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二十五話 『綺麗な暴虐の姫襲来』

 一口に魔獣討伐と言っても色々あるが、今回、討伐する《ハニー・ビー》は群体魔獣であり、その総数は千体を超える。

 つまることろ、タレムとリンだけでは多勢に無勢となってしまうのだ。

 だから、


「オレの所に来た訳か……」


 溜息を付きながらそう言ったのは、タレムの親友、イグアス・グレイシス。

 イグアスは既に騎士の称号を持っているため、百人の騎士団を抱えている。

 この魔獣討伐作戦には、ピッタリの人材なのである。


「別にタレムの頼みなら聞いても良いんだが……」


 タレムから大方の事情を聞いたイグアスは、渋い声で唸りながら、


「しかし、どんな裏があるにせよ。嫁の居ない男に精力材を集めてこいとか……プリンセス。相当……だな」


 敢えて結論を濁し言及はしないのがイグアスの優しさ。


「それは俺も若干思ったけどさ……折角、シャルが頼んできたんだ。そういう建前でも俺はやりたい」

「ふん。完全に籠絡されてるな、お前……」


 そして、タレムも逢えてシャルルの前では道化を気取ったが、これがただの魔獣討伐依頼でないことは察しが付いていた。

 もちろん、シャルルの言った言葉の全てが嘘とは思っていない。

 きっと、蜂蜜を持っていけばシャルルは本当にニヤニヤ楽しそうにしながら、精力剤を作るであろう。


(それならそれが一番良い)


「あのプリンセスが、お前に事実を隠した理由……まあ、何かあった時のための保険だろうな」

「……うん」

「ふっ。タレム。お前も相当、たらし込んだな」

「シャル。良い女の子だろ? ……力になってあげたいんだ」


 タレムから無言で向けられる視線に、イグアスも無言で見つめ返し……

 珍妙な沈黙の後、


「ふっ」


 イグアスは鼻で吹き出すように笑い出した。

 そして、


「ま、あくまで、友人の精力剤集め。そして、魔獣に苦しむ我等が帝国国民の為とあらば……動こう。……プリンセスの思惑がなんであれ……オレには関係ないことだ。……それで良いんだよな?」

「うん。それで良いんだよ。……ただ、精力剤集めは秘密の方向で」

「ふふっ、いまさら恥ずかしそうにするな。……だが、プリンセスだけじゃなく、マリカの事も頼むぞ?」

「もちろん。というかきっと、その薬の最初の犠牲者になるのは……」

「やめてくれ。実妹でそういう話は気が滅入る」


 そんなくだらない事を言い合えるのもイグアスとタレムが親しい間柄だから……

 事態の実体が掴めてないとは言え、イグアスは英雄グレイシスの名を背負う者として、主君でもないシャルルに力を貸すような行動は控えねばならない。

 だが、


(未来の我が王とその妻に、義は尽くしておかないとな。干されちまう。……タレムを巻き込まないように配慮してるのも高ポイントだしな。……まさか、俺の思考まで読んだ上でタレムを消しかけたなら、それはそれで……まあ、優秀って事だ。タレムを害さないなら、問題はない)


 この魔獣討伐作戦には、タレムの思惑。イグアスの思惑。シャルルの思惑。そして、他にも様々な思惑が絡み合っていることを、関係者達は何とくなく気付いていたのであった。


 そんなとき。

 偶然なのか必然なのか、アイリスと鉢合わせる。


「あっ、アンタ達はッ!」

「「っ!」」


 同じ騎士科の生徒とは言え、優等生クラスのアイリスが劣等生クラスのタレム達と擦れ違うのは珍しい。

 先にアイリスが脚を止め、タレムとイグアスを釣り目で睨みつけた。


「……ミス・アイリスか。何のようだ?」

「っ! ……よ、用なんてないわよ! 死ぬの?」

「……いや、死なないが」


 懇意にしていない大物貴族子息同士の会話には裏がある。

 という、例があるが今回は、アイリスがつい声をかけてしまっただけであった。

 そういう気配も、貴族達はすぐに察することが出来る。


「じゃあ。オレらは行くからな」

「……」


 素早くイグアスが退席の流れを作り、タレムもそれに無言で便乗する。

 ……先日のアイリスの発言とシャルルの確執がなんなのか解らない以上、今、これ以上の接触を避けることは無難であった。


「あっ! 待ちなさいよ!」


 しかし、アイリスがタレムの肩を掴んで引き止めると、


「アンタ……まだ、駄犬とつるんでるわね? 手を切りなさいって言ったでしょ? 何? そんなに死にたいの? 馬鹿なの? 死ぬの?」


 猛罵倒。

 最早、意味が解らないまである。


「お、おい。ミス・アイリス!! 昔とは違うんだぞ! タレムから手を離せ!」

「――っ!」


 ピタッ。


 イグアスの言葉で、アイリスの手がタレムの肩から離される……

 その時のアイリスの顔はとても泣きそうなものであった。

 それをみて、


(……俺は俺の夢を、シャルはシャルの夢をそれぞれ叶える。そうだよね? なら――)


 きゅっ。


「えッ?」


 タレムが離れていくアイリスの手を逆に掴んでいた。

 反射的にでた声は、アイリスの声か、タレムの声か、それともイグアスの声か、タレムには解らなかったが、


「明日さ。俺とイグアスともう一人で、平界を荒らしている魔獣討伐に行こうって話してたんだけど……アイリスちゃんも一緒にいかない?」

「……っ!」


 そう言っていた。

 その言葉に、アイリスは一瞬、口をポカンと開けて……


「魔獣討伐……っ! アンタ! 私がアンタに言ったこと、駄犬に言ったわね!」

「……え? ダメだったの?」

「当たり前でしょ? アンタに言ったの! アンタだから言ったのにぃ! ――ッ!」


 ギィッ!


 アイリスは怒りに震えながら、歯犬を剥き出すと、下唇を噛みちぎり、肉片と血と唾液を……


 ベッ!


 と、タレムの顔面に吐きかけた。

 そして、タレムの腕を払い、イグアスを睨みつけてから、


「なんなのよ! しね! しね! しね! アンタは……アンタは! 私と、あの駄犬とどっちが――っ! とにかくしね! 大嫌い!」


 取り付く島もなく、タレムを罵倒。

 更に、殴って蹴っての暴行に走った。

 イグアスが止める事すら忘れるほど、綺麗な暴虐ぶり。

 そして、散々タレムに暴力を振るった後、アイリスは薄氷色の長髪を払って身を翻す。


「ふん……しね。本当にしね」

「お、おい。ミス・アイリス……お前、一体何を……タレムを殺す気なのか?」


 イグアスをもってしても、アイリスの言動は意味が解らず、貴族にあるまじき事だが、直接疑問をぶつけていた。

 ……タレムを殺す。それだけはアイリスはしないと思っていた。

 と、そう言うように。


「……ふん。さあね? 私だって解らないわよ!」

「んな……適当な。お前はオレ達と争いたいのか!?」

「……。そっちこそ、正義の貴族が、駄犬に肩入れ? アンタの飼い主は帝のみでしょ? 馬鹿じゃないの? 妹も護れない腰抜けの分際で! 飼い主を選ぶつもり?」

「――っ! ……いや、タレムに協力するだけだ。王位継承戦に首を突っ込むつもりはない」

「ふん。ならこれ以上は関わらないことね。死ぬから……別に死んでいいのだけれども……というかしね!」


 アイリスは最後までつんつん怒りながら、立ち去っていく。

 その背中に、


「で、アイリスちゃん! 明日の事なんだけど……」

「行くわけないでしょ! 勝手に行って勝手に死になさい! 馬鹿! 阿保! しね!」


 タレムが声を掛けてみるものの当然のように失敗。

 アイリスは姿を廊下の奥に消してしまった。


「……アイリスちゃん。嵐のようだったね」

「ああ……というか、アイツは『しね』しか語彙がないのか?」

「……というか、というか。イグアスはアイリスちゃんと親しげだったけど……どういう関係? 俺の未来の妻に手を出すなら戦争だぞ!」

「…………さてな。どういう関係だったんだろうな。今更、思い出すこともできないな」

「おい!」

「安心しろ。オレは昔からミス・クラリス一筋だ」

「……それはそれで、安心できないな」

 

 アイリスの思惑がなんなのか今はまだ誰にも解らなかった。

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