三十二話 『窮地のち窮地のち吐血』
「君たち、伏せるんだ!」
突如響いたその声に、リンが小さい耳をピクリと動かして、
「英雄未満っ! 殿!」
「うぉっ!?」
「……っ!」
イグアスに足払いを掛け転ばせると、タレムの頭を抱えるように跳び伏せた。
直後。
「……凍りつけ!」
後ろから、タレム達に声を掛けた男性騎士が、そう囁きながら上等な騎士剣を真横に凪払った。
すると……
バギィィイイイイイイイイイイイイイイイインッ!
切り裂かれた大気が超特大の氷塊となって、少年少女を取り囲んでいた百体の《ロイヤルハニー・クイーン》まで飲み込むと、纏めて凍り付けにしてしまった。
後に残るのは、《ロイヤルハニー・クイーン》を凍り付けにした大氷塊のみ。
……それもすぐに女王蜂もろともバラバラに砕け散った。
魔法や忍法で移った森の炎も沈火されている。
「姫……遅すぎたみたいでござるな。いや、幸か不幸か早すぎると言ったところでござるか」
「……ん?」
ボソッと漏れたリンの言葉。
それをタレムが聞き返すよりも早く、
「君たち……帝国学院の生徒だね。騎士科の学生かい? どうしてこんな場所に居るんだい?」
颯爽と現れ窮地を救った貴公子が問い掛けた。
続いて、バタバタバタと大量の足音を響かせて、軍旗を掲げた兵士達が隊陳を張る。
統率された動きからかなりの精鋭騎士団と予測でるが、
……何よりも注目すべきは、彼の騎士が薄氷色の髪だということ。
つまり、
「おっと。自己紹介が先だったかな? 僕は、《千騎士長》アークス・クラネット。帝都で大量発生しているという魔獣の駆除に来た騎士さ。……まあ、今ので大体片付いたようだけど」
その意味は、タレムがハーレムに入れようと画策しているアイリスと同じ、三大公爵クラネットの血縁者という事だ。
そして、シャルルが来る前に片付けろと厳命していた前線の騎士でもある。
「……ん? 君は確かアルタイル公爵の拾い子、タレム・アルタイル君かい? いや、男爵か。(……妹の元許婚くんでもあるっけ?) それにそっちは、大英雄の正統後継者(って言われていた)、イグアス・グレイシス君だね」
「「――っ!」」
故に、十年前まで御三家として名を連ね、親交があったアルタイル家とグレイシス家の少年たちの事は知っていた。
更に、薄氷色のイケメンは僅かに瞳を鋭くしながら、鬼仮面の姫騎士を見て、
「……そして、貴女はシャルル王女殿下直属の近衛騎士。千騎士長……《鬼神》の二つ名を持つ。リン・ハットリだっかな?」
「……」
名前を看破されたリンは無言でタレムの背中を盾に姿を隠す。
そんな少女に貴公子は苦笑で応え、
「して。最初の質問に戻るわけだけど。君たちはどうしてここに居るのかな?」
「「「……」」」
当然、アークスがなんにせよ、第一王女シャルルにけしかけられた。
……と本当の事は言えない。
タレムは、シャルルとの関係を心から信頼しているイグアスにしか事情を話していない。
妹のクラリスや、第一婦人にする予定のマリカにも話していないのだ。
……つまり、それだけ慎重に扱わなければいけないことである。
(まあ、クラネット家なら、アイリスに知られているから隠す意味は薄いけど……)
リンが「何も話すな」と言うように、タレムの肩を引っ張っていた。
――以心伝心。
己の師匠がそう言うのなら、弟子は従うほかない。
そんな二人の様子を見て、察しを付けたイグアスが気を利かせて言う。
「私達は、魔獣によって市政の人々が虐げられていると聞いたので、なんとかできない物かとここまで足を運んだ次第です」
言葉に嘘は無い。説得力も十分ある理由。
……流石はイグアスだ。
と、タレムが安堵した矢先。
「へぇえ~っ。それは感心な心意気だね。英雄のグレイシスなら有り得るね。でも、それは君だけだろ?」
「「……」」
――ジロリ。
イケメン騎士の鋭い視線が、タレムとリンを捉えていた。
「タレムくん。その格好、君はまだ……騎士見習いだね? 爵位も騎士団も持たない君が人助けかい? イグアスくん。それは人選が間違ってるんじゃないかな?」
「……」
アークスにどんな意図が有るのか?
タレムには解らないが、その時、タレムの背筋に悪寒が走っていた。
(なんとなく。アークスにだけは、シャルの事は言っちゃいけない)
そんなことを思っている少年の後ろを見通すように、
「それに、姫殿下近衛のリン千騎士長が、何故、君たちのような学院生徒と一緒に居るんだい?」
そう言うと……
「拙者は隠密の身。任務の内容は誰にも言えないでござる」
「……へぇえ~っ。便利な立場だね」
隠れたままテンプレートの台詞で答えた。
流石にテンプレートはテンプレート。
アークスに付ける穴は無い。
よって、話の流れは自然に……
「じゃあ、君は?」
「……」
一番場違いなタレムに収束した。
アークスもここからなら、何らかの情報を得られると薄い色の瞳を輝かせる。
「俺は……」
言いながら、タレムは魔法を発動し、たっぷりと考えてから……
……諦めた。
「《ハニー・ビー》の《ロイヤルハニー・ゼリー》……」
「……ん?」
もちろん、ハーレムを目指す男は、好きな女子を諦めたりはしない。
タレムが諦めたのは……
「――そこから取れる成分に、精力増強効果が有ると知ってここへ来ました……。どうしても絶倫になりたかったんです」
「……………………は? 君、騎士見習いだよね? 結婚できる爵位を持ってないよね? それ――」
「――それでも!! 俺は、夢を……捨てられなかったんです……ッッ!」
タレムが諦めたのは……タレム自身の風評被害だった……
因みにこれも嘘ではない。
「夢……?」
「理想のハーレムを作ること」
「……」
「俺は! 理想のハーレムを作って! 好きな女子を好きなだけ侍らせて! 一日中、しっぽりと愛し合いたかったんです!」
「……」
そんな浅はかな男の暴露話に、アークスは、表情を引き攣らせながら、
「君……結婚してないよね?」
同じ事を聞き返していたのだった。
「……はい」
「……」
イケメン千騎士長・子爵(妻二人・妾百人以上・子沢山)は、そこから暫く可哀相なモノでも見るような瞳で、哀しい少年の立ち姿を眺め。
「うん。そうだったんだね……。大丈夫。人生はこれからだから。結婚じゃなくても、する方法はあるしね。ほら、《ロイヤルハニー・ゼリー》を欲しいだけ持って行きな。それを使って奴隷でも抱くと良いよ! 僕は聞かなかった事にしてあげるから」
「……はい。お、お、お気遣い……っ。感謝致します……グフゥっ!」
そうしてタレムは、吐血し、旁舵しながら、《ロイヤルハニー・ゼリー》回収。
その場を無事に? 離れたのであった。




