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三十六話 『そんなもの十年も前から決まっておるわ!』

 タレムがイグアスから話を聞く三十分ほど前の事。

 ちょうど、クラリスが蛮行に走る兄と口論を繰り広げていた時だろうか。


「シャルル様、お色直しが済みました」

「うむ。何時も助かるな」

「滅相もございません。少しでもシャルル様のお役に立てるのならなんでも致します!」


 アルザリア帝国第一王女シャルル・アルザリア・シャルロットは、会場とは別の部屋で叙任式に備えていた。


「ふふふ。何度も言っているが、そんなに畏まらずともよいのだぞ? 『余』はまだ、ただの愚鈍な小娘に過ぎぬのだからな。本当はこんな高価で綺麗な服を着る資格も、お前達に偉そうにする資格もないだから……」


 準備を手伝ってくれたメイドに言いながら、鏡に映った純白のドレスに身を包む自分の姿を見て思う。

 ……目から下は白いベールで隠されている。


(私は……好きな男の隣に居られるだけで良かったのかもしれぬな)


「そんなことありませぬ! シャルル様は我等が上に立ち、帝国を背負うに足るお方です!」

「……ふっ。そうか。いや。すまぬ、忘れてくれ」

「御意」


(……ふっ。やはり、タレムみたいには行かぬな)


 メイドとの無為な会話を切り上げて、シャルルは毛先のくせ毛を整えながら、時が来るのを待っていた。

 そして、


 ――ドンッ!


 その時は訪れる。


(来たか……)


 乱暴に扉が開く音を聞いて、シャルルが心の中でそう呟くと。

 間もなく、数十人の騎士団員を連れたアークス・クラネットが騒々しく乱入した。


「な、なんですか! 貴方達はっ! ここを何処だと――」

「黙れ! 死にたく無ければ誰も動かないことだ」


 王女の控室に入る不敬な乱入者を、メイド達が追いだそうとするも、アークスは騎士剣を抜刀し一喝。

 

 ――斬っ!


 さらに脅しの為か、手頃な装飾を一刀両断。

 ……動けば次はメイドたちを斬る。

 アークスは、それをただの一振りでメイド達に伝えたのである。


「「「――っ!」」」

「よし。いい子だ。僕らの目的は王女だけ。余計な命を刈りたくはないんだ。ハハハっ。大丈夫。これは暗殺だ。君達に罪はない。何なら全員僕の側室にしてあげるから」

「「「……っ」」」


 死の恐怖にぴたりと動きを止めたメイド達。

 アークスはそんな中を悠々と歩きながら、部屋の奥で鎮座するシャルルに近寄っていく。


「シャルル様……」


 ここでメイド程度が動いても、それこそ命を無駄にするだけである。


「「「……」」」


 ……なのだが。

 メイド達は視線だけを合わせて……


(シャルル様は命に変えても守ります!!)


 ……覚悟を決めていた。

 十人のメイド全員が意思を疎通し、アークスの次の一歩で一斉蜂起……

 

「よい。誰一人、動かんでよい」

「「――っ!」」


 その出鼻をシャルルが絶妙にくじき、


「して。アークス。彼女等に手を出すことは許さんぞ? 私だけで済ませるのだ」


 立ち上がり、自らもアークスに近付いていく。

 その行動に迷いも混乱も見られない。

 故に、堂々と相対し、


「その様子。やはり、我等の動き、気づいておりましたか……」

「優秀な恋人がいるのでな。平和を求む私の思想を、闘争を好むアダムが受け入れられなかったのだろう?」


 ベールの下で、にやりと微笑むシャルルに、今から暗殺する筈のアークスは、少しだけ気圧されてしまった。


「ならば何故。その様に無防備で?」

「ふっ。世に仕える騎士はいない。だからと言って隠れても無駄な犠牲が増えるだけであろうからな」


 ちらりとシャルルの視線は、護身用の隠し刀を握り締めるメイド達へ向けられた。

 その視線は言葉よりも強く言っている。


 ――お前達は生きるのだ。……と。


 主にそこまでされてしまったら、メイド達はもう動けなかった。

 それだけ確認したシャルルは、次にアークスを直視し、


一昨日(おととい)。貴様が来都した時点で私は詰んでいたのだ」

「そこまで分かっていて、何故、力のないアルタイルの養子に頼ったのです?」

「命を委ねるなら好いた男がよい。それだけの事だ」

「はっ。馬鹿な……他にいくらでも手はあっただろうに」

「まぁ。乾いている貴様らには永遠に解らんだろうな」

「……」


 アークスはシャルルの言葉を聞いて、鼻で笑うと……

 騎士剣を振り上げた。

 これはあくまで暗殺。

 長く話していても仕方がない。


「……では、お覚悟を」

「ふん。そんなもの十年も前から決まっておるわ」

「……そうですか。残念です」

「……ん?」


 最後にそういったアークスは、鋭く騎士剣を振り下ろす。

 その瞬間。


「姫っ!」


 ――ギィン!


 突如、鬼仮面の少女が現れて、アークスの騎士剣をクナイで受け止めていた。


「リン! 何をしている!?」 

「従者として、姫を助けているのでござる!!」


 シャルルはまさかリンが現れるとは思っていなかった。

 なぜならリンはリンの野望があり、そのためにシャルルに協力しているに過ぎないからだ。

 その目的が達成できないならば……


「……世を見捨てるのではなかったのか?」

「ふふ。それはもう少し、様子見でござる」


 ギィンっ!


 リンは、リンの登場に心を乱されたアークスの剣をクナイで弾くと、当惑するシャルルの事を片腕で持ち上げて、


「とにかく。ここは逃げるでござるよ? 忍法《ドロンの術》でござる!」


 煙りと共に姿を眩ませたのだった。

 

「消えた? 面妖な……」


 人が消えるという事態に、アークスが驚いていると……


 ガジッ!


 背後の扉から足音。


「……アッ! う~っ。姫が重いからでござるよ!」

「……」


 そこには自分よりも身の丈があるシャルルを背負って忍び足をしているリンがいた。

 あっさりと見つかってしまった事で、鬼仮面の少女は忍び足を辞めて全力で逃走しはじめる。

 そんな後ろ姿でアークスの乱れた心も落ち着きを取り戻し、


「お前達! 追え! どうせ、落ち目の王女。他に助けも来なければ逃げ場もない。囲ってしまえば勝手に窒息するぞ」

「「「ハッ!」」」


 騎士団に命令すると、リンとシャルルを確実に追い詰めて行くのであった。(……続く)

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