一話 『百騎士昇格』
待っていた方いたらすみません。
ミッドナイトさんでは再会してましたが、なろうさんでは6年ぶりですね。
5章連載再会します。
月明かりに照らされた薄暗い部屋。
少し汗ばむ七月の気温。
半開きの窓から心地良いそよ風が吹き込み、白いカーテンがチラチラと揺れている。
……そんな、ロック村領主邸の一室で。
「タレム。お前の《百騎士長》昇格が決まったぞ」
騎士タレム・シャルタレムは、親友イグアス・グレイシスから任命書を手渡されていた。
「あん‥‥?」
確かに帝国の正印が押されている書類を見て、タレムは頭の上で幾つもの?マークを出す。
「まぁ、そういう反応になるよ、な……いや、すごいなその反応」
「なに言ってんの? 騎士なら誰でもできるじゃん」
「……少なくとも、俺にはできないぞ」
普通、騎士が一つ騎士位を上げるのに一年。
第二王妃から権力を略奪したアイリスの協力で、十騎士に昇格したのが今年の四月のこと。
それから約三ヶ月でまた昇格というのは明らかに異常である。
「……もしかして、またアイリスちゃんが何かした?」
(だとしたら、また大きな事件が起こるかも)
……素直に喜ぶことが出来ず、何かの意図を疑ってしまうのは、アルザリア帝国騎士の性である。
「いや、今回は、アイツも一本取られたみたいだ、ぞ」
「え……真面目な話だよね?」
「流石のオレも冗談を言いにここまで来るほど暇じゃない」
「だよね。……と、言うかやっぱりアイリスちゃん。関わっているんだ」
クラネット公爵家次期当主、アイリス・クラネット。
タレムと浅からぬ因縁がある彼女は、タレムが知る中で一番聡明で小癪な騎士だ。
こと権謀術数に置いては既に帝国でもトップクラスである。
(あのアイリスちゃんが一本……なんか、えっちだ)
ゴクリっ。
やっぱり、帝国は恐ろしい。と、タレムが生唾を飲み込む隣で、この話を聞くもう一人の少女が、閉じていた小麦色の瞳を開いた。
名を、シャルル・アルザリア・シャルロット。
アルザリア帝国第一王女である。
「――して。この話。本当に私まで聞いてよいのかのぅ?」
「当然です。もうオレ達の計画には、プリンセス・シャルル。貴女の存在は外せない」
「……ふむ。イグアスよ。つまりは、ついぞ、私を『仲間』と認めたということか。ふふっ、『仲間』か。たぎる響きよのぅ」
「……」
「こら、肯定せんか!」
イグアスは、シャルルの言葉をさらりと聞き流し、燃え猛る炎の様な色の瞳を天井へ向けた。
(この気配。ミス・ハットリ……か。あまり、聞かれたくないが、まぁ、彼女も関係者と言えば、関係者だからな)
そこからすぐに視線を切り、タレムとシャルルを神妙に見つめてから、言葉を繋いだ。
「事の起こりは一週間前に帝都で開かれた『騎士総会』だ」
「……むむ」
シャルルが怪訝そうな反応を見せる『騎士総会』とは、アルザリア帝国騎士の軍事を決める会議の事だ。
そこでの決定は、帝の勅命と同じ重みを持つ。
「オレは、失踪していた馬鹿親父の代わりにグレイシス家の代表として出席していたんだが……」
本来は千騎士以上の上級騎士、もしくは、辺境伯以上の上級貴族しか参加することが許されない会議である。
――そこで。
「剣聖アダム・クラネットが、オレとアイリス、そしてタレムを纏めて指名し、難航している西の前線に送ると言い出した」
「西の前線って……《精霊の国》? もう、三年近くも戦争が続いている……激戦区じゃん。あんな戦場に俺たち新米騎士を?」
「ああ、普通じゃない、采配だな……」
異例の指令。
なにか戦争とは全く別の意図が隠されているのは明らかだ。
「……で。イグアス。その狙いは?」
「さあな。公爵の考えなんて俺には解らない。むしろプリンセス・シャルル。貴女の考えを聞きたい」
「さての。直球で考えれば以前アイリス嬢との婚約問題で揉めたタレムの処刑だが……そんな解り易い答えではなかろうと、いうことは確かかの」
「ああ。だが、なんにせよ、俺たちにとって利がある采配ではないことだけは確かだな」
「イグアスぅ。そう思うなら何で止めてくれなかったんだよ」
「止めようとはしたさ。俺も……アイリスもな。だが、あくまで代役の俺に公爵を止める力があると思うのか」
「……」
だが、コレに対して真っ向から反論できる人物はその場に居なかった。
「せめてプリンセス・シャルル、貴女が居れば違った状況になっていただろうな」
「ふん……。他力本願とは、恥ずかしい話であるの……」
イグアスの手前、強気に答えるシャルルだが、内心では、なぜ帝都を離れてしまったのかと、激しい後悔に襲われていた。
……アダムは、シャルルがいない機を狙って、騎士総会を開いたのだろうが。
「シャル。イグアス」
「む?」
「なんだ?」
「いつも二人が俺の為に、最善を尽くしてくれているって、俺は知っている。――だから、悔やむ必要も、恥じる必要も、ない。二人がするべきことは、未来のことを考えるだけでいい。過去の責任は俺が取る!」
「「タレム‥‥っ」」
ちょっと良いことを言って、二人を感動させるタレムだが……忘れてはいけない。
シャルルがロック村に滞在し、騎士総会に出席できなかったのは、当のタレムが、シャルルにもう少し一緒にいたいと、甘えたからである……ということを。
つまるところ、全部タレムのせいなのである。
(……って、バレたら、流石に見放されるかもッ(汗))
「……っふ。タレムの言うとおりだ、な。内輪で責任を押しつけていてもしかたない」
「うむ……。流石は私が惚れた男。よいことを言うのぅ」
しかし、タレムに謎の厚い信頼を寄せる二人は、冷や汗を欠く様子に気がつかない。
普段の頭のキレはどこへ行ったのやら。
「――とにかく、だ。そういうことで、オレ達三人には、戦地に行く指令が下った。これはもう覆らない」
「……あん。それは解ったけど。アイリスちゃんが泣かされた話とか、百騎士昇進の話はどこに繋がるの? イグアス。ちゃんと伏線は回収してよ? 放置は駄目ッ絶対!」
「いや……アイツが泣かされたとは、ひと言もいってないのだが……」
……まぁいい。
イグアスはそう言って、続きを話す。
「この指令。もともとはアークスに出す予定のものだったらしい」
「……」
千騎士長アークス・クラネット。
アイリス・クラネットの実兄であり、かつてタレムの最愛の姫、シャルルを暗殺しようとした男の名だ。
文武ともに優秀な騎士であり、その実力は、タレムの師匠、リンすらも凌ぐほどであった。
能力を覚醒させた直後のタレムが、その反則級(時間停止)の能力で、打ち倒しはしたが、もう一度闘えば今度は確実に負けるであろう。
「そういえばあれからアークスの名前を聞かないけど……」
「失踪したらしい……が、アイリスが処理したんだろう。腹に黒いものがあったアイツは今回だんまりを決めるしかなかったわけだ」
「アイリスちゃん……実の兄にまで手を出していたのか」
「いくらアイツでも手足を縛られている状態じゃ、従順を演じるしかなかった訳だ」
「やっぱりえっちだ」
狂犬とまで言われているアイリス・クラネットが、従順になければいけない状況に陥った。
その意味をタレムがどこまで理解しているのか……。
(ふっ、それは愚問だな)
イグアスは視線を切って話を本筋に戻す。
「もともと二千騎士長に昇格する予定だったアークスの代わりとして、選ばれたオレ達もまた、それに見合った戦力が必要になる……と言うことで、この戦争の期間中限定で、それぞれ騎士位を昇格する事になったんだ。もちろん、限定的だが、爵位も上がってるぞ」
「それぞれ?」
「ああ……。タレムは十騎士から百騎士へ、オレは三百騎士から五百騎士に、アイリスは五百騎士から千騎士……」
「千騎士!! すっげぇっ! アイリスちゃん。千騎士長って……子爵じゃん。中級貴族じゃんっ! ちゃっかりイグアスも五百騎士になってるし……昇格しても、まだ、百騎士の俺って、実はしょぼい?」
この話を聞いたとき、幼馴染の二人に追いついたと喜んでいたタレムは、目頭が熱くなる。
……哀しい。
「む? 何も凹む必要などないであろう? 暫定とは言え、出世は出世。この積み重ねが、そちの夢に繋がっているのだからな。ふふ、私は誇らしくて、今すぐそちを抱きしめてやりたいぞ」
「だよね。そうだよね。俺って凄いよね。がんばってるよね!」
「うむ。私が保証しよう」
ぎゅぅっ。
「ふぁぁぁぁ♪ 気持ちいい(恍惚)」
タレムを抱くシャルル。
それで元気になるタレム。
そして、そんなタレムを意味深に見るイグアス。
「お前のそういう、単純なところ……嫌いじゃないぞ?」
「イグアスっ!」
「――だが、マイ・ロード。早くオレより騎士位を上げてくれ、いつまで経ってもお前の従属騎士になれん」
「ぐふっ……い、イグアスがどんどん昇格するのも悪いんだぞ! (てか、コイツ、まだ、俺の従属騎士になろうとしていたのかよ)」
「すまん。それもそうだな。だが、オレは昇格する気など、さらさらないんだ……」
「ぐふぅぅっ!」
そんな親友に思わぬ痛恨の一撃でとどめを刺され、
すぅぅ――っ。(扉が開く音)
「浮気……」
「マリカちゃん? ちょっとまって、いま大事な話をしてるから――」
「――ユルサナイ……ユルサナイ……ユルサナイ……ユルサナイ……メス、ブタァァァァァァッッ!」
「ひぃぃぃっ! シャル逃げてっ」
「む、私が逃げるのだな」
マリカの呪詛でシャルルが呪われる。
「……真面目な話をしていたはずだったんだが、な」
……もう、いつもどおり、しっちゃかめっちゃかだった。
「――ともかくだ。タレムよ」
「あん?」
正気を失ったマリカに関節技を掛けられながら、シャルルが堂々と言う。
「アダムが何を考えて、この指令を出したか解らぬが、コレは好機。この戦で名を上げて、百騎士の地位を盤石にするのだ!」
そして、そんなマリカをシャルルから優しい手つきで引き剥がしながら、タレムも堂々と答えた。
「仰せのままに。マイ・プリンセス」
こうして、敗北王タレム・シャルタレムにとって、良くも悪くも転機となる物語がはじまったのであった。(続く)




