四十一話 『勝者の微笑みと敗者の叫び』
アークスを文字通りボコボコしたタレムは、その場をリンに任せて、シャルルを抱きしめていた。
「シャル……本当に良かった。怪我は大丈夫? 痛くない?」
「うむ……。こんなもの平気だ」
アークスに乱暴されたせいで、少し腫れ上がっているシャルルの頬を触ってみる。
「……醜くないか? 気持ち悪くないか?」
「うん。ぷにぷにしてて可愛いよ」
「ふふふ。そちは……優しいの」
「優しさじゃなくて、シャルへの愛情だよ」
「……ならば、大きな愛だ。……好きだ」
「お、おう。俺も好きだ」
「「……」」
なぜか二人とも恥ずかしい。
そんな恥ずかしさを紛らわしたいタレムが言う。
「ねぇ? シャル。平気なら、何時もの奴、していい?」
「……うむ。そちが嫌じゃないならの」
「フッ。どんだけ落ち込んでんだよ。可愛いって言ってるのにさ」
言いながら、シャルルの腰を抱き寄せて、身体を密着させるように……接吻。
「……んっ。ふふ」
そこからタレムが一生懸命、舌を入れて絡ませようとする事が、シャルルには微笑ましかった。
(タレムは本心から……私のことを好いてくれてるのだな)
そんな事を直感が、渇いた心を心潤してくれる。
「ちゅっ。ん。やっぱりさ。好きな人とキスするのって、良いよね?」
「ふふふ。そうだな。もう……終わりか?」
「ん……? まあね。シャルの怪我が治ったらもっとしようかな」
「むむ!? やはり……怪我をしている私は醜いのか……?」
「いや……そうじゃなくて。シャルが痛いと思ってさ」
「恋に痛みは憑き物だ! 遠慮せずに……我慢せずに……していいぞ?」
「そ、そう?」
本当にシャルルの身が心配なだけなのだが、もはや、トラウマなのか、妙な必死を感じて、タレムには断れなかった。
仕方なくもう一度だけ軽く唇を合わせて、アークスに殴られたというお腹をさすってあげる。
すると、
「……確かに子は孕めぬかも知れぬが……そでもよいか?」
「シャル!! 一々、暗い話にしないでよ!」
「でも」
「でもじゃない! 別に良いよ! シャルが身篭れようが身篭れまいが、いっぱい抱いて、いっぱいキスして、いっぱい遊んで、いっぱい笑えて、ずっと一緒にいてくれれば。何でもいいよ」
「……っ。好きだ! タレム! よくわからんが! 猛烈に好きだ! 私はタレムがすきだぁああああっ!」
「お、おう。俺は最初からシャルが大好きだけどね」
そんな言葉を言って聞いた、シャルルが顔を紅く染めて、タレムの胸板に押し付けた。
タレムは、タレムでそんなシャルルの頭をそっと撫でてあげていた。
「ところでさ。シャル。俺が来たとき、裸だったけど……あれってやっぱり、やられちゃった?」
「……ふふ。やられていたらどうするのだ?」
「いや、どうするって事もないけどさ。俺の好きな女の子を抱くのは、俺だけが良いなって、思ってるだけ。まあ、今回は仕方ないけどさ……」
「やられてないぞ」
「……っ! シャ~ルッ! そういう事は早く言ってよ! 割と凹んだんだよ!」
「……ふふふ。そちは面白いの」
……クスクスとシャルルが笑ってくれている。
少しは冷静になれたのだろう。
だから、タレムは本題に入ることにした。
「……シャル。ごめんね。俺、シャルを殺そうとしたアークスを殺せなかったよ」
「……」
タレムは、暗殺計画を実行したアークスを退けたものの、殺していない。
そうなると、アークスは生きてる限りシャルルを殺そうとするだろう。
もっと厄介な事に繋がることあるだろう。
それでもタレムは一度命を救われているからか、殺せなかった。
シャルルが、乱暴を受けたと知って怒り狂いはしたものの、ボコボコにしたところで満足している。
おそらく、シャルルが強姦されていも同じだっただろう。
それは、シャルルへの裏切りなのではないか?
そんなことをタレムはずっと思っていた。
「ふっ。よいよい。私もタレムがあやつを殴り、言い返してくれたところでスッキリしたのだ」
「……でも、シャルルが危険に――」
「このたわけ! 私がよいと言っているのだから! よいのだ! タレムが気にすることはない」
「……」
タレムは強くシャルルに見つめられて、アークスの件は一度、そこまでにする。
これ以上は、シャルルを侮蔑することになる気がしたからだ。
だから代わりに、
「何度でも、命をかけて、俺はシャルを守るよ。婚約者として、夫として……何度でも、ね」
そんな約束を自分で自分に言い聞かせるようにしたのだった。
そして、シャルルも、
「うむ……私も、これからはそちに守ってもらうことにする。そちを頼ることにする……よいか?」
「うん! うん!! そうして! 俺は俺のハーレムを守るためなら、何だってするからさ。もっと強くなるからさ」
「ふふふ。心地好いな。タレムのハーレムは……」
タレムとシャルル。
銀色の少年と金色の少女が二人で二人にそして自分自身に約束した約束の言葉。
そんな事を二人は笑いあうと、どちらともなく、三度目の口づけをするのであった。
――その頃。タレム達から遠く離れた王宮の暗がりに、
「ぐっ! この――くそッ! ……ハハハっ。逃げてやった。逃げてやったぞ! くそ! あの糞野郎! どんな魔法を使いやがったんだ!」
暗殺を失敗し、タレムに負け、ボロボロになったアークスがリンの目を盗んで逃げ出していた。
今頃、氷のアークスに気付かれて居る頃だろうが、逃げてしまえば、クラネットの名でいくらでも再建はできる。
アークスはそんな事を思いながら、地面をはいずって逃げていく……
「絶対に許さない! 必ず殺してやる! あの糞野郎!」
そうして、アークスのタレムへの恨みつらみが募っていると、
「あら? 汚兄ちゃまん♪ 奇遇ね」
「――っ!」
カタカタと足音を響かせながら、暗闇でもわかる薄氷色の髪と瞳を持つ、《氷の女王》アイリス・クラネットが現れた。
口元にはサギスティックな微笑みを携えている。
「クソッ! アイリス! 今まで何してたんだ! 僕の所にお前の獲物が来たんだぞ!」
「んふふ、そう。それで、負けたのね。タレムは強かった?」
「くぅ。まあ、もういいよ。それより、アイリスの魔法は回復系も使えるだろ。早く助けてくれ」
「うふふ。もう、汚兄ちゃまは、本当に……無能ね♪ 私がアンタみたいな排泄物。助けるわけ、ないじゃない。むしろ死になさい」
――ブスリっ。
アイリスは微笑みを浮かべたまま、兄の太股に騎士剣を突き立てた。
「――っ! アイリス……何故?」
「何故? そんなこともわからないの? 無能と話すと疲れるわね!」
「……ぐぅっ!!」
ブスブスブス――
アイリスがおもちゃの肉でも突き刺すように、アークスの身体に剣を突き立てていく。
その表情は明るい。
「二つ、アンタは私を怒らせた」
「……ぁっ!」
「一つは、タレムに手を出したこと。私、アイツには手を出すなって言ったわよね?」
「ぐっ! そ、それは、お前が――」
「二つ。アンタ。タレムの女に手を出そうとしたわね? 私は、犯すんじゃなく殺せって言ったのよ? ねぇ!」
言いながらアークスの両足を、両腕を、一本一本、切り落とし、
「こんな汚物が付いているからいけないのかしら?」
「ぁぁぁ!?」
――ぷつん。
陰茎すらも切って捨て、
「タレムの女を、幸せを、横取りしようなんて浅はかだったわね。そんなことしなければ、今回はまだ。ちゃんと助けてあげても良かったのに」
「……ぁぁぐ」
「んふふ。まあ、どっちにしろ、アンタは私の処刑対象だったのだけれどね。でも、大丈夫。十年前、私の婚約者を奪った連中、全員を、アンタの逝く所に送るから。必ずね。だから、後か先かに逝くだけよ? 苦痛と絶望の底に」
「ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ――ッ!」
最後にアークスの命を刈り取ったのであった。(次でエピローグ)




