五話 『光り輝く剣』
時が流れ、準備は進み、いよいよ、戦争へ行く前日となった。
「もう、明日……出陣なされるのでございますね」
「うん。ここまで、二ヶ月強……早かったね」
「はい。本当に早かったですね。それと、アイリスさんの機転のお陰で、騎士団の徴兵も無事に間に合って……」
「ソレね……間に合わなかったら、処刑されるところだったよ」
ロック村での最後の夕食を終えたタレムは、マリカと団欒の時間を取っていた。
既に何かと騒がしかったアルフリードやマリアも、食客で滞在していたシャルルやリンも、遊びに来ていたレムリアとノルンも、自分の居住を持ったクラリスも、それぞれ自分の居るべき場所に還っている。
今、この屋敷にいるのは、屋敷の主であるタレムと、その妻マリカ、メイドのロッテに、義祖母コルネリアと、その息子タルシスの五人だけ。
今まで、戦争の準備に忙しく、感傷に浸る暇もなかったが、一息ついたことで、しんっと静まり還った屋敷に寂寥感を感じてしまう。
「戦争が終わったら……また。皆様を呼びましょうね?」
「アルフリード公も?」
「お父様も、でございます」
「ふふ……、解った。そうしよう」
「はいっ♪」
ちょろちょろと、水の音が響く。
ロッテが、洗い物をしているのだろう。
「今日は一緒に寝ても?」
「やっぱりマリカちゃんは甘えん坊だな」
「タレムさまに、だけでございますよ?」
「可愛いから、よしっ。襲っちゃおう。げへへ」
「ふふ……」
話している内容は、いつもと変わらないバカみたいな事だが、声にいつものようなノリがない。
戦争へ行けば一年以上、帰ってくることはない。
……という事実が、二人の心に引っかかっているのだ。
そんな二人を気遣って、クラリスは屋敷に泊まらず、ロッテはタレムと過ごす最後の時を邪魔しないようにしていた。
カタカタカタっ。
……が、堅く軽い靴音が響き、タルシスを寝かしつけて来たのであろうコルネリアが二人の前で足を止めた。
「すみません。お義母様。うるさかったですよね」
「……」
すぐに、話し声が癪にさわってしまったのだろうと、タレムが頭を下げる。
……いくら、最後の日とは言え、自室ならともかく、共同生活場所の居間で夜遅くまで話していた自分が悪い。と。
「……構いませんわ」
「……あん?」
しかし、公爵を前にしても、決して下手に出ることのないタレムの、珍しく殊勝な心がけをコルネリアは一蹴し、
チャリっ……
如何にも大切なものだと言うように両手に抱えて持っていたものを、タレムの目前に差し出した。
……それは、鋼色の剣。
つまり、鋼で打たれた、特段珍しくも無い剣だ。
「……こんな時に……とも思いましたが、こんな時にだからこそ、コレを貴方に授けますわ」
わざわざコルネリアに渡されなくても、今のタレムなら、それぐらいの剣、万ダース単位で用意できる。
……しかし、
「これ……は」
どこか、懐かしさを覚えながら、タレムは手を伸ばし、指先で鋼色の剣を触る。
……途端、
ぴかぁっ。
鋼色だった刀身が、黄色に光り輝いた。
(……間違いない。この剣はっ)
「お義父様の剣っ!?」
「私が貴方にあげられる唯一の……選別……ですわ」
それは、生前のユリウスが、戦いに赴くとき、愛用していた剣であった。
普段は一般兵に支給される《鋼の剣》と比べて、少し大きい程度にしか、違いがないが、魔力を持つ、《騎士》がその手に持てば、《光魔石》と言われる魔石が反応して、鮮やかな光を放つ。
この光量が多ければ多いほど、切れ味を増していく特殊な魔剣だ。
「シャルロットの宝剣を失った貴方に必要ではなくて?」
「……っ」
魔剣としての特性を無視しても、その武器等級は、タレムがシャルルから貰った《シャルカテーナ》と同等の超特等級である。
「いや……いやいや。こんな大切な剣。貰えませんよ。それは、タルシスがアルタイルの名を継いだ時にでも渡してください」
「私くしも、そうしようと、思っていましたわ」
「あん?」
「ですが……貴方が戦争へ行くと聞いたとき。自然と、この剣は貴方に……ユリウスが後継者と呼んだ者に渡すべきと、思いましたの」
「――っ!」
その台詞を聞いた時、タレムは、全身にビリビリと痺れが走り、稲妻でも落ちたのかと思った。
……だが、それが、次第に喜びだと気がつく。
「あれだけの事をした私が今更……親として振る舞おうとも、振る舞えるとも、思いませんが。これだけは、タルシスではなく、タレム。貴方に渡しますわ」
「……」
タレムが記憶を失ってから、今までで、初めて、コルネリアに認められたのだと、解ったからだ。
……心も痺れて当たり前である。
「ありがとう……ございます……お義母様」
「ふふ……。まだ、そう呼びますのね。私は、貴方の母親になんてなりたくありませんのに」
「ふっ。大切に使います」
憎まれ口を叩くコルネリアに苦笑し、膝をついて両腕を前に出す。
そこに、コルネリアが剣を乗せた。
ぴかぁぁぁっ。
まるで、剣がタレムの手に渡り、喜んでいるかのように、さっきよりも一段と光り輝く。
「剣の名は《ライト・エンペラー》ですわ」
「《光帝》……か。ふっ」
タレムは立ち上がり、一振りだけ剣を振って、感触を確かめた。
同じ等級だが、シャルカテーナよりも、重量があり、一撃の威力が重い。
代わりに、シャルカテーナほどの安心感……耐久力を感じなかった。
今までのように、盾代わりに酷使しては、すぐに壊れてしまうだろう。
……もともと、剣は盾に使うものでは無いのだが。
(片手で扱うより、両手で扱う方が良いかもな)
そんな感想を抱きながら、タレムはコルネリアから渡された鞘に、剣を納めるのであった。(続く。)




