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三十九話 『耐えろ! シャルル』

 最後の従者が逃亡し、遂に一人になった王女を、薄氷色の暗殺者とその配下ー千人が取り囲む。

 今、シャルルは正に、絶対絶命であった。

 そんな中、アークスは騎士剣を空斬りし、

 

侍女(メイド)は自分の命を優先し、従者(リン)は窮地に逃げ出す、か。フフフっ。何とも同情したくなる状況ですね」

「同情だと? どの口が言う」


 そう言いながらゆっくりとシャルルに近づいていく。

 その命を狩りとる為に……。


「いやいや、しますよ。同情ぐらい。国民の平和の為に人生を捧げた高潔な王女様。僕はね、前線の騎士として、とことん貴方を尊敬していましたよ。出来ればその甘い理想、実現して欲しかった」

「……ならば何故、世に剣を向ける? 貴様の野望は何だ? 心に秘めた思いは何だ? 今からでも、世に付くことを許してやってもよいのだぞ?」

「ふん。僕の野望? そんなのも、ありませんよ」

「……」

「僕はね。今の生活に満足してるんです。今の地位を与えてくれたお父様にも、この身分社会にも感謝しているんです。二人の妻が居て、何人もの側室がいて、子が居るこの生活を、ね? 毎日楽しくて仕方が無い」

「……」

「そりゃあ、出来れば平和に暮らしたいけれど。今の地位を捨ててまで、やるべき事じゃない。お父様に従っていれば、僕は最低限この幸せを維持できるんです」

「……」


 アークスのその言葉は、帝国貴族のほぼ全員が思っていること。

 今の帝国で美味しい汁を啜れるのだから、シャルルの考えには協調出来ない。


「自分本意の浅ましい俗物だな」

「フフ。改革の為に権力を持つ貴族からも、救おうとした民からも、命を救った己が従者からも、見捨てられた貴女に言われたくはない」

「……」

「まあ、平和を求めればどうなるか、良い前例にはなりましたね。これでもう、貴女に続くものも現れないでしょう」

「……」


 目を伏せて何も言わないシャルルに、アークスは騎士剣を振り上げる。

 もう、シャルルを守る人間は居ない。シャルルも逃げ出すつもりは無い。


「最後に教えてはくれませんか? 裏切られ、見捨てられ、独りになって、何を思うか? どんな恨みがあるのか?」

「ふん。恨み?」


 シャルルはキラリと頭上で輝るアークスの騎士剣を見上げて口を開く。


「世が、誰を恨むと言うのだ? メイドたちは世の為に命をとそうとしてくれた。リンは、命を危険に晒してギリギリまで闘ってくれた。民たちは、世の事など知りはしない。……恨む相手など居なかろうて、な?」

「……っ!」


 シャルルは心から思う。


(誰もから見捨てられていた十年前とは違うのだ。目を見れば分かる。皆、私を救おうとしてくれた。……だから、)


「後悔もない。世が生きて、捧げた人生は、無駄ではなかったと言う事なのだからな」


 そう言うシャルルの姿は、アークスには、聖典に書かれる女神よりも神々しく見えていた。


「なに。アークス。私を殺すこと、悔いることはないぞ? 誰も許さずとも、世が許そう。世の野望は、《全てを許す王》なのだからな」

「……っ」


 そんなシャルルの言葉に、アークスは沈黙し、何時まで経っても剣を振り下ろすことはなかった。

 代わりに、


「ぷはははっ!」

「……む?」


 盛大に笑うと、騎士剣を下ろして、


「良い。良い。やっぱり、貴女は良い! 殺すのが勿体ないほど良い女だ」

「いきなり何を言っておる?」

「シャルル王女。僕はね。貴女を殺したくないんだよ」

「……」


 そう言うと後ろで控える兵士達が、地下室と外を繋ぐ扉を固めた。


「別にお父様だって、貴女みたいな少女を殺したくないはずだ」


 アークスはそう言いながら、一歩、シャルルに近寄った。

 その分シャルルも一歩、後ずさる。


「息子のお願いを無下にする人でもない」

「お、おいっ! 何を!?」


 更に一歩ずつ距離を詰めて、シャルルもその分、下がるが、壁に背中がぶつかった。

 これ以上は下がれない。


「そこでどうだろう? シャルル王女。僕の三人目の妻にならないか?」

「――ッ!」


 ドシンッ!


 アークスはその整った顔を近づけるように、シャルルが背にする壁に手を着いた。


「どうせここで死ぬ身だ。何もかも捨てて、僕の女になるんだ。君には、僕の子を孕ませたい」

「……っ!」

「そうすれば、何不自由無く暮らさせてあげるよ?」

「……」


 二千騎士長アークスには、女好きの一面があった。

 彼の住む領地では、二人の妻の他に、戦地でさらったたり、買い取った奴隷など、実に百人近くの女性を侍らせている。

 正に今、シャルルにしているように、沢山の女性を手篭にしてきたのだ。

 彼の子供は百人以上、居るだろう。


「ふん。ハーレム……か。これだから煩悩な男は……」


 そんなアークスにシャルルは、銀色の少年の姿を重ねていた。

 ただし――


「そう、そうだよ! どうかな? 僕のハーレムにならないか?」

「断る!」


 ハッキリときっぱりと断った。


「世の貰い手は貴様みたいなゲスには荷が重い! 役不足だ! 恥を知れい!」

「……」

「野望も持てない小物が! 夢もない詰まらぬ男が! 性欲に支配されただけの(オス)が! ハーレムなどおこがましいわ! 貴様程度は、その辺の犬畜生でも抱いて満足してるのだな! クッハハハハッ!」


 ――ただし、


(タレムは王の器を持つ男。何より私の最愛の男だ。言葉は同じだが、規模もたどり着く場所も、アークスとは全然違う! 片腹痛いわッ!)


 これでもかと馬鹿にして、ニヤリと笑うシャルルにアークスは、


 ――バシンッ!


 シャルルの下腹部を殴りつけた。


「ぐふぅっ!」


 血を吐き、お腹を抑え、屈もうとするシャルルの金髪を掴んで持ち上げる。


「調子に乗るなよ? 小娘が! 選べる立場じゃねぇんだよ!」


 バシンッ! バシンッ! バシンッ! バシンッ! バシンッ! バシンッ!


 殴る。殴る。殴る。殴りまくる。

 シャルルの柔らかいお腹を何度も何度も殴りまくる。


「その身体に教えてやるよ。戦場で負けた女がどうなるかを、な?」

「……ぐぅぅ……ぅっ。な……にを?」


 アークスはそう言いながら、シャルルのドレスの胸元を鷲掴んだ。

 それにシャルルは猛烈な拒否感と忌避を覚える。


「女なんてなッ! 所詮は男のガキを孕む為にだけに生きてるんだ! 女の享楽に墜ちろ! 俺のペットにしてやる」

「やめ……ろ。やめ……て。世は……そんな……やめて、やめてぇ……」

「ガハハハっ! 弱い奴はなッ! 全部、奪われるのが戦争だ」

「ひぃいっ!」


 力強かったシャルルの瞳に涙が浮かぶ。

 時に人は、死よりも尊厳を脅かされる方が恐ろしい。

 

「クハハっ♪ いい、いい、最高っ♪ ほら? 全てを許すんだろ? 受け入れるんだろ? なら受け入れろよ!」

「いやぁああああああああ――ッ!」


 ビリビリビリ……ッ!


 シャルルのドレスが破かれた。

 その裸体がアークスに、アークスの部下達に晒される。


「……あ?」

「いやぁ……見ないでぇ……見ないでぇ!」


 しかし、シャルルの身体は、男達が想像したほど綺麗なものではなかった。

 深く、深く、幾つも残る醜い傷跡。

 十年前の暗殺で受けた傷跡だ。


 そんなシャルルを見て、アークスは一言、


「キッモ……」

「――ッ!」


 それでシャルルの顔は完全に闇に染まった。

 自分でも分かっている欠点を人に言われると、立ち直れないほどのダメージを受ける事がある。

 シャルルには、それが一番言われたくない言葉であった。


「ふん。傷物か……いらねぇや」

「……」


 アークスはシャルルの髪を離して捨てると、騎士剣を振り上げ、容赦なく振り下ろした。

 

「醜い女は生きる意味もない!」

「……ぁぁっ」


 絶望に染まったままのシャルルの首に、アークスの騎士剣が当たる。

 その直前だった。


 ――ブンッ!


 唐突にアークスが横顔に衝撃を受け真横に吹き飛んだのは。


「「え?」」


 その疑問は、その場の全員の思考。

 そして、その答は……銀色の髪と碧色の瞳を持った少年が、


「てめぇら! 俺の未来の(ハーレム)を泣かせるんじゃねぇ~よ!」


 シャルルを抱き上げながら、示していた。

 その少年は……


「っ。た、た……タレム……ッ!」


 ……タレム・アルタイルである。(次話に続く)

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