四話 『紅と銀の友情』
領地に行くと決めたタレムは、とある人物に頭を下げていた。
それは、領主としての知識と、騎士団を作る上でのアドバイスを貰うため。
ようはその人物に一緒に付いて来て貰い、領主経営を手伝って貰いたいのだ。
「なるほどな。それで、オレを口説きに来たのか……」
そんなタレムの願いを聞いて、顎に手を当ている貴公子は、イグアス・グレイシス。
朱い髪と紅の瞳を持つ、タレムの一番の親友である。また、タレムが嫁にしようとしているマリカ・グレイシスの兄でもある。
「……」
この少年にだけは、隠し事を一切していない。
王女シャルルとの関係も、ハーレムを作るという夢も、そこには誰を入れるのかも全て話している。
それ程までに、タレムとイグアスの友情は厚く堅かった。
しかし、それでも他人に、領主の仕事を手伝えと言うのは厚かましいことだ。
……イグアスも困り顔を浮かべている。
「やっぱり、俺の領地経営は手伝ってくれないか……」
「あ? いや。手伝うぞ?」
「え?」
「手伝うさ。お前の頼みなら、な?」
だが、イグアスはあっさりと了承し、タレムの肩をポンと叩いた。
そして、難色を示した理由を教えてくれる。
「ただ……今、ちょっと色々あって、な」
「ん? 何? 俺に手伝えないの? 一応、騎士だよ?」
「……」
色々の内容を聞くような不粋な真似は勿論しないが、イグアスが困っているなら手を貸すのは当然のこと。
そう思って言った、タレムの顔をイグアスは数秒、見つめてから……
「フッ。いや。別に大した事じゃないんだ。ただのお家騒動さ」
「うへぇ~。また、あの人か……」
「まあな……」
タレムが悟ったように言う、あの人とは、イグアスとマリカの実の父親、現グレイシス公爵家当主である。
突然、マリカに花嫁修業と称し、馬小屋で暮らすタレムの元に送り付けたりするその性格は、公然の変人だ。
グレイシスのお家騒動と言えば、大抵この人がやらかしている。
そんなことを知っているタレムは、イグアスに同情の瞳を向けつつ、内心はゲッソリとしていた。
「でも。そんな時に、良いの? 俺の領地に来ても。勿論、食客として扱うけどさ」
「ん? ああ。構わないさ。やっと、将来、俺が従属する騎士団が発足するんだ。むしろ、俺の方から手伝わせてくれって、お願いしたいな」
「おいおい……百騎士長イグアス君よ」
「なんだ? 騎士・タレム?」
騎士は自分より《上位の身分》の人間に、従属する権利がある。
だが……その逆は基本的に有り得ない。
もし、百騎士長のイグアスが、騎士のタレムに従属するならば、タレムの騎士という権力で指揮できる人数を大幅に越えてしまうのだ。
多少の誤差なら認められる事もあるが、騎士と百騎士長では、指揮権、百人と一万人。
……認められる訳がない。
「……。まあ、良いや。来てくれるってんなら止める理由もないし」
「……ん?」
そんなことを考えるタレムの言葉にイグアスがきょとんとした顔になっていた。
……イグアスは、こういう間も抜けた所があるから面白い。
「ま、良いか」
だが、すぐに切り替えて、話を滑らせる。
「オレの事なんかよりもタレム。妹の事、本当に頼むぞ?」
「うん。ちゃんと孕ませる。シャルから秘密兵器を貰ったし」
「孕ま……。身篭らせるのは良いが……先に、結婚しないとな。もちろん、領地にはマリカも連れていくんだよな?」
「……あっ! まだ、言ってないや。というか、なんか結婚した気になってたよ」
「おいおい……。頼むぞ? マリカを幸せに出来るのはお前だけなんだからな」
「うん。任せてよ。好きな女の子だけは全力で幸せにするから」
「……おいおい」
お気楽なタレムにイグアスは呆れつつも……
(ま、これが、オレの従属したいタレムなんだよな)
そんなことを思っていた。
「はぁ……マリカちゃん来てくれるかなぁ。ていうか来てくれなかったらどうしよう?」
「その時はもう、詰みだな。プリンセスから言われてるんだろ? 貴族騎士として、結婚することは大切だ。マリカの事は一旦諦めて、他の嫁を娶るんだな」
「ううぅ……マジか。でも、お前、俺にマリカちゃんの事、頼むんじゃなかったのかよ」
「出来れば、な? たった一人の妹だ。幸せになって貰いたい。だが、マリカがお前を阻むなら、オレはお前を優先する」
「……おいおい」
英雄グレイシスの血筋は、こういう堅い所がある。
自らの義正を為すためには、あらゆる犠牲を厭わない。
それは、自分の身であろうと、妹の身であろうと……だ。
(俺の何処にイグアスが惹かれてくれるのかわからないけど……)
「これは、やっぱり何としても、マリカちゃんを嫁にしないとな」
「フッ。そうしてくれ。そのために先ずは……」
「うん……。目の前の課題をなんとかしないとね」
こんなタレムとイグアスの前には、アルザリア帝国学院騎士科、順位戦の組み合わせが張られていた。
「さて。休暇前の最後に……、これは運命かな」
「……どうだろうな」
そこにはこう印されている。
順位戦第百十節、第一試合 《タレム・アルタイル》VS 《アイリス・クラネット》
それは、タレムと深い因縁のある少女の名前であった。




