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三十一話 『虫はしつこく強い』

 タレムは、《ロイヤルハニー・クイーン》が燃え尽きる香ばしい残り香の中、疲労で重い身体を引きずって、


「ござる! ござる! ござる!!」

「……」


 急いで毒針に冒されたリンの元に戻った。

 すると、


「殿……拙者。ござるじゃなくて、リンでござるよ」


 少女は、浅い息ではあるが、ハッキリと平たい胸を上下に揺らしながらそう答えてくれる。

 ……リンが確かに生きている。それが何よりの朗報だった。

 タレムがそんなことを思っていると、


「との……」


 イグアスに膝枕されているリンが、タレムに何かを伝えようと一生懸命になって腕を伸ばす。

 銀色の少年は、そんな鬼仮面の少女の腕を掴んで、


「何? 今ならなんでも言っていいよ」


 そう言った……。

 ……リンは身体を張って護ってくれた。

 それだけで、タレムには一生を掛けて返さなければいけない恩がある。


 ハーレムを志す少年は、若干十二歳の少女を既に嫁と同等に扱うことにしのだ。

 で、そんなタレムの決意を前に、リンは……


「との……ハ……」

「ハ? ハ……ハーレムに入れてほしいんだね! 良いよ! 良いよ! 大歓迎!!」

「ハチミツ……」

「え?」

「との……姫の甘いホットケーキ。ハチミツ……採るのでござる……。ハチミツ……との。とのよりも多く……拙者がハチミツ……ハチミツぅうう」


 花より団子、色恋よりもまず、目先の好物に思考が誘導されていた。

 そもそも、リンがわざわざ魔獣討伐を引き受けたのは、シャルルが約束したホットケーキのため。


「あれ? 俺とござるちゃんの甘いラブストーリーが始まるんじゃないの? せめてこの場面は、守り守られた感動の並々溢れる情熱に溺れてキスぐらいするんじゃないの? ……あれ?」


 初志貫徹。

 忍ぶ者として特殊な訓練を積んだリンからすれば何も間違っていない欲求。

 むしろ、貴族子息として、育てられたタレムがここまで恋愛脳なのが異常とも言えるかもしれない……

 そんなことに、落胆したタレムの肩に親友が手を置いて、


「まさに甘いモノに負けたな」

「うまくねぇーよ!」

「フッ、うまいだろ?」

「――ッ!」


 完全に言い負かされてしまった。

 負け犬は静かに、鬼妻の威光に従うことにする。

 ……これ以上、惨めにはなりたくなかった。


「……採って来るよ。分け前は?」

「……フフフッ。『殿の人生の半分分』で良いでござるよ」

「どんだけ食い意地張ってんだよ!!」

「……。あ~あ。殿は一つ、幸せを掴み損ねたでござるよ? ドン引きでござる。何がハーレムの王でござるか。バカとの。こんなサービス、二度目は無いでござるのに」

「言いたい放題言ってくれるな……」


 おっ? と、イグアスは、二人の会話とリンの紅潮した表情を見て何かに気がつくが、タレムは《ハニー・ビー》の巣に向かっていて、気付かない。

 意図を教える事もできるが……


(今、教えたらマリカに悪いしな。悪いタレム。俺は、マリカの味方で有りつづけると決めてるんだ)


 そんなこんな秘めた思いが有り、結局伝わる事はなかったのであった。

 そして、そんな時だった。


『ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ! ブゥゥーンッ!』


 勝利という美酒に酔いしれ油断していたからか、事が起こるまで誰も気が付けなかった。

 ……それは一斉に現れる。


「なっ!」

「……っく!」

「殿ッ!」


 虫の魔獣の特性で《ハニー・ビー》の断末魔は、《ハニー・ビー》を呼び寄せた。

 ……なら、《ロイヤルハニー・クイーン》の断末魔は?


 そう、《ロイヤルハニー・クイーン》を呼び寄せたのだ。


 木々を薙ぎ倒しながら、現れた《ロイヤルハニー・クイーン》の総数は百を越える。

 アルザリア帝国が誇る大樹海、アルザリア大森林に棲息し繁殖し、《ロイヤルハニー・クイーン》すらも大量に増殖していたのだ。

 ……これが、大帝国が有事と判断し、前線から精鋭騎士団を呼び寄せる事になった真実。


「殿……っ!」


 その事態に、リンが慌てて飛び起きると、タレムを護るように庇い立つ。


「……タレム。これは……ちょっと、まずくないか?」


 続けて、イグアスも冷ややかに汗をかきながら、合流し、三人は背中を庇い合うように、全方位を警戒する。

 ……完全に取り囲まれた。


「殿……さっきの力でなんとか出来ないでござるか?」

「……一体、二体なら、根性とござるの応援で行けたかも知れないけど……この数はちょっと……。イグアス。なんとかして」

「無茶ぶりするな。奥の手使っても、流石にキツイ……。ミス・リン。お得意の忍法とやらの不思議でなんとかならないのか?」

「拙者、本当は対人暗殺特化でござるので、忍べない場所、一撃必殺にならない相手は苦手分野でござるよ~」

「というか、ござる元気だなっ! さっきのしおらしいのは演技か! ……騙された。流石師匠! 惚れ惚れする。俺の嫁になってよ!」

「こんな時に馬鹿やってんな。どうするかにだけ、頭を割いてくれ……」


 時を止めて考えられるお前なら、ここからでも良い案が浮かぶだろう?

 と、親友からの言葉に、タレムが《光速思考》を制限時間一杯まで使って考え出した答えは、


「ござる! 俺、死ぬ前にせめて童貞を卒業したいよ! 俺の子を孕んでくれぃいいっ!!」

「との!? ヤルッて言うんすか! この状況で! ……いや、殿の勅命でもそれは遠慮したいでござる~っ。拙者も初めてでござるし、ムードが欲しいでござるので」


 ……動物種の生存本能による繁殖欲求であった。

 いよいよもって、万策が尽き、リンが無駄と解りながらもクナイを有るだけ構え、イグアスも騎士剣を抜こうとした……


 ――その時。


 (続く)

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