三十四話 『奸計を企てる者達の密会』
タレムとシャルルが水辺でイチャイチャしていた頃。
とある屋敷では、薄氷色の髪を持つ三人の騎士が顔を会わせていた。
間に流れる空気は、ただただ刺々しいだけ。
一人は、まだ十六歳の少女、三百騎士長アイリス・クラネット。
一人は、既に二十歳の男性、千騎士長アークス・クラネット。
そして、最後の一人は、もう五十歳になったのにも関わらず、その場の誰よりも強く重い存在感を放つアダム・クラネット大公爵。
騎士階級は万千騎士長。それは数多居るアルゼリア帝国騎士の中で未だ二人にしか与えられていない階級だ。
更に、帝から直々に《剣聖》の騎士名を与えられた帝国最強の騎士であり……
何より、彼こそが、アルゼリア帝国三大公爵が一門、クラネット家の現当主でもある。
つまり、アイリス・クラネット。アークス・クラネットら二人の実の父親と言うことだ。
「アークス。首尾はどうだった?」
そんなアダムが、しわがれた厳めしい声色で、己の息子に問う。
「はっ! 父上。上々かと。魔獣は全て倒して参りました」
問われたアークスは、血肉に電流が流されているかと思うほど、ビリビリとした精神的な刺激を感じていた。
普段、誰に対しても緩い言い回しで喋る彼だが、この父親の前だけは自然とピシッとしてしまう。
それは息子だからと言う訳ではなく、アダムと話す人間の大抵がそうなり、酷ければ息すら吸えなくなってしまう事もある。
人間が本能的に傅きたくなる何かが、帝国五千万人で最強の騎士にはあるのだ。
「ふっ。そうか……よくやった」
「……はっ。父上の教えのお陰です」
「……」
そんなアダムが息子の活躍を聞いて、出した言葉はそれだけ。
次に口を開いた時には、
「だが、自作自演までして、お前をわざわざ呼び戻した本当の仕事は明日だ。分かっているな?」
「はっ……大方はアイリスから聞いております」
既に、話は違う方向へと進んでいた。
そして、アークスもそんな扱いに不満がある訳でもなく淡々と硬い口調で答えていく。
この親子の関係は、渇いているが、貴族の家は大体ここと変わらない。
「ならばいい。明日に備えて身を休めておけ」
それは、これ以上の用がないから退出しろとの意味だ。
……が、
「……父上。一つ、よろしいでしょうか?」
「……ん?」
アークスは、聞いておかなければいけないことがあった。
「今日、魔獣討伐の折、既にシャルル王女の手の者が動いておりました」
「……ほーう。このクラネットの動向を掴んでいたのか。優秀になったものだな……」
喉を鳴らし素直に感嘆するアダムは、部屋の隅で面倒そうに壁に寄り掛かっている娘に視線を向けた。
王女周辺の調査はアイリスに任せていたからだ。
そういうことを先んじて報告するのが彼女の役目だった筈。
アダムが知らなかったと言うことは、目を盗まれたか、報告を怠ったか……
どちらせよアイリスの責任は大きかった。
「何よ? 文句でもある訳?」
されど、視線を向けられた娘は、全く悪びれる様子なく腕を組み、壁に背中を預けたまま、威厳ある父を強気に睨み返したのだった。
父と娘で交わされる静かだが激しい視線の応酬。
部屋に流れる空気も、より一層、緊迫感が増していく。
「アイリスっ! 父上に向かってその態度はなんなんだ!? 今回は、お前の落ち度だろ!」
「は? 知らないわよ。無能が私を見ないでくれない? 汚らわしい」
「……イグアス・グレイシス。そして、タレム・アルタイルがいたんだぞ? 本当に知らなかったのか?」
「チッ。あの馬鹿犬。関わるなって言ったのにッ!」
舌打ちをし、そう言った時点で、アイリスが不備を認めたのと同じ事。
「で? アイツは生きているの?」
「お前……自分が何をやらかしたのか解っているのか?」
それでも変わらない妹の強気な姿勢に、兄は冷たい声で言った。
……が。
だんっ!
アイリスは壁を蹴って跳ぶと、アークスに急接近。
そのまま即座に胸倉を掴みあげた。
「うふふ。あら? 聞こえなかったの? これだから無能は困るわね。知能を合わせて喋ってあげないとダメなのかしら? ねぇ? 私はアイツが生きているか。聞いたのだけど……? 大丈夫? 汚兄ちゃま? 答えられる? 私の話、理解できる? それともできない? うふふ、本当に汚兄ちゃまは無能なんだから。仕方ないわね。許してあげる。嬉しい? 嬉しいわよね? 良かったね。じゃっ、生きている価値ないから、もう死のうね♪」
「ぐふぅっ」
その猛烈な力に兄の首が締まり、苦しそうにするが妹は気にしない。
それどころか、アイリスは魔法を発動し、アークスの首を凍らせた。
「くぅ……っ。い、生きてる。僕が助けておいた」
「……。ふんっ。生きているのね。……死んでいた方が良かったのだけれど」
「――っ!」
「まあ、良いわ。好きになさい」
兄に対して、何処までも上から目線でアイリスは語り、アークスの氷を解くと適当に投げ捨てた。
そこで、子供達の険悪なやり取りに目を伏せていた最強の騎士が口を挟む。
「アイリス。どういうことだ? ……アルタイルはともかく、グレイシスが関わって居るなら事情が変わって来るぞ」
ひしひしとクラネット邸全体が揺れ動く。
それは、気のせいではなく、アダムの怒りが空気に波紋を生み起こっている物理現象。
剣聖の怒りは冗談抜きで大気を揺らすのだ。
そんなアダムを前に、アイリスは、
「さあ? そっちは本当に知らないけれど。大方、腰抜け……っふ。イグアスの独断でしょ? どうせ一瞬、タレムに協力しただけよ。大丈夫。グレイシスは動かないわ。いいえ。動けないわ。何処まで行ってもアレは帝の飼い犬だから。断言するわ。イグアスはいずれ必ずタレムを裏切る。友と正義を計りにかけて、ね。かつて汚父ちゃまと汚兄ちゃまがそうしたように……ね?」
「「……」」
普段と何も変わらない言い回しで、つらつらとそんなことを言ったのだ。
誰もが畏怖するアダム相手に、アイリスは全く臆さない。
「ならば、障害になるのは……アルタイルの子か」
「……そうね」
勿論、アイリスが無礼な態度を取ったからと言って、父は、娘を切り殺す事はしない。
誰も逆らえない権力・威圧があるが、アダムは人の親であったのだろう。
故に、その名前を聞いて、とても残念に思う。
……一度は可愛い愛娘の許婚にした男、タレム・アルタイル。出来れば敵対したくはなかった。
「だが、やらねばならぬのだ。邪魔をするなら切り捨てろ」
「はっ!」
「……ふん」
それでも、成すべき事があると、タレムの殺害を認めた。
そんな父にアークスは即答するが、アイリスは鼻を鳴らすだけで答えない。
だから、
「アイリス。……この作戦。お前も認めていた筈だぞ? それとも外れるか?」
アダムは、そう聞いた。
それに、
「駄犬は殺す。それは大賛成よ。だから……」
アイリスは瞳を伏せて、
「もし……タレムが動いたその時は、私が殺すわ……っ。その代わり、誰にも手を出させちゃ駄目よ? アレは私の獲物なの」
「……ふん。良いだろう。アルタイルの一件。アイリスに全て一任する」
「当然よ」
タレムとシャルルが明るく温かい世界を作る裏側で、アイリスは暗く冷たい世界を作っていた。
表裏一体の二人だが、それでも平等に朝が来る。
最悪と最高の日が昇る。




