すなら絶対に負けられない戦いである。
「ねぇ? ……なんで? 無視するのよ……。ねぇ!! ねぇッ!! ……そう、ならもう――」
「――アイリスちゃん」
そんな闘いの前で、不倶戴天の敵であるアイリス・クラネットにタレムが言う言葉は……
「やっぱり、俺のハーレムに入ろうよ。明日から、領地に行くんだけど、アイリスちゃんも一緒に来てくれない?」
「――ッ!」
で、あった。
そう、タレムはシャルルを殺そうとしたアイリスも、将来、侍らせる理想のハーレム。
……十人の嫁の内の一人にしたいのだ。
「……っアンタはまだ、そんなことを言うのね。私が何をしたか忘れたの?」
「別にアイリスちゃんが直接、シャルを傷つけた訳じゃない。むしろ、シャルの危機を教えてくれたんじゃん。シャルも、アイリスちゃんの事は恨んでないって言ってたよ?」
「……そう、アンタの中ではそういう解釈になるのね」
そんなタレムの言葉に、アイリスはボソッと呟いて、自分の両手を悲しそうに見つめて言う。
「ねぇ? もし、私が、アンタの想像よりも大悪党で、汚れていても。……まだ同じ台詞を言えるの?」
「大悪党で……汚れてる? それは……もしかして、処女じゃない的な?」
「……ッ!」
――ピクリ。
アイリスの眉間にシワがより、タレムを強く睨んだ。
そして、
「まぁ。それでも良いけれど……。もっと過激な事よ。例えば、そうね。動けない人間を一方的に凌辱し惨殺した。とか」
「……」
「どうなのよ!」
「ちょっと、まって。考えるから!」
タレムは、アイリスの様子が何処かおかしい気がして、その質問を真剣にかみ砕き、答を出す。
その際、魔法、《光速思考》を使い、何度も検証した。
タレムは、好きな女の子が悩んでいるなら、どれだけでも真剣になるのである。
「うん。多分、それでも俺の答は変わらないよ。処女じゃないのは正直、残念だけど、君の魅力はそんなんじゃ減退しないし――」
――ギリリッ。
アイリスが奥歯をかみ砕く。
「そこはどうでも良いわ!」
「……ええ!? じゃあ、人を凌辱して惨殺したって所?」
「……」
「それなら、それこそどうでもいいよ。別に、許さないって事じゃないけど。君がそうやって罪の意識を感じてるなら、俺はやっぱり、君が好きだよ」
「……ッ!」
「そんな君の罪くらい、俺が受け止める。一緒に背負うよ。何処までも、ね? だから、俺の嫁になってよ」
タレムの言葉は本心である。
それは、アイリスには目を見るだけで分かった。
いや、そもそも、アイリスはタレムを……。
「ふん。そう……。しね。本当にアンタなんか死ねば良いのに」
「なんでよ!?」
「知らないわよ!」
「ええ!?」
アイリスは自分にも分からない怒りにのまれ、模擬戦用騎士剣を抜いた。
……何故か、タレムの存在が、言葉が、鼻につく。
「さあ。もう良いわ。殺合いましょう」
「それは、良いけど……。結局、領地には来てくれるの?」
「そんなの行くわけッ! ……フフっ。そうね、もし、アンタが私をここで止められたら、行ってあげるわ。アンタの妻にだってなってあげる。アンタの夢を、野望を叶える手伝いをしてあげる」
「マジで!?」
「……全戦全勝の《氷の女王》を、全戦全敗の《敗北王》如きが、倒せるのなら、ね」
「……」
アイリスは妖艶に笑ってタレムを挑発する。
しかし、アイリスの言葉は何も間違っていない。
タレム・アルタイルは、現在、順位戦、百九戦百九敗。付いたあだ名は敗北王。
つい先月も、立ち合いし、圧倒的な力の差を見せられて敗北しているのだ。
その時のタレムには勝てる要素が一つもなかった。
……だが、今のタレムには覚醒した最強の魔法がある。正直、誰と闘っても負けない力だ。
「フフッ。俺を先月までの俺と一緒だと思ってナメていたら、痛い目を見るよ?」
「うふふ。ごたくは良いから、力を見せなさい。私の野望を止める力を……ね?」
順位戦、開始の合図は、特に無く。
互いに騎士剣を抜刀した瞬間から始まると言っていい。
「ふん。良く分かんないけど。良いよ。俺はここで君に勝ち、ハーレムの夢を一歩進めて見せる!」
その闘いの火蓋をタレムが、騎士剣を抜くことで、切った。
瞬間。アイリスが目にも止まらぬ速さで動く。
「ナメているのはアンタよ!! 切り殺す!!」
このアイリスの動きに、タレムが追随することはできない。
全戦全勝という、アイリスの記録は伊達ではないのだ。
――が。
とーんっ。
その時、既にタレムの必勝魔法が発動した。
《時間停止》……世界の時間軸を止め、唯一タレムだけが動ける能力だ。
これにかかれば、アイリスがどれだけ速かろうと、強かろうと、意味をなさない。
後は近付いて、指定されたアイリスの急所に騎士剣を当てれば、タレムの勝ちである。
(呆気ないか。でも、これが俺の魔法だし。そうだ、ただ勝つのもつまんないし、アイリスちゃんの綺麗なおへそペロペロしとこ)
全ての動きと音が止まった静かな世界で、タレムはゆっくりと歩き、自分の嫁になる女の子のおヘソに舌を伸ばした。
その時である。
――バキン。
「……なっ!?」
いきなり、タレムの全身が凍りつく。
それは、アイリスの氷を操る魔法によるもの。
しかし、タレムの魔法で、タレム以外、全世界の時間は止まっているまま。
もちろん、アイリスも同じである。にも、関わらず、アイリスはタレムの事を氷結したのだ。
……これは一体、どういうことか?
「うふふ。もう一度言うわよ? ナメているのはアンタの方よ。って、何をしているの?」
「……いや、美味しそうなおヘソだったから……愛してあげようかと」
「……そう。まあ良いわ」
全身が氷結された反動で、《時間停止》が解除され、世界の時間が動いていた。
タレムの知らないデメリット。
「可哀相に何も知らないのね。アンタの魔法は、時を止める。音量も運動量もこの世の全てをね。でも? そこに滞在する熱量を止める事は出来ないのよ? だから私は、戦う前に、私の周囲の空気を冷やしておいたわ。近付いたら……その通りってね?」
「……くぅ。近付いたらって! ちょっと、こんなん。ずるいよ」
「……ずるい、ね。ふふ、騎士の闘いは魔法次第。アンタはまだ、その入口に立っただけ。そんな雑魚魔法で最強にでもなったつもりだったのかしら? 抱腹絶倒だわ」
ケタケタとアイリスは笑って、タレムを冒涜する。
タレムは悔しいが、それに口答え出来る様な状況ではなかった。
(くぅ……アイリス・クラネット。強すぎる)
「でも、そんな君が好きだよ」
「ふん。最初の結婚権をクソ豚に使おうとしている分際で、良く回る口ね。私を口説くなら最初にしなさい」
――ブンッ!
アイリスが怒りを篭めて騎士剣を縦に一振りする。
全身氷結されてしまったら、時間を操るタレムの魔法では、既にどうしようもない。
「……降参なさい」
「嫌だ」
「と、言うと思っていたわ。だから……」
アイリスはそう言いうと、タレムの顔に近付いて……
ちゅっ……。
キスをした。
「――んっ!?」
「ふふふ。サービスよ」
いつも理解不能な言動をするアイリスだが、このキスの意味ほどタレムが計りかねるものはなかった。
しかも、シャルルとするように舌も絡めている。
……フルーティな香りと、身体の奥からゾクゾクする感覚。
爽やかなアイリスらしいキスの味。
「っ! アイリスちゃんっ! もしかして、一緒に――」
――ブチリっ。
その時、アイリスがタレムの下唇を噛みちぎった。
「――ッ!」
――ゴクリ。と、間髪入れずタレムの血肉を飲み込んで、
「んっ。ふふ、約束したじゃない。私を止めらないアンタに、ついていく訳ないでしょ?」
くるりと背中を向ける。
その背中を綺麗だなと、思うタレムに次の瞬間。
……壮絶な痛みが襲った。
「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!」
切られた唇から血が溢れ、そのまま絶叫する喉に詰まる。
全身が凍っているため、吐き出す事もできずに、痛みと酸欠で意識が遠退き、いつの間にか気絶してしまったのであった。
こうして、タレムの連敗記録は再び更新される。
「うふふ、アンタの言葉に少しだけ救われたわ」
そんな中、《氷の女王》アイリス・クラネットは、連勝記録を更新し颯爽と闘儀場をさっていく。




