十五話 『味方が強すぎると主人公の出番はありません』
とどろく喚声、途切れる絶叫。
金属同士がぶつかり合う高い音域がそこかしこで響いている。
精霊連合軍の兵隊、約九十万。その大半は人口の多い豚人族だ。
騎士タレムと交戦したような大柄な個体は少ないが、様々な武具を操って闘う。
あるものは弓を引き絞り、あるものは槍を突き、あるものは棍棒を振るう。
馬に似た魔獣にも騎乗する者や、魔法にも似た特殊な能力を備える者までいる。
戦いにおいて、数は暴力であり、器用さは戦術になる。
ある意味をもって、見た目以外、人間よりも上位の種族といえるだろう。
――だが。
そんな、屈強な豚人族達が、帝国軍兵に次々と討ち取られていく。
武器を振るえばいなされ、数で囲めば矢の嵐が振る。
「ぐぉぉぉぉぉぉおおおおっ!」
とある戦場では、若い豚人族の戦士が、雄叫びを上げながら、戦斧を掲げて帝国兵に突撃する。
その背には既に大量の矢が突き刺さっていた。
それでも、その勢いはすさまじく、激突した帝国兵数人を纏めて吹っ飛ばした。
――しかし。
ぶすり……。
背後から迫ってきていた帝国兵の槍が、豚人族のお腹を貫いた。
勢いに任せて突出しすぎたのだ。
「……っ」
丸い輪郭の口から血を垂れ流し、瞳から生命の色が抜けていく。
……それでも。
「ぐぉぉぉぉおおおおおおおおおおっ!」
その豚人族は倒れなかった。
雄叫びを上げ、素手で背後の帝国兵を掴むと、肉体を強引に引き裂く。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお――っっ」
猛る。
卑劣なる侵略者から故郷を守ると。
一人でも多くの帝国兵を道連れにしてやると。
……ぶすぶすぶすぶす。
「……っ!」
正気を失って暴れ回るその豚人族が倒れたのは、身体に穴が六つも空いてから、であった。
何もその、個体が優秀だった、からではない。
豚人族はこうして、異様にしぶとい個体が多かった。
――しかし……そう、しかし。
倒れる数が多いのは、帝国兵よりも豚人族であった。
また、精霊同盟軍の主力は、地精族だ。
豚人族の半分も数はいないが、その特殊な力で、ゴーレムを使役し、戦力を増加させる。
白兵戦においても、異様に発達した筋肉で、次々に討ち取っていく……。
地精族の一人が、十体のゴーレムを湿地帯から生成する。
そのまま、ゴーレムを率いて、帝国軍の小隊へ突撃、混戦となった。
命の無いゴーレムが、我が身を省みる必要なく、敵を粉砕。
続いて、地精族の岩をも砕く一撃が、帝国兵の集団を纏めて吹き飛ばす。
あっという間に、帝国軍一個小隊壊滅した。
それを、できる程の実力が、地精族にはあった。
――しかし。
直後。降り注いだ、弓の豪雨によって、小隊を壊滅させた地精族が討たれてしまう。
他の地精族も大半は、帝国軍に近づくことが許されず、その能力を発揮する前に倒れていく。
「大陸の覇者、アルザリア帝国……か、隊単位での対応力が桁外れだな」
そんな光景に、感嘆の言葉を述べたのは、精霊同盟軍の本部から、戦場を俯瞰していとある男。
長い耳、目鼻立ちは整っている上で、荘厳な顔立ち。体格もよく、身長は百七十後半のタレムより二回り大きい。
歳の頃は三十代後半……と、見えるが、男は既に三千年の年月を生きている。
その男こそ、精霊同盟軍盟主《妖精王》オベーロンであった。
オベーロンは、木製の大椅子に堂々と腰掛け、戦況を眺めながら、
(これは、中途半端に援軍を送っていても返り討ちにあうだけだな)
正確に彼我の実力差を分析し……呟く。
「ならば、妖精族が行くべきか」
ぞぞぞぞと、精霊同盟軍本部の空気に緊張が走る。
当然だ。万が一、オベーロンが戦場で討たれてしまえば、精霊同盟軍は内部から崩壊すしてしまうだろう。
精霊同盟軍は、オベーロン一人の人徳によって纏められている軍であった。
「妖精王っっ!」
「――無論。私はまだ、出ぬがな。ティルルフ……我が娘よ、こい」
忠言しようとする、臣下を制し、オベーロンがそう言って、右手を掲げると、音も無く、背後に、妖精族の戦士が数人、現れた。
「妖精王。お呼びでしょうか?」
「私の代わりに戦場へ向かい、愚かなる劣等種どもに裁きの鉄槌をくだすのだ」
そして、号令とともにその腕を振り下ろせば、一陣の風となって、妖精族達が戦場へ駆け下りていく。(続く 次回 妖精族参戦編っ! 予告はいつも適当です)




