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三十七話 『走れ! タレム』

 一方、王女暗殺の情報を聞いたタレムは、話半ばで走りだし、シャルルの控室に駆け込んでいた。


「シャル!」


 ……しかし。その部屋は既に無残に踏み荒らされた後で、シャルルの姿はなかった。

 居るのは肩を震わせて泣いている数人の侍女たちだけ……


「ちッ! お前等! シャルは!? シャルル王女はどうしたんだ!」

「……ぅっ。ぁぅっ!」


 切羽詰まった怒鳴り声でそう叫ぶと、侍女の一人が嗚咽を漏らしながら指を差した。

 その方向にリンがシャルルを連れて逃げたのだ。


「くそッ! シャル!」


 タレムはそれを侍女の表情から悟り、きびすを返して走りだす……

 その道にはしばしば騎士団員風の男達が倒れていて、全員、急所にクナイを受けている。


(ござる……。お願いだ。みんな無事でいて)


 そんな風に祈りながら走って……


 ――ダンッ!


 曲がり角を曲がると急に白く細い少女の足が道を塞ぐようにかけられた。


「あら? うふふ。奇遇ね。どこに行くの?」


 薄氷色でサラサラストレートの長髪を揺らしながらそういったのは……


「……アイリスちゃん。本当に君たちが――ッ!」


 不倶戴天の敵となってしまったアイリス・クラネットであった。

 そんな事実に愕然とするタレムに、長髪をかきあげた少女は言う。


「ふん。……ねぇ。タレム。私はどこに行くの? って聞いたのよ? 答えてくれないかしら?」

「……」

「答えろって! 言ってんのよ!! 死にたいの!」 


 アイリスがいきなり激昂し、一歩でタレムに近付くと、その首を鷲掴み勢いそのまま壁に叩きつけた。


 ――ダァン!!


「ぐふぅッ!」


 壁に身体が減り込み、爆撃された様な衝撃が全身を駆け巡り血屁を吐く。

 アイリス・クラネットは十六歳にして既に三百騎士長。その実力は魔法を使わずともタレムを遥に凌駕していた。


「ねぇ? 教えなさい。答えるの? それとも死ぬの?」

「……シャルを、助けに行くんだよ」


 アイリスの瞳に宿る狂気を見て、タレムは口を動かした。


「君が教えてくれたんじゃん」

「ふん。そうなのよね。馬鹿だったわ。だから、アンタの馬鹿も一度だけ見逃してあげるわよ?」

「……どういう意味?」


 爆弾処理をするほど慎重にアイリスの真意を探る。

 できればこの薄氷色の少女とは言葉で決着をつけたかった。


「まずね。駄犬は三十分も前にアークスが殺しているわ」

「――っ!」


 まず。の言葉がタレムには重過ぎる。

 その台詞だけで、脳が揺さぶられる衝撃を受けた。


「今は後処理をしている段階なの。いまさらアンタが行った所で口封じに殺されるだけ。わかる? 分かった?」

「……」


 その後も淡々と語られるアイリスの声にタレムは反応すら見せなかった。

 ただ聞きたくなくともその高い声は鼓膜を揺らしてしまう。


「いますぐ反転して、ママのおっぱいでも吸いに帰りなさい。見逃してあげるから」

「……」

「……ねぇ? 私、同じ事を何度も言うの好きじゃないのだけれど?」

「俺は――」

「うふふ。それでも、進むって言うなら。私を殺して行くのよ? それがアンタにできるの?」

「――っ!」


 アイリスは、タレムがアイリスと揉めたがっていないことすら利用する。

 

「私との殺し合いを御所望かしら?」

「……」

「どうなのよッ!!」


 ――ググッ!


 何も言わないタレムにとうとう痺れを切らせたアイリスが、首骨を砕く勢いでタレムの首を締め上げた。


「ぐぅ……っ」


 息が出来ず、壮絶な苦しみを襲う。

 ……だが、逆にその苦しみが、タレムの止まった思考を動かした。

 

「俺は……」

「ん? ふふ。逃げるのね? 良いわ。行きなさい。賢い選択よ」

「俺はシャルを救うんだ!」


 ――バシンっ!


 アイリスの腕を払って壁から降りる。

 タレムの選択は決したのだ。


「ねぇ? 助けるって? 何? 私、言ったわよね? 駄犬は三十分も前に――」

「ござるが! 俺の師匠がいて、そんな簡単に死ぬわけない!」


 薄氷色の少女は銀色の少年の言葉に微かに目を開き……


「くははははっ♪ 面白い仮説ね」


 楽しそうに笑い出した……


「アークスは、二千騎士長になる男よ? たかだか千騎士長の分際で止められると思って?」

「うるさい! クラネットの名、あってこその昇格だろ! ござるは負けない!」

「うふふ。お父様はね。例え肉親でも実力のない者を上にあげたりしないのよ……。そういうのは嫌いな老害なの」


 アイリスは言いながら、騎士剣を抜刀。


「そして、逆に、力の有るものが低い地位に居るのも許せないみたいよ。だから私が三百騎士長になったの」

「……」

「ねぇ? この意味。理解してる? アークスは私よりも数段強いって意味なのだけど! 千騎士長を超えてるって意味なのだけど! アンタなんか行った所で殺されるだけだけだって意味なのだけれど! それを分かって! この私に逆らうつもり? ねぇ! どうなのよ!」

「……」


 綺麗な長髪を一本一本別々に逆立てながら、騎士剣を向ける。

 そんな三百騎士長に騎士見習いは言った。


「理屈はない。俺は好きな女の子を助けたいだけだから。そのためにならこの命、いくらでも捨ててやる!」

「――っ!」


 プチり。


 タレムは、そんな音がアイリスのこめかみから響いたのを確かに聞いた。

 そして、


「私に、その顔で、その声で! その性格で! その命を無駄にするなんて言わないでよ!」


 その瞬間。

 大気がビリリと振動し、帝国中に居る千騎士長以上の強者達は確かにアイリスの気配を感じ取っていた。

 それは大器の気配。


「ふふふ。もう良いわ。それなら、アンタを眠らせて終わりにするから」


 ――ダンッ!


 アイリスが駆け。

 刹那で騎士剣をタレムに叩き込んだ。

 騎士見習い程度では反応すら許さない速度で……だが。


 スカッ。


 剣は空を切り、タレムの姿はない。


「……は? 見失った?」


 疑問。その一瞬。

 アイリスの思考は空白に呑まれて居たが……


 ヌルリ。


 首筋を湿った何かがベロリと当たる感触。

 そして、服の中でぺたぺたぺたとうごめく何か……


「……ッ!」


 その気色悪さに身体が拒絶反応をみせる。

 ……と。


「くんくん。ぐへへっ。やっぱり、アイリスちゃん。良い匂いだね?」

「――っ!」


 タレムの声が耳元で囁かれた。

 それでアイリスは、驚きはしたものの深呼吸して落ち着きを取り戻す。

 ……正体が解ればこんのもの。


「……アンタ。いきなりなにしてんのよ?」


 首だけ動かして後ろを見ると、タレムがアイリスに抱き着きながら、


「首をペロペロしてるだけだよ?」

「……この手は?」

「ペチャパイをぺたぺたしてるだけだよ?」

「……」


 この時、珍しくアイリスが言葉を失った。

 タレムはその時間を使って、ぺたぺたペロペロしながらアイリスを抱きしめると、


「俺は君と殺し合いなんてしないよ。この手は好きな女の子を守るために、そして抱くために有るからさ」

「……」

「君は絶対に俺の妻にする。この身体は俺のものだよ? 俺がしゃぶるのは君のおっぱいだ!」

「……気持ち悪い」

「あれ――? デレる所じゃないの?」

「しね」


 ボソボソッとアイリスは本心で呟き、タレムを一本背負いで投げ飛ばす。

 そして、《氷》の魔法を使おうとした。

 ……が再びタレムの姿が消え、


『心配してくれてありがとう、アイリスちゃん。もっと話したいけど今は行くね』


 代わりにそんな声だけが、残っていた。


「そう……力を取り戻したのね。……でも! そんな程度で! 私を撒けると思っているのかしら!!」


 アイリスが本気になり、魔法を使おうとしたその時。


「そこまでだ。ミス・アイリス」

「……っ!」


 赤髪の騎士が現れた。

 騎士イグアス・グレイシスは剣を構えながら、タレムが向かった先を塞ぐ。 


「……へぇ。まさかここで、グレイシスが動くのね。流石に想定外だわ」

「違う。俺は俺の意思でここに居る。友が行きたい道を行かせるだけ。それにグレイシスは関係ないだろ?」

 

 向かい合う二人の騎士は、互いに剣を向けたまま一歩も動かない。


「良いの? 行かせればアイツが死ぬわよ?」

「死なないさ。タレムは強い」


 一歩も動かず、しかし尋常を超えた緊張感が持続している。


「それより、だ? 俺はここを死守する訳だが。どうする? やり合うか?」

「……」

 

 三百騎士長と騎士。

 階級で言えばアイリスの方が強いのだが……イグアスが纏う気配は常軌を逸していた。

 だからか、アイリスは剣を納め、


「いやよ。アンタと殺しあったら、本当に殺し合いになるじゃない」


 闘いを拒否した。


「私の命。アンタみたいなゴミ屑にあげるほど安くないのよ」

「……ふっ。そうか。変わってないようで何よりだ」

「ただ――」

「ん?」


 しかし、剣を納めたアイリスは、それでもイグアスに歩み寄って行き、


「うふふ♪ もう追わないから、一発、ヤらせなさい。ね? 良いでしょ? アイツにあんなことされたから、このままじゃもう、おさまらないのよ?」


 妖艶に微笑みながら、


「あっ。断れば殺すから!」

「お、おい――ッ!」


 そう言って、


 ――ぶんッ!


 イグアスの顔面を全力で殴り飛ばしたのだった。

 

「ふん。スッキリしたわ。……でも、アイツが死んだら、この取引も、もう……関係ないわよ?」

「……ぐふぅ」


 クリーンヒットで、廊下に寝転ぶイグアスを背にして、アイリスは反対方向へ歩き去っていく……

 その足取りは、静だが……重みがあった。

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