三十五話 『波乱の幕開け』
魔獣討伐から二日後。
アルゼリア帝国で一大イベントが起こった。
それは、千騎士長アークス・クラネットの二千騎士長叙任式。
通常、騎士の叙任式はひっそりと行われるのが恒例なのだが、二千騎士長ともなれば話は別である。
昇格と同時に子爵から辺境伯に格上げされ、帝国貴族の中でも上から二十人に入る権力を獲得する。
その力は最早、帝国政治にも直接関与することが可能なのである。
故に、アークスの叙任式は王宮の宮殿で王族が大々的に執り行う事になったのだ。
今回の昇格は、前線での活躍と、先日の魔獣討伐の功績が高く評価された事になって居る……が、
勿論、クラネット家の金と権力を最大限利用した事が大きい。
そんな一大イベントが起こってしまった為、アルゼリア帝国学院は急遽休講となり、野心や名のある貴族達は全員、叙任式に顔を出す事になってしまった。
そして、そんな王宮で、荘厳たる顔ぶれの貴族たちが集まり、豪華な食事とワインを片手に誰もが優雅で優位意義な時を過ごしている中。
……そんな空気をぶち壊している銀色の少年貴族がいた。
ガツガツガツガツガツッ!
ムシャムシャムシャッ!
その貴族は貴賓のかけらもなく、ただひたすら、テーブルに盛られた料理を貪っている。
周囲のきらびやかな貴族達から、嫌悪の視線で見られているのだが気にもせずに……。
「兄さんッ! 兄さんッ! タレム兄さん! 見られてます。見られてますよ! 何してるんですか! 恥晒しですか!?」
そんなタレムを、妹のクラリスが、あたふたとクリームカラーの長髪を揺らしながら、兄の狂乱を止めようとする。
「誰が兄さんだ!」
「兄さんが兄さんですよ! って! だから、そんなことより、何やってるですか! 負けすぎて、遂に頭がおかしくなってしまったのですかぁ! お願いですから、正気に戻ってくださいよ。ここを何処だと思ってるんですか!?」
――帝が暮らす王宮です。
「え? ただでたらふく食べらるところでしょ? いや~。最近食うに困ってて、助かったよ。ホント」
「違います。違います! 違います!! 全然っ違います!! コネを作ったり情報を集めたりする場所です。料理は飾りですから! 嗜む程度ですから!」
「違うよ、妹よ。貴族は醜く肥太ってなんぼ。何処に空腹でやせ細った貴族がいる? そんなのナメられるに決まってる。言うなればこれは貴族の責務! クラリス。肉を持ってこい!! 俺は食うぞ! 喰って! 食って! くって! 肥満体になってやるぅぅ!!」
「やめて! やめて! やめて! もうやめて! 兄さんはアルタイルの代表として来ているんですから!」
ピタッ。
アルタイルの代表。
妹のその言葉に、タレムは食事を貪るのを一旦中断。
「それ。それだよ。それ。俺がやけ食いしている理由はさ。なんで後継ぎでもないのに俺が、アルタイルの代表としてこんな面倒な式典、来ないといけないの? ここは、正統後継者のタルシスが来るべきでしょ? 次期当主でもない俺が、誰とどうやってコネを作るんだよ。誰も俺を求めてねぇーよ! どう考えても配役が間違ってるんだよ!!」
「それは仕方ないじゃないですか! 私に怒らないでくださいよ! お父様がそう言ったのですから!! 当主の命令は絶対です。それに、タルシスくんはまだ、一歳にもなっていないんですよ? 母恋しさに泣きわめく赤ちゃんを、こんな陰謀渦巻く魔境に連れてきてどうするんですか! イジメですか!? どう考えなくても兄さん以上に配役が間違ってます」
「クラリス! 妹は黙って兄の話を肯定してよっ!」
「兄さんッ! 兄は黙って妹の話を聞くべきです!」
何故かクラリスまで、タレムと同じように雰囲気をぶち壊しているのだが……
本人は全く気付かない。
そんな時、
「全く。タレムはどこにいても変わらないんだな」
「ああっ、申し訳ございません。わたしがもっと路銀を稼げていれば……っ。タレム様にひもじい思いをさせずに済むのでございますのに……」
そんなことを言いながら紅髪の兄妹が現れた。
そして、二人の妹は同時に視線を交錯すると……
「はぁ~、兄さん。家畜を友人にするのはやめてくださいと言ったでは無いですか?」
「ふふふ。タレム様。また雌に憑かれておりますよ? すぐ、浄化致しましょうね?」
一方は友人に唾を吐き、一方は妹に塩を蒔く。
この二人、揃ってしまうと男も女も寄り付かない。
「マリカちゃん。イグアス!? なんで?」
「大体、事情はお前と一緒だと思うぞ?」
『タレム様。ほらっ。何時ものように抱きしめてくださいまし』
タレムはイグアスと話しているのだが……
マリカの願いを聞いて体を優しく抱きしめた。
この辺の力加減は、シャルルと毎日抱き合うため、得意と言ってもいい。
「……あっ。お前も当主命令か」
「そ。で、騒がしいからまさかと思って見に来てみれば案の定、タレムとミス・クラリスが居たんだ」
『兄さん。豚が移ってしまいます。もう向こうに行きましょうよ。今日は私に甘えて良いですので』
タレムは、まだイグアスと話している上に、マリカを抱きしめて居るのだが……
クラリスは、腕を引いて会場の奥に向かおうとする。
「ちょっと、クラリス様。浄化の途中でございます。タレム様を奪おうとしないでくださいまし」
「うふふ。奪うも何も無いですよ? 兄さんは何時でも、私の兄さんですので」
「「……」」
そして、結局睨み合いに発展し、最後は二つの腕を片方ずつ占領する形と相成った。
「フッ……たかだか二人に翻弄されてるな。それでハーレムなんて大丈夫なのか?」
「大丈夫。大丈夫。こういう修羅場的な状況も俺は大好物だから♪」
タレムはグヘヘと笑いながら、両の腕で引っ張り合う二人の少女を逆に、同時に抱きしめて肉体の柔らかさを堪能する。
そんな風に抱かれた少女達は、柔らかい頬っぺたを互いにくっつけながらも、
「ふふふ……仕方ありませんね。好きになさってくださいまし」
「うふふ……兄さんは私が居ないと本当にダメなんですから」
タレムに身を任せ、むしろその胸板に自分から密着していた……
「ほらほら。結局、皆仲良しなんだよ。俺の夢とそこにある愛情は必ず分かってもらえるんだ。そう……シャルが教えてくれたんだ」
「……(いやいや……その二人をそんな風に扱えるはお前だけだろ)」
銀の少年は、金の少女を思い出しながら、黄と赤の少女抱きしめ、二人の頭を撫で続ける……
そこで、赤の親友が、
「ま、お前の好きにすると良いさ。俺が口を挟むことじゃない。だが、タレム……少し、お前に話があったんだ」
「……ん? 何の話?」
「ミス・アイリスの話だ。出来れば女共に聞かせたくない」
「……。分かった」
タレムは、イグアスの言葉に短く答えて、マリカとクラリスを離す。
……少々名残惜しい気持ちはあったが、イグアスはこんな時に無駄な話をしないだろう。
後ろ髪を引かれながらも、二人の少女をおいて、赤い髪の少年と人気のない廊下に向かった。
そこで、イグアスは……とある事実を伝える。
「単刀直入に言うぞ。ミス・アイリス……いや。クラネット一家は、この叙任式でプリンセス・シャルルを暗殺するつもりだ」
「――っ!」
こうして、再び王女暗殺を起点に、関係する少年少女達の運命の激流が激しくうねりをあげ始める。




