十九話 『希望の光、輝けッ! 《ライト・エンペラー》ッッ!』
戦場に突如として現れた巨人族の大軍勢。
それを前にしたタレムは、大声疾呼で号令を飛ばす……が。
「……」
シーン。
返事がない……ただの屍のようだ。
……な、わけはない。
「って! おいっ! 騎士団長の命令を無視すんじゃねぇ!」
なんなんだ。と、タレムが背後を振り返れば、白銀騎士団の兵達が青い顔で放心している。
……百メートルを超える巨人族の群れを見て、怖じ気づいているのだ。
「なんだよ……? 傭兵上がりの連中まで。仕事をしないなら、給料はでないぞ?」
「だ、団長ぅっ」
肩を揺らし、呆れてぼやくタレムの腕を、古参の団員数名が、涙と鼻水で顔を濡らしながら引っ張った。
……汚い。
「ばか、ばか、団長っ! 撤退っ! 撤退しましょう! あんなのどうしようもないですよぅ~~ッ! 他の騎士団だって、撤退してますって!」
「馬鹿は、おまえだ。下手に逃げたって、背を打たれるだけだぞ。本部が対応策考え出すまで粘るしかねぇんだよ……ってか、上司に向かって馬鹿ってなんだ、おい」
だが、確かに、周りの乱心した騎士団が逃げているのが見える。
そして、案の定、逃げている騎士団は、巨人の猛攻で壊滅的な被害を受けていた。
よしんば、抗っている勢力も、バラバラで意思の統一がされていない。
巨人の圧倒的な破壊を前に、有効な抵抗ひとつできずに無残にも殺されていく……。
(指揮系統が機能してない……)
……そりゃ、いくら訓練された団員たちでも、冷静さを失うだろう。
「それでも! 俺たち、無謀な命令に、付き合って死にたくないんだな」
「何、甘えた事言ってんだよ。 お前らは一般兵、なんだから、どんなに無謀な命令でも従って死ね!」
「正論だけど、団長が言うと酷いんだな」
「なんでだよっ」
兵達も、命ある人間。
絶対に死ぬと分かっている無意味な命令には従わない。
……この戦場に希望がない。
「どうせ、無駄死にするなら、ノーマちゃんの命令で死にたいッス。団長みたいな美人妻持ちの裏山けしからん人種の為に死にたく無いっす」
「アホっ。そんなふうに人をネタんでるから! 大切な出会いを見逃すんだよ! 俺だって何回、美女に告白して玉砕したと思ってる!? さっきだって華麗にスルーされたんだぞ! 悲しくて、ちょっと泣きそうだったんだぞ」
「戦闘中に何やってるんっすかっ!」
「ハーレム作り」
――あああ~~っ! もうっ、邪魔だっ!
と、タレムは、腕を払って全力で引き留めようとする団員達をふっとばし、後ろを見ることをやめた。
(兵達の士気。……このままだとまずい。なんとかしないと、秩序がなくなって、取り返しがつかなくなる)
代わりに、ライト・エンペラーを片手で持ち、檄を飛ばしながら疾走した。
……移動速度優先だ。
「確かに逃げたいよな。気持ちは分かる! メチャクチャな! 周りの奴らも逃げてるし、ココで逃げてもお前らに罰は下らんだろうよっ」
「え? それ、言っちゃうの!」
瞬く間に数十メートルの距離を駆けていくタレムだが、その声はよく通った。
戦場の悲しき音色を打ち消して、白銀騎士団、総勢三千人、全員の耳に響く。
「だがな! 今、戦線を放って逃げて見ろ! コイツらは、たちまち、本陣まで急襲するぞ!」
だぁんっ。
「団長っ!?」
巨人の鉄拳が近づくタレムの頭上に落ちた。
すさまじい衝撃波が発生し、周囲の柔らかい湿地を粉みじんに砕き舞い上げる。
タレムは、
「――そうなったら! いま、後方で休んでいる、お前らの大好きなノーマも死ぬ!」
「っ!?」
黄色い輝きを強めるライト・エンペラーを持ったまま、打ち下ろされた巨人の腕に乗り、駆け上る。
……次いでに、刃を立てているが、巨人の肌は頑強で、火花が散るだけ。
(ライト・エンペラーでもっ……。これ、一般兵の武器じゃ、傷一つ付けられないかもな)
「っく。ノーマだけじゃない! 帝国本国は俺達の負けを知った瞬間! 俺達の大切な故郷を! 家族を! 処刑するだろうよ!」
「……っ!!」
「自分本位の奴も、生き残ったところで結果は同じ」
タレムの言葉に嘘は無い。
アルザリア帝国は負けを絶対に許さない。
関係者の一族郎党を皆殺しするだろう。そうしてきた歴史がある。
……闇に葬られているが。
だからこそ、タレムも珍しく本気で檄を飛ばしているのだ。
――じゃあ、どっちにしろ、死ぬのか?
巨人と闘って死ぬか、逃げて帝国に処刑されるか?
団員達にそんな困惑が走る。
「しかし! お前らは幸運だ! なんたってっ! 俺の――」
ソレを、打ち消すように、タレムも巨人の腕を駆け上がり、頂点へ到達。
そこから、地(巨人の腕)を蹴り、跳躍。
「――この白銀騎士団団長! タレム・シャルタレムの部下っ! なんだから、な!!」
ライト・エンペラーを肩の後ろまで大きく振り上げ、背筋を限界までそり曲げた。
――そして。
「もともと負けている《敗北王》に、負けなんか、ねぇぇぇんだよッ! ハァァァ――レェェェ――ムゥゥゥゥ!」
同時に、ライト・エンペラーが一層、目を覆いたくなるほど強く輝いた。
もともと、三騎士のユリウス・アルタイルが持っていた、使用者の魔力に呼応し、まばゆく輝き、輝けば輝くほど、その切れ味を増していく、反則的な魔剣。
そんなライト・エンペラーは、一定以上の魔力を受けたとき……
――形態変化する。
輝く光が物理干渉可能なエネルギーとなって、ライト・エンペラーの刀身を包み込み……拡張。
巨大光剣へ。
その全刀身の大きさは、約十メートル。
戦場全体を照らすほど、輝き眩くその大剣を、タレムは振り下ろした!
――魔剣、ライト・エンペラー専用剣技《光帝》。
ユリウスに、この騎士名が付いたのは、この一撃があった故。
すぱぁぁぁんッッ!
まるで、柔らかい天女の肌でも斬るかのように、ライト・エンペラーは、巨人の首を切り落とした。
「いっちょあがりっ♪ これぞっ、新技《ハーレム無双斬》ってね?」
――ライト・エンペラー専用剣技《光帝》である。
倒れる巨人の身体を連続で蹴って地面に降り立つ、黄金の大剣を持つ、白銀の騎士。
その姿に、
「「「ぅぉぉぉぉおおおおおおおおおッ! 《敗北王》! 敗北ぅぅぅ……オゥゥうううううううう!」」」
「だから、その名で……っ」
白銀騎士団の兵達が沸き上がった。
……本当に、調子の良い連中だ。
「ふっ。よし、分かった。今回、だけは、許す! だから、今度こそッ! この俺にッ! 敗北王に、つづけぇぇぇぇぇ!」
「敗北王おおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」
「……やっぱやめてぇ(小声)」
巨人に蹂躙されるしかなかった帝国中央軍は希望を見た。
それを見せた白銀騎士団団長、タレム・シャルタレム、そして、その騎士団を旗頭に、逃げ惑うしかなかった帝国軍がまとまり、壊滅の危機を逃れたのであった。
――一方。
タレムと離れた場所でそれぞれ巨人族に対応していた、イグアスとアイリスは、戦場を覆った光を見て、誰が何をしたのか全てを察し。
「ふん。すさまじく燃費の悪い……超高威力単体攻撃技を、使って倒すなんて。巨人は一体じゃないのよ? ばっかじゃないの?」
「流石は、オレの主になる男だ。派手にやってるな」
そんな感想を呟く、二人の目の前には、轟々と紅く燃え上がり、灰となる巨人と、神秘的にすら見えるほど、全身を凍らせて、粉々に砕け散っていく巨人が、打ち捨てられていた。
(続く)




