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三話 『魔法の覚え方』

 アイリスから引き継いだウィルムの財産で、着々と戦争の準備を進める傍ら、タレムは、ノーマを屋敷の地下に呼び出していた。


「領主さま。こんな薄暗い場所で何をなさるおつもりですか?」

「何って、もちろん。エッチなことさ」


 たいまつの炎を明かりにしている地下室は、人が五人ほど入れる程度の狭い空間だ。

 他に人が居ない為、情事にふけるには最適な場所と言える。


「……えっ?」

「いや、冗談だよ? 真顔のまま、すり足で後ろに下がっていくのはやめてっ」


 そんな場所で、意外とガードの堅いノーマを押し倒す!

 と言う訳ではなく。


「……君を正式に、俺の《従属騎士》にしようと思ってね」

「従属……騎士?」


 聞きなれない言葉をノーマがおうむ返しで聞き返す。


「えっと、ね。《正騎士》は皇帝陛下の叙名を受けてなるものだけど、《従属騎士》は正騎士の任命によってなるもの……かな」

「騎士が任命する……騎士」

「そう、ようは俺の騎士ってことだね。……高級騎士が下級騎士を従属騎士にして権力や兵力を合算するのが主な目的だけど、平民からでも優秀な人間を取り立てることができるんだ」

「……」


 ザックリとしたタレムの説明に、ノーマはまだ要領を得ない様子だ。

 対してタレムもそれを怒るようなことはせず、ゆっくりと自分の意図と意思を語っていく。


「まず前提として、帝国で軍隊を率いられるのは騎士だけだってことは知っているかな?」

「はい……それは」

「で、今現在、百騎士として兵隊を一万人集めているところだけど……流石に、俺ひとりで一万の兵を運用するのはムリだからね。前線指揮を誰かにやってもらう必要がある」


 そこまで語ったタレムは一度口を閉じ、時を置く。

 ノーマが理解するのを待つためであり、本命の言葉を用意するため。


「それをノーマ。君にやってもらいたい。いや……これまで一緒に白銀騎士団を纏めてくれてきた、ノーマにしか頼めない。……嫌かい?」

「っ!」


 タレムの言葉がずんっとノーマの胸に響き、心身に熱がこみ上げる。

 ――嫌な訳ありません!

 そう、反射的に答えようとしたノーマを、タレムの声が遮った。


「一応言っておくけど、従属騎士でも騎士は騎士。従属騎士になれば騎士として、それなりの《責任》が発生する。……もう簡単に平民には戻れない。断る方が賢明だ。それを理由に待遇を変えないことも確約する」


 それは覚悟を問う言葉。

 そして、ノーマの思考時間を作る言葉。

 タレムはノーマにしっかりと考えてから答えて欲しかったのだ。

 ……今後の人生に関わる重大な決断なのだから。


「それでも……ノーマは俺の従属騎士になってくれるかい?」

「……」


 そんなタレムの意図を正しく汲み取ってノーマはごくりと生唾を飲み込んだ。

 いつも柔らかい空気を纏うタレムから、張り詰めた空気を感じずにはいられない。

 ……怖い。と、心が悲鳴を上げている。

 それでもノーマの頭に浮かぶのは、かつて死と絶望の淵から救い上げて貰った腕の温もりと、救い主への絶対的な恩義のみ。

 問われるまでもなく、考えるまでもなく、ノーマのやりたいことはただ一つ。


「なりますっ。領主さまのお力になれるなら!」

「――うむ。よい返事だ」


 唐突に響いた、張りのある少女の声。

 

「っ! だ、誰ですか?」


 こつこつと軽い音を鳴らして現れたその人物が、松明の明かりに照らされて明らかになる。

 黄金の髪に黄金の瞳。

 ただそこに立っている、それだけで、高貴な風格を醸し出ている少女だった。

 そのあまりの美しい気品にノーマは数秒、時を奪われる。

 絶世の美女と評判のマリカとは、また違った、そして同等以上に美しい少女。

 その少女がタレムの隣に並び立てば、そこに違和感はなく、もはやその状態こそが当たり前であるかのようであった。


 ……くせ者、じゃない?


 アイリスの時とは違って、警戒心が沸くこともない。

 なぜか既にノーマの胸中で、この少女だけは絶対にタレムと敵対する事はないだろうという確信が芽生えていた。


「領主さま……その御方は、だ、誰ですか?」

「あっれぇぇ? シャルと会うのは初めてだっけ?」

「え……しゃる? シャル様ってもしかして――」

「そっか、そっか、知らないか。じゃあ、紹介するよ。ででん♪ このとびきり可愛い女の子は、俺の未来のお嫁さんにして、その筆頭っ! シャルル・アルザリア・シャルロットだよ」

「可愛い子などと、恥ずかしいではないか!」


 などと、全く恥ずかしくなさそうに喜ぶシャルルが、タレムの腕に絡みつき惚気て見せるが……


「アルザリアって、ことは、やっぱり……」


 ……ノーマはそれどころではなかった。

 聞き慣れない……否、聞き慣れすぎた帝国の民であれば誰もが知っている名前を聞いたからだ。

 ドクンっと心臓が跳ね、体中から汗が吹き出し、体温が急激に下がっていく。


「お、お、お‥‥おひ‥‥」


 そうして何か悟り、困惑するノーマに、シャルルはにやりと無邪気に笑って止めを刺した。


「うむ。私が、シャルル・アルゼリア・シャルロット。帝国の第一王女にして、タレムと将来を誓いあった者」

「や、やっぱり! 本物のお姫さまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「むむ?」


 ノーマが仰天して腰を抜かす。

 まぁ、初めて王族を目の前にしたら、こうなるのが普通である。


「よし。掴みはオッケー。じゃあ、本題に行こうか」

「よいのか? その娘、腰を抜かしておるぞ? こうならんよう先に伝えておいてくれ。と、言った筈だが……さてはそち、わざと言わなかったな?」

「うん。ドッキリしかけてみた」

「やめんか。話が進まなくなってしまうであろう」

「だって、誰もがうらやむお姫様と恋仲だって、『ちやほやされたかった』んだもん! ……最近、みんなどうも慣れが来ているからか、誰も驚いてくれなくなっていたから、寂しかったんだよ!!」

「む……では、仕方ないのう。悲しかったのなら。よし。よし」


 仕方なくはない。

 ドッキリを仕掛けられたノーマにしてみれば、心臓が飛び出てしまうほどの衝撃だ。

 寿命が三年は縮んだ気さえする。

 ……が、やっぱりシャルルはどこまでも、タレムに甘く、弱かった。

 まるでわがままな子供のようにぐずるタレムの頭を抱きしめて、なで始める始末……。


「……」


 その一方でノーマは腰を抜かしたまま絶句する。

 ……誰か一発だけで良いから殴って欲しい。

 珍しく、普段タレムに忠実なノーマはそう思った。

 だが、ノーマの切実な願いとは裏腹に、この二人に制裁を加えられる人物が現れることはなく、二人の睦言はそのまま半刻以上も続くのであった。


「さて。話を戻すけど。まずノーマには帝国の騎士として、《魔法に覚醒》してもらう」

「うむ。帝国の騎士になるには、《魔法》を使えることが必要絶対条件だからのう」


 互いが満足するまで睦言を続けたタレムとシャルルは、何もなかったようにノーマに言葉を向けた。

 因みに、二人がさらっと口にした《魔法の覚醒》についてだが、それが貴族の中で門外不出であることは帝国人であれば子供でも知っている。

 ようするに、貴族と一部の例外を除いて魔法についての秘法は、人に教えてはいけないということだ。

 もちろん、帝国の法にもしっかりと記されている。


「こんなふうに魔法を覚えていたんですね……」


 しかし、ノーマにとってタレムが禁を破る行為は驚くことではない。

 元々、タレムに法令順守の心が一欠片でもあるとしたら、農民だった彼女が彼の隣に立つことはなかったのだから。


「いや、《魔法》は、貴族の血を引く者であれば誰でも勝手に覚醒する。むしろ、貴族の血を引いていなければ《魔法》に目覚めることはないとも言える」

「あの、領主さま……私、父も母も平民ですよ?」


 では、貴族の血を引く生まれの者でなければ魔法が使えないのか?

 ……と、聞かれればそれも否である。


「うん、だからノーマには《貴族の血》を《体内に取り込む》ことで魔法を覚えて貰う」

「血を取り込む……っ!」


 はっとノーマが何かに気が付き、顔を赤らめて距離を取る。


「いやだから、エッチなことはしないよ? 経口摂取」

「情交でも可能ではあるがの」

「ひっ……やっぱり」


 シャルルが無駄な補足をしたせいで、ノーマが更に怯えてしまう。


「しゃる……」

「……すまぬ」


 タレムが明らかな失言をたしなめる視線を向け、シャルルも素直に反省する。

 一方で、ノーマはノーマで頭を冷やしていた。

 お姫様との面識は浅く、その心内を秤知ることは困難だが、タレムはやらないと言ったことは絶対にやらないひと。

 それくらいの信頼はノーマの心の中で揺るがないものとなっている。

 ……逆に言えばやると言ったことは、例え法に背くことであろうとやるのだが。


「あの……領主さま?」

「ん?」


 そこまでを前提として心を落ち着かせたノーマが気になるのは、


「なぜ、お姫さまがいらっしゃられるのですか?」


 やはり、シャルルの存在理由であった。

 魔法を覚えるのに血を取り込む必要があるというだけならタレムひとりで十分だ。

 ……わざわざイチャつく姿を見せびらかしに来た訳ではないだろう。


(あ……領主様ならありえそうでイヤですぅ)


 ちょっとの不安が混ざったノーマの質問に、タレムは悪い笑みを作って明るく答える。


「え、だから言ったじゃん。ノーマには《貴族の血》を取り込んで貰うって」

「き、貴族ってもしかして……っ」


 猛烈に嫌な予感がノーマを襲い、小さい背中からどっと汗が噴き出す。

 対してタレムとシャルは心底楽しそうにノーマが感じた予感の答えを口にした。


「そう、貴族も貴族、貴人も貴人、アルザリア帝国純血統種、第一皇女シャルル・アルザリア・シャルロットの血だよ」

「うむ。タレムの従属騎士に血を与えるとあらば、私が出ねばなるまいて」

「よかったね。ノーマ。王家の人間から血を受けられるなんて幸運、ほとんどないんだよ? 超強力な魔法が目覚めるかもね!」

「うむ。代々、王家の血を取り込んだ騎士は、強力な魔法に目覚めることが多い……(だからこそ禁じられているのだがの)」

「期待しているよ!」


 ……知ったことではない。

 泡を吹くノーマ。

 それもそのはず、貴族であり、帝国人でもないタレムには解らない感覚だが、アルザリア帝国の平民にとって王家とは、神聖にして神とも同義。

 自分の親よりも敬意を向けるべき人なのだ。

 そんな人から血を分け与えられるという話はただただ畏れ多いだけである。

 ……もはや恐怖。


「あ、あの。領主さま。領主さまの血じゃなんですかぁ?」

「貴族の血っていうのは、帝国貴族の血を引く者ってこと。そして俺の生まれは帝国じゃない。ここまで言えば解るかい?」

「ほ、他のひと……イグアス様は?」

「イグアス? イグアスはこの場にいないし、いたとしても他の派閥の人間だ。さすがにそこまで迷惑はかけられないよ。これ違法だからね」

「……奥様のマリカ様は?」

「それは完全に俺の事情ってか、信念の話になるんだけど。あの純真無垢なマリカちゃんに法を犯させるなら死んでもいい」

「……お姫様は巻き込んでもいいんですか?」

「うん。シャルは俺の相棒、半身みたいな存在。苦楽、善悪、分け隔てなく、人生の伴侶にすると決めている」

「……」


 ……逃げ道がない。

 そう察して生唾を飲み込んだノーマは、金色の瞳にジッと見つめられていることに気が付いた。


「ノーマ殿。勘違いしておらんかえ。タレムも私も強制しているわけではない。どうしても私の血を受けることに忌避感があるというのなら、断ってよいのだぞ?」

「……っ」


 優しく、諭すような声色。

 ノーマを責める色は微塵もない。

 シャルルの隣にいるタレムも無言で頷いた。

 既にタレムから張り詰めた空気は消えていて、いつもの柔らかい空気に戻っていた。


 ――決めるのはノーマ。


 そして、その選択の結果がどうであれ二人は快く受け入れるだろう。

 ……最初からずっとタレムはノーマにお願いしていただけなのだ。

 そこまで解って改めて思い出す。

 ノーマが決めたノーマの気持ち。


 ――領主さまの力になりたい!


 答えはもう言っていた。


「ふむ。皆まで問う必要もあるまいな」


 ノーマの顔つきが変化したのを見て取ったシャルルは、タレムから短剣を受け取り、左手人差し指の先端に切り込みを入れた。

 指から赤い液体が滴り落ちる。


「お姫さま、シャルル王女殿下。ご無礼のほどお許しください」

「何を気にすることもない。我が伴侶にして半身の騎士となるのだ。タレムと同様に接してくれて構わない」

「では、領主様と同じく、最上の敬意を持って接しさせて頂きます」


 ノーマは恭しく片膝を付き、その雫にそっと口を付けた。


「んっ!!」


 そして……新たな帝国騎士が産声を上げたのであった。(続く)

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