十七話 『長刀使いノーマVS両手レイピアの黒騎士』
――ブシャァァァァァッッ!
大混戦となる中央軍の最前線で、白銀騎士団の指揮を執り、できる限りの被害を押さえながら闘っていたノーマの目前で、鮮血が勢いよく舞い上がった。
それは豪雨となって降り注ぎ、赤黒い池を作る。
その光景は、ノーマの心身を芯から凍らせる。
殺す、殺されるが当たり前の戦場で、思わず、思考と息を止め、肩を擦ってしまいたくなるほど、オゾマしい光景であった。
――死神。
そんな言葉が頭によぎる。
ギョロリ。
黒い甲冑を紅く染めたその黒騎士が、ノーマに視線を向けた。
その手には、少し前まで、並み居る敵をバッタバッタと斬り倒し、圧倒していた、帝国騎士の生首が握られている。
「テイコク……ヒト……コロスッ!」
「っ!」
カラカラと、黒騎士が乗る黒馬が、向きを変え、ノーマを正面に捉えた。
「く、く、来るぞ。副団長をお守りしろッ」
「お下がり下さい、副団長っ」
「うぉぉぉぉっ! やってやるぜぇ」
黒騎士の標的がノーマだと知り、白銀騎士団の兵達が、その道を塞ぐように前へ出る。
「駄目です。皆さん、その敵は――」
「コロスッ! テイコクッ!」
手に持っていた騎士の生首を粗雑に放り捨て、太く長い槍を構えて、構わず黒馬を操り、駆け出した。
敵はアルザリア帝国の騎士を討ち取った強者だ。
……間違いなく、兵達は惨殺されるだろう。
「――させないっ!」
同時に、ノーマも馬の尻を蹴って、駆けさせる。
ノーマを守ろうと前に出た兵士達を追い越して……
「団長から、預かった大切な兵たちですっ!」
――騎士殺しの黒騎士と、ノーマが激突。
「あぅっ!」
得意の長剣で、受けようとしたノーマを、槍の突進が正面から吹き飛ばした。
落馬し、湿地帯を転がったノーマは、立ち上がろうと、地面に手をついて気付く。
タレムから貰った白銀製の胸当てが、大きく凹んでいることに。
「――ごほッ」
更に吐血。
喉が切れたのか、肺が破れたか……とにかく、重傷だ。
「副団長っ」
「――来ないでっ!」
ノーマの身を心配し、近づこうとする兵達を手で制す。
……取り敢えず、声が出た。喉が潰れた訳ではないらしい。
これで、まだ、指揮を執れると、ホッとしながら立ち上がり、血でぬれた唇を袖でぬぐう。
その瞳は、一瞬の油断なく、黒騎士を捉えていた。
――たった一度の立ち合いで、解らされた実力差。
バタんっ。
そんなノーマの瞳の先で、黒騎士が乗る黒馬の首がストンと落ちた。
地に降りる黒騎士が、鋭くノーマを睨む。
「驚きましたか? 私だって、ただやられる為に、前に出た訳じゃありませんよっ!」
「おおーーっ。流石は、ノーマ副団長だ」
「俺達のノーマ副団長は、正騎士顔負けの強さだっぺ」
「ああ、無敵っ。心配するだけ損なんだな~~」
兵達をこれ以上、心配させないように余裕を見せて振る舞うが、全身の汗穴からべっとりとした汗が滲む。
もし、タレムから白銀製の鎧を受け取っていなければ、今の一撃で命を刈り取られていただろう。
「シロ……キシッ!」
「あぅ……」
地に落とされたことで、最初よりも警戒を強くした黒騎士が、槍を投げ捨てて、腰からレイピアを抜く。
……二刀だ。
「あう? 両手に? 珍しいです……」
珍しいのは、二メートルの長剣を持つノーマもなのだが、そこは気付かない。
黒騎士が両手レイピアの刃先を上側に向け、腕を交差させ、構える。
対するノーマも、《白銀・村正》を鞘に戻し、抜刀の構えをとった。
「「……」」
一瞬。戦場の時が止まったかのように、両者が固まり――
「グレイシス流・長剣術、一の型……《無斬》ッッ!」
「####――ッ!」
そして、同時にその姿が霞んだ。
奇しくも、互いに選んだのは最速の技。
一陣の風が両側から吹き進み、中央で激突。
ザァァン。
再び、二人の姿が見えたとき……
「ぐはぁ……っ!」
ノーマの胸が十字に切り裂かれ、鮮血が舞った。
「……え?」
何が起こったか、理解できず、いや、逃避し、口をぽかんと開ける白銀騎士団の兵士達……その前で、ノーマが真後ろに倒れていく。
――否。
(団長……イグアス様……私は……負けられないッ)
「――クハァァァァァァァァッッ!!」
「――ッ!」
刮目し、腹筋で体勢を立て直し、《白銀・村正》を全力で振り下ろす。
――死中に活を求めた、渾身の一撃。
ぎぃんッッ!
だが、甲高い金属音が鳴り響き、《白銀・村正》が宙を舞う。
黒騎士が、二刀のレイピアを交差させ、弾き飛ばしたのだ。
更に、もう一度、胸の抉る双激。
「……かっ……くはっ……」
そこで、今度こそ、ノーマは大量の血を口から吐き出して、後ろに倒れた。
……全ての力を出し切った、それでも尚、及ばなかった。
(イグアス様にあんなによくしてもらったのに、結局、わたし……なんの役にも……立てなかった……な……)
初めての敗北と死を前に、心に満ちる無念と後悔。
(もっと……領主さまに……恩返し、したかったのに……)
とんっ。
花が散るかのように、鮮血を散らし、倒れるノーマ。
そんなノーマの肩を、銀髪の騎士が優しく受け止めた。
「ごめん。……ノーマ。来るのが遅れた」
「りょうしゅ……さま……?」
閉じかけていた瞳を開き、かすれる視界に映るのは、ノーマが心から尊敬し、敬愛する、タレム・シャルタレムだ。
「ごめんなさい。……わたし……まけちゃいました……」
重く、重く、絶望に染まる声で、ノーマはタレムにそう、報告した。
……失望されてしまっただろか? と、不安で堪らない。
――が。
「そんなことはどうでもいい」
タレムはきっぱりと、そう言い捨てて、ノーマを抱いたまま、飛下がり、黒騎士から距離を取った。
「それよりも、ノーマ。《魔法》を使って延命するんだ」
「……でも……さっき、つかっちゃって、もう……魔力が……」
「なら、俺の魔力を使え!」
「え……」
ぴとっ。
有無を言わせず、タレムがノーマの胸を触る。
女の子特有の、微かな膨らみに直接、接触するが、そこに劣情の色はない。
……ただ、大切な従騎士を救いたい、その一心であった。
それは、ノーマにも、ズンっと、心の奥深く、芯の部分に染み渡っていた。
「早く。こんな場所で、俺の大事な従騎士を失ってたまるか」
「……っ」
迷いの無い言葉。
嘘の無い言葉。
そんな言葉に、敗北に沈んだノーマの心は救われる。
……まだ、見放されていなかった。と、
……大切におもってくれている。と、
「……ありがとう……ございます……うっ!」
ぞくッ。
途端、鳥肌が立つ程の重厚な魔力が、ノーマの全身に行き渡る。
(凄い……団長の魔力、私とは密度も量も桁違い……それに、あったかい……)
そして、満ちた魔力を使い、魔法を発動する。
第一王女、シャルル・アルザリア・シャルロットの血を受け、ノーマが目覚めた魔法は、
――《超回復》。
名の通り、自然回復力・自己治癒力を劇的に向上させる魔法である。
当初、タレムが期待していたような、高性能な能力ではなかったが、この力があったからこそ、ノーマは、体力を吸い取る妖刀《白銀・村正》を、振るう事が出来ていた。
そして、なにより、……致命傷であろうと、治癒してしまうのが、この魔法だ。
しゅるしゅると、白い煙が立ちのぼり、胸の傷が塞がっていく。
「ごめんなさい。こんな、勝手の悪い魔法で……もっと、敵を殲滅できるような魔法だったら……団長のお役に立てたのに」
「いや、俺のよりは、汎用性が高いと思うけど……というか、戦闘中の常時、体力回復に傷の自己治癒……すげぇぇって」
「いえ。私自身の魔力が少なくて、連続使用できませんし……そもそも、即死だったら、回復できません……今だって、団長がくれた、胸当てが無かったら……」
初の敗北のショックからか、すぐに重い空気を放つ。
だが、確かに、あれだけの攻撃を受けながら、即死に至らなかったのは、ノーマの胸で綺麗に切り裂かれている白銀製の胸当てが、クッションとなったからだ。
ふにふに、ふにふに……
「……んっ(嬌声)」
……よく見れば、ちょっとエロい。ヤワラカイ。
「あっ……ごめん」
「いえ、私こそ、変な声出しちゃって、ごめんなさい。(……この身は、あの夜から領主様のモノなのに)」
「……」
タレムは無言で手を離し、マントを脱いで、ノーマのはだけている胸に掛けた。
「大丈夫。ゆっくり、育てていこう。俺だって最初は……いや、俺の話はいいか」
――とにかく。
タレムはそう言って、ノーマの背中を強く抱きしめた。
「君が生きていて、良かった」
「……っ!」
ぼ……っと、暖かい気持ちがノーマの胸に灯る。
……そんなことを言われたら、もっと、もっと、タレムの役に立ちたくなってしまう。
「団長っ! わたし、こんどこそ、あの黒騎士を倒しますっ!」
胸に沸く、その熱い気持ちのままに、ノーマは立ち上がり、黒騎士を見据えた。
……もう、負けない、と。
「いやいや……落ち着いて、君は休もうね。アレは俺が、相手をする」
「そんなっ……私。まだ、戦えますっ。団長のお役に立ちますからっ、捨てないでっ」
「君みたいな健気な子、捨てないから! 俺をブラック雇用者みたいな目で見ないでよ」
「じゃあ、なんで、戦わせてくれないんですかっ? 信じてください。次は絶対に勝ちますから」
「なんでって……そりゃ……」
――ふら~~っ。
立ち上がったノーマが、何も無い場所で倒れそうになる。
いくら、《超回復》で、傷を癒やしたとはいえ、失った血は戻っていない。
今のノーマは軽い貧血状態だ。
傷を治すのが精一杯で、体力だってまだ、完全には戻っていないだろう。
「なにより、武器もないじゃないか」
「あぅ……」
ようやく、自分の状態に気が回ったノーマが、あからさまに落胆する。
……まぁ、剣は飛下がる時、一緒に回収したのだが。
「取り敢えず、君。今日は本部に戻って治療をうけなさい」
なんにせよ。
これ以上、闘わせるつもりのないタレムは、ノーマを自分の騎馬に乗せ、《白銀・村正》を手渡して、尻をたたいた。
ひっひーーんっ。
馬がうなり、本部の方向へ走り出す。
「あぅ……っ。団長……わたし……負けちゃって……何も出来なくて……副団長なのに、ダメダメで、ごめんなさい」
「……ったく。《敗北王》の従騎士が、たった一回の敗北で何を言ってるんだか」
何も出来なくて、と、ノーマが言ったが、《正騎士》を瞬殺する《化け物》を、止めていた、それが、どれほど、偉業なことか。
……もし、ノーマが止めて居なかったら、今頃前線は崩壊していただろう。
副団長なのにダメダメ? それも違う。
本当にそうであるならば、タレムが命令する前に、帰還していくノーマの護衛をしようとするものは居なかっただろう。
「まぁ……大歓迎! なんだけどね。そういう、ストイックさは」
ふぅ……と、タレムはため息を吐き出し、振り返る。
そして、件の黒騎士に視線を向けた。
「――さて。俺の可愛い従騎士を、いじめてくれた、アイツに、お礼参りと行きますか」
そう言った、タレムの瞳から、いつものおちゃらけた色がなくなっていた。




